3.浦井秋

らほつと堀のホラーチャンネル最後の配信動画(8月17日)について【前編】

 八月十七日午後八時ジャスト。

 予定通りの時刻に、彼ら――らほつと堀のホラーチャンネル(略称「らりホラ」)のライブ配信は始まった。

 チャンネル登録者数七十人突破記念、心霊スポット探索企画。題して、【鎌野さんの怪談の舞台となった「廃ホテル」を探しに行こう】。

 開始時点での同時接続人数は、八人。

 Uさんは、その八人のうちのひとりだった。配信が始まる五分前から自室のデスクトップPCに画面を表示して待機していたという。配信を楽しみに待っていた熱心なファン……というわけではない。むしろ逆だ。Uさんは「らりホラ」のコンテンツについて、以前から否定的な立場をとっていた。俗に言うアンチと呼ばれる存在だったのである。

「ファンよりむしろアンチのほうが熱心な追っかけ」とはよく言ったもので、Uさんは実質かなりの「らりホラオタク」だった。投稿される動画はすべて最後まで目を通したうえで欠点を探し出し、ネガティブなコメントを残していたという。コメント欄は入念にチェックして、他人のプラスな評価や応援コメントに横槍を入れたり、否定意見を述べたりもする。何度も再生していたため、ほとんどの動画の内容を覚えていて、ときには文字起こしをしてノートにまとめていることさえあった。どうしてわざわざそんな嫌いな配信者の動画を繰り返し視聴し続けるのか、理由は聞いていないため不明である。


 しかしひとつだけたしかなのは、そんなUさんのある意味歪んだ情熱あってこそ、私はこの「らりホラ」の配信内容を詳細まで書き起こすことができているということだ。

 というのも実は現在、彼らの最後のライブ配信動画【鎌野さんの怪談の舞台となった「廃ホテル」を探しに行こう】は、視聴できなくなっているのだ。

 動画のURLをクリックしても、

「この動画はアップロードしたユーザーによって削除されました」

 とだけ表示されてしまう。

 (このため現在は八月十七日の一週間前である八月十日(土)に投稿された、【今バズってる!? 鎌野歪怪談「廃ホテル」を考察する】というタイトルの動画が、らほつと堀のホラーチャンネルの最新にして最後の一本となっている。)

 どうして動画は削除されてしまったのか。チャンネル運営者に直接聞ければ良いのだが、それも叶わない。なぜなら彼ら――らほつとダミアン堀は、忽然と、我々視聴者の前から姿を消してしまったからだ。

 かぎられた情報から考察せざるを得ない私にとって、Uさんの記憶と、配信の途中からスマホで二重撮影していた配信画面録画だけが、貴重な資料なのである。


 さて、前置きはこれぐらいにして、そろそろ八月十七日の生配信で、「らりホラ」のメンバー・らほつ氏およびダミアン堀氏の身になにが起こったのかを、できるだけ当時の状況を再現しながら解説していきたい。


 *


 >>八月十七日午後八時。ライブ配信開始。薄い色のジーンズに白いTシャツ姿の男性が暗い夜道を歩いている。らほつである。らりホラにはほかにスタッフはいないため、背後から撮影しているカメラマンは、ダミアン堀ということになる。


 らほつ:雰囲気あるなぁ。


 >>草木を掻き分けるようにして進む。すると雑木林の中に、白い外壁の建物が見えてくる。


 堀:はい、やってまいりました……。こちらがN県N市にあります、「しろかわリゾートホテル」です。


 >>ダミアン堀の紹介とともに、カメラが下からぐいっとパンして、らほつの行く手にある巨大な建造物の全容を画角に収める。

 らほつはしばらく建物の外観を見上げて、それからカメラのほうを振り返る。手には大型の懐中電灯を持っている。カメラがらほつの顔に寄る。


 らほつ:えー、ほかの場所もこれから回る予定なんですが、まずはここ、しろかわリゾートホテルから潜入調査開始です。


 >>神妙な面持ちでうなずくと、建物を目指し、すぐに入り口を見つける。


 らほつ:おーすごい、開いてるよ。


 >>らほつの足元を映すカメラ。エントランスはもともとガラス張りだったようだが、割れると危険だからだろう、すべて取り外されている。そのためわりと普通に侵入できてしまう。


 堀:僕らはいま、鎌野歪の怪談「廃ホテル」の舞台となった場所を、調査中です。かならず心霊写真が撮れるって噂になった、そして実際に鎌野さんの同級生が不可解な体験をされた場所になります。


 らほつ:あれからネットでいろいろ調べてたんだけど、それっぽい情報が出てこなくてさ。

 心霊写真が撮れるのは三階の三〇六号室だとか、四階の四〇四号室だとか、五階の端とか諸説あるらしいよ。

 ちなみにこのしろかわリゾートホテルは二〇〇三年に閉鎖して以降、買い手がつかずに放置されてるんだって。堀くん当時いくつ?


 堀:生まれてないっす。


 らほつ:うーわ(笑)


 >>ちなみにダミアン堀は二〇〇四年生まれの二十歳、らほつは一九九〇年生まれの三十四歳である。


 らほつ:建物内は、思ったより綺麗かな。ただ壁にはスプレーで書かれた落書きがたくさんあります。

 二階へ行きます。


 >>一行、階段を上る。

 らほつは落ち着いており、時折壁や家具などを懐中電灯で照らし出しながら、順調に探索を進めている。この間ダミアン堀は基本的には撮影係。発言はたまに相槌を打つ程度である。画面は暗く、懐中電灯の光が足元を照らしているだけであり、配信時も視聴者から「暗すぎて見にくい」というツッコミが入っていたという。


 らほつ:今回の目的は主にふたつあって。まずやっぱり心霊写真だよね。どこで撮れるのか。ほんとうに撮れるのか。撮れるとしたらどういうのが撮れるのか。しっかりと検証してみたいと思ってます。


 らほつは時折カメラを振り向きつつしゃべる。二階にはお食事処や大浴場があるらしかった。軽く覗いて調べていくが、特に変わったものもなく、階段で三階へ向かう。三階からはいよいよ客室。というところでついに異変が起きた。


 らほつ:それからもうひとつの目的は――ん? いま、廊下の奥のほうから鈴の音みたいなの聞こえなかった?


 堀:えっ。僕は特になにも。


 らほつ:聞き間違えか。


 >>らほつは三階にあがった直後に廊下の向こうから音がしたと言うが、堀は否定。それまでほとんど無風だったコメント欄がざわついた。鈴の音については、「聞こえた」派が多かったという。Uさんの耳にもそれは届いていた。Uさん曰く「神楽鈴のように厳かな、いくつかの鈴が一度にしゃらんと鳴った音」とのこと。


 らほつ:そんじゃあそろそろ検証するか。まずはここ、三〇六号室です。


 >>鎌野歪氏の語りのなかでは伏せられていたホテルの部屋番号であるが、らほつとダミアン堀は独自調査によりある程度特定できているという。堀のカメラが【306】のプレートを映す。らほつは先に入っていく。


 堀:そういえば鎌野さんのお話だと、ドレッサーの前に花が供えてあったって……。


 らほつ:あー、なんもない……ねぇ。


 堀:ここじゃないんすかね。


 らほつ:まあ実際、あの話からは何年も経ってるからなぁ。だれか侵入して、配置を変えてたりするのかも。


 >>ふたりはとりあえずスマホで写真を撮ってみることにした。何枚か撮影したものを、その場で確認する。


 らほつ:うーん、特に異常は見られないかな。

 ……ここじゃないっぽいね。ここは違う気がする。そうだね、上だ。もっと上だと思う。


 堀:上、いきますか。


 >>しかしらほつはなぜか堀のこの投げかけには答えず、突如、なにも言わずにふらりと部屋を出て行く。堀はあわててカメラを向けながら追いかける。


 堀:らほつさん!?


 らほつはこのフロアのほかの場所には見向きもせず、真っ直ぐ階段をのぼっていく。さらに四階の部屋もすべてスルーし、最上階である五階へ。まるでなにかに導かれるかのように、視聴者のことも、堀のことも置いてけぼりにするかのように、無言で進む。


 堀:らほつさーん、どうしたんですかー? ねー、なにか見つけたなら言ってくださいよー。


 >>堀がやや焦り口調で呼びかけるも、らほつは無視して先々進んでしまう。五階の廊下の突き当たりまで歩いて、ようやく足を止める。


 らほつ:聞こえる……ここだ。


 >>五一〇号室である。扉の横の、【510】の金属プレートがカメラのライトに反射する。


 *


 この瞬間、いち視聴者であるUさんは自分のスマートホンを構えて、配信動画を再生中のデスクトップのモニターを録画撮りし始めた。なぜそのような行動に出たのか、Uさんは「勘が働いた」とだけ話す。

「うまく言えないけど、長年この人らの動画を監視してたせいか、勘が働いたんです。これは撮っといたほうがいいなって」

 アンチの勘ともいうべきか。らりホラ当人たちにとってはあまりありがたくない勘だろう。しかし私にとってはこれがたいへんありがたい資料となった。

 以下はUさんの撮影した動画録画をもとに書き起こした記録である。


 後編へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る