第二話


「え?」


何が起こっているのか理解できなかった。確かに彼らは、さっきまで居たはずなのに。


瞬時に、理解させられる。自分は独りになったのだと。


塩田の中に、「見捨てられた」という発想は一切なかった。正確には、ほんの僅か、一瞬想像した。が、すぐにその考えは頭から振り払う。


冷静になろうと目をつぶって息を整えようとする。


聞こえてくる自然の音が、自分以外に誰もいない、何もいないということを知らせてくる。


「そういえば……森に入って今まで、動物一匹見てないな」


妖狐島は、人口千人に満たない小さな島であるが、野生動物が多く生息している。その中でも最も警戒しなければいけないものは、熊である。


熊が住処にしている場所は決まっていて、電気柵などの対策により、現在はほとんど人の前に姿を見せない。たまに、どこからか抜け道を見つけ人里に下りてくることがあるため、村の人の警戒心は今もなお根強い。


熊の狩猟を長年積んだベテランが多いため、教えを乞うべく、移住してきた者もいる。


動物と言えば、なぜこの島には狐がいないんだろうと、塩田はふと疑問に思った。島の名前になる程なのに、今まで考えてもみなかった。


妖狐島の名の通り、この島には妖怪が住み着いていたりするのだろうかと想像してみる。少し怖い気もしたが、この考えが本当だとすると少しだけワクワクした。


この島には、立ち入りが禁止されている場所がいくつか存在するが、特に念を押されていたのがこの森だった。熊がいるなんて聞いたことがなかったため、大人たちが詳細を話さないのも、妖怪の存在をひた隠すためと思えば納得できる。


想像を膨らませて考え事をしていると、遠くでこちらを見つめる視線を感じた。


目を凝らして見てみると、暗闇の中でもわかる、とても綺麗な女性がいた。彼女はこちらを見つめて、その場でじっとこちらの様子を観察しているようである。


その容姿に見惚れてしまい、互いに目線を離さない格好になってしまった。彼女はにっこりと微笑むと、塩田はどきっとして、真っ赤になった自分の顔を見られまいと、顔を逸らす。


視線を戻すと、女性はいなくなっていた。


――直後、草むらでガサっと音がし、生き物が走っていく姿が見えた。


「あれは……もしかして狐?」


混乱した頭で、走って後を追いかけるが、すでに気配はなく、探すのを諦める。


「はぁ、はぁ……」


先ほどの女性といい、狐と思わしき生き物……。


体は疲れ切っているのに、頭は興奮している。どこかふわふわしながら、あてもなく歩く。



見たことのある景色まで辿り着く。


「あれ、この場所って?」


いつのまにか、塩田は森の出口まで到着していたのだ。


「なんかよくわかんないけど、帰ってこれた」


安堵したのも束の間、はぐれてしまった河口たちのことを思い出し、助けを呼ぼうと再び走り出す。



帰路の途中、近くで喧噪が聞こえた。近づいてみると、村の大人たちと彼らの姿があった。


こちらに気づいた大人の中には、両親もいた。


瞬間、叱られると警戒するが、その顔は心底ほっとした様子で、どうやら怒られそうな雰囲気ではない。


「よかった……お前は無事だったんだな。どこも怪我してないか」


「あれほどあの森には入ってはいけないと言ったのに」


いつもは口数が少なくあまり接点のなかった父親は、珍しく本気で心配していた。対して母親は、いつもと変わらない口調だったがこちらも凄く心配していたのが感じ取れた。


「河口は?河口だけ帰ってきてないの?」


「あぁ……そのことなんだがな」


「えっ」


「……河口くんだけまだ見つかっていないんだ。子供たちが言うには、途中ではぐれてしまったみたいだ」


深く話を聞いてみると、途中で霧が発生して、彼らはパニックになった。冷静を取り戻すため、ひとまずお互いの安否を確認するため点呼をとる。


だが、河口だけいつまでたっても返事がないので、ますますパニックになったが、ひとまず森を抜けて助けを呼ぶことを優先する。


とにかくまっすぐ進めば外には出られるだろうと意見がまとまったとこで、救出にきた大人たちの声が聞こえ、無事に救出された。


その後、いなくなった河口のことを説明するが、その時塩田も迷子になったのだと、事実と異なることを歪曲して伝えられた。


話し合いの末、河口の捜索は明日の早朝という結論に至った。


河口の母親はというと、いたって冷静である。周りから安心させるような声を掛けられても、取り乱している様子でもなく、落ち着いている。


塩田は何度か顔を見たことがある程度だが、子供ながらに、綺麗だと素直に思う。村の人たちが言うには「見たことのない美人だ」「この島一番の美人だ」と絶賛の嵐である。


……無理をしている風にも見えなかったため、塩田は不気味に感じた。












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