視線
うなぎ358
視線
私の自宅は、緑深い雑木林に囲まれていて昼間でも薄暗い。林の奥に公園があるので、コンクリートで固められた林道も作られて綺麗に整備はされている。
ただ一つ気になるのは、道の端に一定間隔に大小様々な石碑のようなモノがポツンポツンと置かれている事かもしれない。当然、いわくありげな林には、あまり人も寄りつかないし、天気の良い日曜日や連休であっても無人だ。
特に雨の日なんかは自宅に帰るのが怖い。出来たらホテルにでも泊まりたいとすら思う程に。理由は言うまでもなく、絶対に林の前を通らなくてはいけないからだ。家に覆いかぶさるように伸びた木々の枝、そして枝から垂れ下がる何かの植物の蔦がユラユラと不気味に風に揺れる。
そんな日は朝も昼も、夜の闇のように真っ暗で、まるで林の中から誰かが私を見ている視線を強く感じるのだ。
◇
「行ってきます」
一人暮らしなので、答える者はいないが癖に近い。会社へ向かう為に家を出ると、梅雨と言う事もあって、朝からザァザァと大きな雨粒が地面を叩きつけ、風が林の木々をあおりウネウネと生き物のように揺らし、稲光に照らし出される。
その時、木々の間から私を見つめる2つの光る視線と目が合ってしまった。息が止まって、ビクッと体に震えが走り、背中に冷や汗が流れ伝う。
ガサガサと草むらを掻き分け、私に何かが、もの凄い勢いで向かってくる。
現れたのは……。
「にゃ〜ん!」
全身の力が抜けて地面にガクリと膝をつく。着ていたスーツは濡れてしまったが、気にする心の余裕もない。
「……猫だったのかぁ」
「にゃん」
座りこんで深く息を吐き出した私に、尻尾をユラユラさせながら濡れた体を擦りつけてくる。林の中の闇にまぎれていたのは、煌めき放つ金色の瞳が美しい真っ黒な毛艶の良い黒猫だった。
「温かいな……」
両手で黒猫を抱き上げ、優しくフワリと抱きしめると冷え切った私の身体に、黒猫の温もりがジンワリ広がるように伝わり、ようやくホッと息をつく事が出来た。
「家の子になるか?」
「にゃ〜ん!」
スーツも汚れてしまったので、黒猫と共に再び自宅に戻る事にした。
その様子を、雑木林の木々の隙間から口元をニタニタさせながら覗いていたモノがいた事には、緊張感から解放された私は気づく事は出来なかった。
◇
数ヶ月後。
ピン……ポォ〜……ン〜!
ベッドに入ってテレビを見ながらまったり時間を過ごしていると、間延びしたインターホンが鳴り響く。枕元のスマホを引き寄せ時計を見ると、深夜二時を回っている。あり得ない時間の訪問者に、不気味さを感じる。だから最初は、無視を決め込んでテレビを消して布団に潜り込んだ。
ピン……ポォ〜……ン〜!
再び鳴り響く。明日も早朝から仕事だ。寝てしまうに限る。
ピンポ! ピンポ! ピピピン……ポォ〜ン!!
なおも執拗に鳴り続ける。しかも連打だ。仕方なく起き上がり、のろのろとした足取りで玄関に向かう。後ろから黒猫もついてくる。門灯を点けると、昔ながらの磨りガラスの引き戸式玄関の向こう側には人影が見える。
「どなたですか?」
「先輩! 私です!!」
聞き覚えのある声は少しうわずってるけど、会社の後輩だ。何か会社でトラブルでもあったのだろうか? と、少し緊張と不安にかられながら引き戸を開けた。
すると、いきなり身体にドンッと衝撃が走る。
「優しくて仕事も完璧にこなす、かっこいい貴女の事が大好きです! もう離れたくありません!」
顔を赤らめ息も荒く、私の体を力いっぱい抱きしめてきた。
呆然となってしまう。
黒猫はまるで私を庇うように前に躍り出て、毛を逆立て「シャァー!!」と、後輩の女性に激しく威嚇する。
「そんな事をいう為に、こんな時間に来たの?」
「そんな事ではありません! 大切な事ですし、今までは見てるだけで満足出来てたんです! けどもう我慢出来なくて直接お話したくて来てしまいました!」
「見てたって、どういう事なの?」
「もちろん朝から晩までずっとです!」
「ずっと?」
「はい! ずっとずっと見てました!」
大興奮しているのか、私を抱きしめる力が強まり、顔を私の胸にすりよせてきた。黒猫は私を守るため懸命に、後輩の女性の背中に飛びかかると爪を立ててる。
「この子ごと先輩を愛してみせます!」
深く食い込んだ猫の爪にも、全く怯む様子はない。
深夜の訪問者の熱烈過ぎる愛情に、げんなりしてしまい言葉を失ってしまう。
“私”を木々の隙間から見ていたり会社の行き帰りに見ていたのは、”私”に憧れと好意をいだいていた会社の後輩の女性だった。オカルト的なモノではなかったのは良かったが、これからどうするかが問題だ。
ちなみに気になっていた石碑に関して、近所に住むお年寄りに聞いてみた。大昔、林の奥にはお寺があったんだそうだ。だから石碑のようなモノは、考えるまでもなくお墓が風化したモノだと分かった。
視線 うなぎ358 @taltupuriunagitilyann
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