第四話


塩田は、高校二年生になった。


塩田が通う風淋ふうりん高校は、島唯一の高校であり、およそ九割方の人間がここに進学する。

残りの一割は、島を出て、北海道の高校に進学する勉強熱心な人たちである。



……あの事故以来、村は平和そのものであり、大きな出来事はなにもない。熊が村に出没したこともあったが、すべて猟師が撃退し、怪我人も一人も出していない。


一人寂しく登校していると、背後から自転車を漕ぐ音とベルを鳴らす音が聞こえる。隣まで追いつき、声を掛けられる。


「お~い!今日も変わらず無愛想な面だな!平常運転平常運転!」


この朝から快活な男は、守島もりしまはるとという。長身の恵まれたスタイルで、運動神経抜群。眉目秀麗という言葉の似合う爽やかなイケメンであり、女子からの人気が物凄く高い。


守島もあの日森に入った友人の一人であり、あれ以来、この男だけが今でも仲良くしてくれている。


他の二人は、学校の行事以外で話すことは無くなり、自然とお互い干渉しないようになった。二人はいつも一緒にいるところを目撃するため、塩田と守島で、二人ずつ分断されるようになったのが、現在の関係だ。


ただ、誰とでも気兼ねなく話すことのできる守島は、時折話しかけに行ってる様子。守島しか友達のいない塩田にとって、しばしば嫉妬してまう。


「しっかし、お前はいいよなー、学校近くて。俺どんだけ時間かけて来てると思ってるんだよ」


守島の言う通り、塩田は徒歩通学に対し、守島は自転車通学だ。二人は同じ村に住んでいる訳ではない。


「本当、朝早く起きなくていいから助かるよ」


この島には二つ村があり、塩田の住む鳴館なるたて村と守島の住む伊化内いがない村が存在する。


「そういえば聞いたか。今日らしいぜ、転校生」


「あぁ、聞いた聞いた。でも最近は珍しくないよなー、移住してくる人」


「何がよくてこんなど田舎の島に来たがるんだか。俺も島から出ることは考えたんだがなー。でも勉強したくないし、つーかだるいから辞めたわ。シオもそうだろ?」


「それな、結局だるい」


「だよな。てかシオは俺がいないと困るもんな―」


守島は、憎たらしほどの嫌な笑みを浮かべてこちらの顔を覗いてくる。


「うるさいなー。別にハルがいなくても平気だってば」


塩田は反論するが、長い間一緒に過ごしてきた守島にはすべてお見通しである。


「顔に出てんぞ。お前も友達を増やしたいとは思ってるんだよな?なのに高二になっても友達は俺一人……。本当に友達作る気あるんですかー??」


塩田は何も反論できない。元々の気質、性格、あるいは環境だろうか。昔から塩田は人に拒絶されることを、何よりも避けたがっていた。


人が怖いし、人に嫌われるのはもっと怖い。ただ、一番嫌なのは独りになって、周りから同情されることだ……かわいそうな奴だと思われたくない。


幸い、クラスの人気者である守島が昔から仲がいいことは周知であり、今までいじめにあったことなど一度もない。


……河口がいじめまがいなことをしてきても、いつも味方にいてくれたしな。


「ハルがいれば、それで充分だよ」


「…………おっ、珍しく素直だ。熱でもあんのか?」


「人が素直になったらこれだよ」


「冗談だよ。ほら、後ろ乗るだろ」


「うん」


荷台にまたがり、塩田を乗せた自転車はすいすいと進む。


ふと、後ろから見えた横顔は、いつもより嬉しそうで綻んでいるように映った。



「おーい、お前ら席に着け。転校生を紹介するぞー」


担任の原口幹夫はらぐちみきおが、教室を静かにさせる。


「おっ、新しい友達候補のご登場だぞ。シオはやっぱり女子がいいかー?」


後ろの席の守島が茶々を入れてくる。


「なんでだよ。そういうハルはどうなんだ?」


「俺は別にー……頭のいいやつならいいかもな。宿題写させてもらえるかもしれん」


「なんだそりゃ……」


「入ってこい」


原口がそう言うと、扉がガラッと開けられた。


転校生は教壇まで向かうと、こちらを向いて挨拶を始めた。


「初めまして。花里紅麗はなざとあかりです。今日からこの学校でお世話になります。みなさん仲良くしてくれると嬉しいです」


転校生は女子だった。




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