第三話


早朝から、村の屈強な男たちが、各々武器を手にして森に向かい、捜索は数時間にわたって行われた。



河口が発見されたのは、正午を過ぎたあたりだった。崖の下で、死体が発見された。その姿は、惨たらしく、獣に食い散らかされたような有様である。


現場を発見した男は、すぐに警察へ連絡した。


島の唯一の警察官である駐在さんに、色々と話を聞かれたが、生憎と塩田が話せることは少なかったため、すぐに聞き取りは終わった。


事件性は無いものとして、崖からの転落事故であったと、後から両親に聞かされた。


友人が亡くなったというのに、塩田の心は一切揺れ動かない。あれだけ嫌っていたのに、相反しているかもしれないが、仲は良かったはずだ。


なのにどうだ……自分はこんなにも薄情な人間だったのかと落胆する。



葬儀には、塩田を含む多くの人が参列した。


その中には、河口の弟も出席していて、目に涙を浮かべている。

弟の存在は聞いていたが、こうして実際に会うのは初めてだ。まだ幼く、五歳ぐらいだろうか? 

既に泣きはらした様子を見るに、普段から仲が良かったのだろうと思われる。


帰りの途中、塩田はずっと気になっていたことを両親に尋ねた。


「ねぇ、この森に入っちゃいけない本当の理由ってなんなの?」


「あそこはね、お狐様の……この島の神様のお家なの。だから、不用意に森に入ったりしたら、お狐様の気に触れてしまうかもしれないの」


塩田は驚いた。まさかこの島に超常の、“神”と呼ばれる存在がいたとは。妖怪の類ではないのだろうかと聞いてみようかと思ったが、口に出そうとし、父が間を挟む。


「この会話も、お狐様には筒抜けなんだ。だから、今まで話してこなかったんだよ……」


河口が死んでしまったのは、事故ではなく、お狐様と呼ばれる神が意図的に殺したのだろうか。もしそうだとしたら、きっかけはなんだ? 何が逆鱗に触れたのだろうか。森に入ってしまったから? なら自分も殺されてしまうのか? 河口以外のみんなは許されたのか?


しばらく考えても、塩田が殺しの対象になっている可能性を排除できないため、思考を放棄した。考えても仕方がない。それに、森を抜けられたということは、見逃してもらえたと捉えることもできると無理やり納得させるしかなかった。



塩田は自室に入り、布団を頭から被ったが、いつまで経っても寝られる気がしない。

顔を洗おうと、鏡を見ると、ある違和感に気づく。


「うわあぁ!!」


そこに映っていたのは、いつもの顔だ。しかし、ある一部だけ違っていたのだ。眼の色が、まるで狐の眼みたいに黄金色をしていた。


塩田の体に何が起こっているのだろうか。仮に、森に入ったことが原因だとしたら……塩田は、森に入ってから抜けるまで、改めて行動を振り返る。



……特別な出来事といえば、あの謎の女性だ。急に目の前に現れたと思ったら、まるで幻影のように、姿を消した。もしあれが、ただの人間ではなく、妖怪の類ならば、取り憑かれてしまったとでもいうのか。


そういえば、ここまで誰からも眼のことを指摘されなかった。他人からは、いつも通りに映っていると考えられる。


いや、葬儀の時一人だけいた。同じ鳴館なるたて村に住む、同級生の南香織みなみかおりだ。


すらっとした体形で、肌は青白く表情も乏しいため、まるで人形のようである。綺麗な黒髪は一つ結びにされていて、動くたびにはらはらと揺れる。


話したことはほとんどなく、一度目が合った時にとても驚いた顔をしていた。その後も、度々目が合っては、逸らされた。


その時は不自然に感じたが、彼女はこの変化に気づいているのだろう。


だからといって、直接聞いてみるような真似はしない。特別仲がいいわけでもなく、ましては相手は女の子だ。臆病な塩田にとって、話しかけるのはとても勇気のいることだ。


誰かに話してしまいたいが、信じてくれる人は誰もいないだろう。今のところ何か被害があるわけでもない。この眼も、その内慣れる時が来るだろうと諦めるしかなかった。



――それから時は経ち、塩田は高校生になった。








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