第六話


京子は不意打ちに合ったような、呆気にとられた表情で固まる。


守島がこちらに目を向けて、手招きする。


気を遣って話のきっかけを作ってくれた守島のためにも、塩田は勇気を出して向き合うことを決断する。


塩田は心臓をばくばくさせながら、京子の席に近づいた。


「西宮、さん。よかったら、華里さんと一緒にお昼食べない。……三人で」


京子は心ここにあらずといった様子で、席の前にいる塩田の声が届かない。


「西宮さん?」


再び名前を呼ばれことで、我に返る。塩田が話しかけにくるとは、まったくの想定外であり、衝撃だった。


「え、えぇいいわよ。あかりがそれでよければ……」


「ありがとう」


守島はいつのまにか空気を察してくれたのか、席を外してほかの男子と仲良く談笑している。そういえば、ハルが女子と喋ってるとこはあまり見たことがない。


「きょうこ!ゆいと!なんで助けてくれないの!?すっごい質問攻め受けたんだけど」


「ごめんごめん。みんなあかりのことが気になってるんでしょ」


「それは嬉しいけど……。あっ、そうだ。三人でお昼食べようね」


こちらから提案する前に、まさか向こうから誘いが来るとは……。


それにしても、離れて十年ほど経つとというのに、まったく距離を感じさせない。子供の頃から変わっていないことに、懐かしさを覚え、安堵する。


「そうね。……塩田とその話をしていたところよ」


「塩田?」


苗字呼びに、二人の関係性を勘繰る紅麗。双方の顔を見比べる。


「二人の間に壁を感じる……」


「「…………」」


いきなり痛いところを突かれて、言葉が出ない二人。


「そういうことね。あんたたち、私がいないと全く会話しなかったもんね。似た者同士だししょうがないのかな。結人、男のあんたから動かないとだめでしょ。絶対京子寂しかったに決まってるわ」


「あ、あかり。も、もうそのあたりで」


そうだろうか、似た者同士と感じたことはないが……。いや、決めつけか。ハル以外にまともにコミニケーションを取ってこなかったつけが回ってきているのだ。


今にして思えば、もっと早く京子に話しかければよかったと後悔する。


「いい!細かい話はお昼にするとして、ちゃんと名前で呼んであげること!もちろんゆいとからね。私も含めて」


いきなり釘を刺される。


「「……………」」


両者顔を盗み見て表情を伺うが、いったんその場は保留となる。



正直、紅麗と呼ぶのは簡単だ。向こうがそう呼べと言っている。問題は……、京子、か。さっきだって、相当勇気を振り絞って声を掛けに行ったのに、いきなり名前呼びはハードルが高い。小学校から十年間同じ教室にいて、まともに会話したこともないのに。


いつもクールで表情を崩さない……京子が何を考えているのか全く分からない。

とにかく、一人になる瞬間を狙うのだ。周りの目は避けたい。



三時間目の移動教室の移動時間を狙って、京子に話しかける。


「京子!」


「……!」


「名前で呼ばれる嫌かな?……紅麗がいなきゃ碌に会話もできなかったけど、僕は昔みたいに仲のいい関係のままでいたい。京子さえよければ、時折話せたらなと思ってるんだけどどうかな?」


京子は驚きながらも、塩田の顔をまっすぐ見て少し間を置いて答える。


「嫌じゃない。それに、私も前みたいに……結人と話したい。あかりに頼りっきりで、恥ずかしくて二人きりじゃ喋れなかったけど、またあの頃の関係に戻りたい」


それだけ言うと、京子は顔を赤くしながら小走りに去って行った。


塩田は自然と会話できたことにほっとすると同時に、京子も自分と同じ気持ちでいることがとても嬉しく、紅麗と三人でとる昼食が待ち遠しくなる。


早く教室に行かなければ遅れてしまうと急いで向かおうとしたところで、背後で気配を感じる。ばっと後ろを振り返ると、南香織がこちらを凝視している。


「南さん。急がないと授業遅れちゃうよ」


「………」


返事は無いため、一人で教室へ向かう。


「放課後、時間作って。家庭科室で待ってるから」


聞き逃しそうになるぐらいか細い声で、こちらの顔も見ず過ぎ去ってしまった。


頭の中で先ほどの言葉を反芻していると、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴った。


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狐薊 翁田 華吉 @ren_mofumofu

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