らほつと堀のホラーチャンネル最後の配信動画(8月17日)について【後編】

 >Uさんがデスクトップモニターに表示されている配信画面をスマホで録画開始。手持ちのため少しブレる。動画の横にコメント欄が見切れている。

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 堀:――っと。らほつさんがなにか見つけたようです。


 >>焦りながらもなんとか視聴者に向けた言葉を発する堀。らほつはすでに扉を開け、部屋に入っていた。


 堀:らほつさん、どうですか、なにか――、


 らほつ:よっしゃ、ここだわ。ここで撮ろう。


 >>唐突に明るい声を出すらほつ。部屋はコンパクトなツインルームらしく、奥に一台、サイドテーブルを挟んで手前に一台のシングルベッドが並ぶ。らほつはそれらベッドに背を向ける形で、反対壁面に備え付けられたドレッサーの鏡の前に立っていた。そのとき堀がなにかに気づき、カメラでその鏡の手前を映した。


 堀:うわ、うわうわうわ、ちょ、らほつさん、これ……花、供えられてますよね?


 >>一輪挿しの代わりにされたワンカップの空き瓶、生けられた植物は、形状からして菊の花のようだった。葉をしっかりと広げ、花びらも綺麗な状態だ。造花だろうか。しかしらほつは目の前の花瓶には気づいていないようで、堀の問いかけも無視している。


 >>らほつはポケットからスマホを取り出すと、レンズを鏡に向けてシャッターボタンを何度も押した。


 カシャ……、カシャ……、カシャ……、カシャ……、


 >>規則的なシャッター音が響く。ナイトモードのため、シャッターが切れるまでに時間がかかるのだ。


 堀:らほつさん……?


 >>突然、くるり、と機械的な動きでらほつの体が堀のカメラのほうを向いた。スマホを顔のちょうど前に構えたまま。シャッターボタンがまた連続で押される。


 カシャ……、カシャ……、カシャ……、カシャ……、


 >>らほつがゆっくりとスマホを下げていく。現れた顔は、なぜか静かに笑っていた。


 堀:らほつさん大丈夫っすか。さっきからなんか変っすよ。


 らほつ:……ん? あ、ああ、大丈夫大丈夫。ははは。


 堀:ならいいっすけど……写真、どんなん撮れました?


 >>堀とらほつはスマホの画面を覗き込もうとする。

 そのときだった。ふいにシャン、という澄んだ鈴の音が間近で聞こえたのだ。ふたりは同時に、ばっと顔を上げた。


 堀:……え、いま、いま!


 らほつ:……ほら、やっぱり聞こえたでしょ?


 堀:近くにだれかいるんじゃないですか!? ホームレスとか……らほつさん、ここマジで危ないっすよ、もう出ましょう。


 らほつ:てか、ここ何階だっけ。


 堀:は? 五階っすよ。らほつさんがここまで僕のこと連れてきたんでしょ?


 らほつ:そうだっけ。


 堀:もう、意味わからん、怖い。早く出ようほんとに。ね?


 >>恐怖からか少しイライラしながららほつの服を引っ張つて促し、堀はカメラが揺れるのも構わず小走りに五階の階段を駆け下りる。


 >>無言で入り口まで戻ってくるふたり。建物から無事脱出し、息を切らしながら少し離れる。二、三分、呼吸を整える時間を置き、


 らほつ:いったん、しめよう。


 堀:えっ、あ、はい。


 >>ホテルを背景にらほつがカメラのほうを向いて話す。


 らほつ:えー、ということで、いったん「しろかわリゾートホテル」、こちらですね、探索終わりました。みなさんどうでしたか。楽しんでいただけたら幸いです。えー、ほんとうでしたらあと二箇所、廃墟を回る予定だったんですけども、我々は真理に辿り着きましたので、ここで配信終了とさせていただきます。

 本日はご視聴ありがとうございました。


 堀:ありがとうございました。



 >>画面はブラックアウトし、配信終了となる。

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 >Uさんの録画画面には、配信がブラックアウトしたあともコメントが流れ続けている。

 Uさんは手に持ったスマホの画面を少し右に振り、コメント欄が画角に収まるようにする。


 チャット

 上位のメッセージ


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 えっ終わり????


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 次の場所行かないんですか?


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 らほつマジ大丈夫か


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 荒らしコメなに


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 おめでとう あなたがたは真理に到達されました。


 >Uさんが録画を終了する。


 *


 以上が、Uさんの提供してくれた動画録画の内容である。


 録画を撮り終えた時点で、Uさんはかなりうろたえていたという。実際、スマホで撮られた動画録画の画面は、その動揺を表すかのように小刻みに震えていた。

「この配信内でなんらかの異常が起きていることは、間違いないと思いました。いつものこの人たちの、ふざけた感じとは違うって」

 だが慎重を喫して、自分の撮った動画を再度見返した。それでもやはり見間違いや思い込みでないことを確認する。

 そしてもう一度、最初から元動画を見返したいと思い立った。通常、ライブ配信は終了直後にアーカイブが保存されるのだ。

 おそらくこの間、十数分ほどではないかと思われる。

 しかしこのときすでに、該当の動画は削除されてしまっていた。

 そのため、いまに至るまで元動画を再視聴することは出来ていない。Uさんの動画録画だけが現存する唯一の映像資料となっているというわけだ。


 後日、この動画録画は撮影者であるUさんのX(旧Twitter)アカウントを通じてアップロードされ、界隈をざわつかせることとなる。

 Uさんは元々「らりホラ」のアンチだ。SNSの投稿にも「おもしろ半分で心霊スポット行く奴らのくるった末路」とキャプションをつけ、あくまで否定的な立場から「自業自得」という糾弾と戒めの意味を込めて投稿したのだという。Uさんは一般の視聴者であり、自分にそこまでの拡散力があるとは思っていなかった。だが、これがだれかオカルト好きの目に留まったらしく、翌朝には三千リポストと思ったより拡散されており、物議を醸すこととなった。本物の怪奇現象をとらえた貴重な映像、だとする一方で、やらせであるとかわざとらしい演技であるとか、リプライや引用リポストでさまざまな感想や議論が飛び交い、Uさんに対しても「二重録画および無断転載は著作権侵害なのでは」という辛辣な意見も寄せられた。

 またその頃、この話題に反応を示したX(旧Twitter)ユーザーのひとりが「らりホラ」チャンネルのメンバーのアカウントが消えていることに気づき、Uさんの投稿を引用しつつ、「この人たちマジでいなくなってるぞ!」とつぶやいた。これがさらに動画内で起きている異常の信憑性を高める要因となったが、逆にやり過ぎであるとする見方も出ている。

 ほんとうの怪奇現象なのか、彼らが周到に仕掛けたドッキリなのか、界隈での論争は現在進行中である。

 しかし当人らが依然としてネット上から姿を消してしまったからには、これ以上の情報は出てこない。私のこの解説記事も含めて、すべては部外者の憶測にすぎないのだった。


 たった七十人だった「らほつと堀のホラーチャンネル」のチャンネル登録者数は、いまでは三万人を超す。何百倍にも膨れ上がったフォロワーたちが、彼らの次の動画を心待ちにしているというわけだ。

 本人たちはこの盛り上がりを知っているのだろうか。最初から話題作りが目的で、今頃どこかでほくそ笑んでいるのだとしたら、我々はまんまとしてやられたことになる。だが私としては、正直そうであることを願ってやまない。

 彼らはいまどこで、なにをしているのだろうか。それを調査してほしいというのが、なにを隠そう今回のUさんからの依頼である。アンチであるUさんがなぜそこまで「らりホラ」にこだわるのか。いささか疑問に思いながらも私は、自分のフリーライターという立場を持ってしてこの調査に協力しようと思う。


 またなにかわかることがあれば、みなさんに追って報告するつもりである。

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