第五話


ここ風淋ふうりん高校は、全校生徒一一六名が在籍しており、一学年に一クラスしか存在しない。校舎は二階建ての木造建築であり、百年以上の長い歴史を持つ。


様々な所で老朽化が進んでおり、復旧の工事が追いついておらず、手付かずの場所がいくつも存在する。


中には、島に妙な憧れを持つ者もいて、フェリーでわざわざ通学する変わり者も少なからずいる。島の規模に対して多くの生徒がこの高校目当てにやってくるようになったため、数年前に寮が設置された。



――転校生の紅麗の自己紹介も済んだところで、クラスが一瞬しんと静まり返った。が、直ぐにそれは歓喜の声で埋め尽くされ、完全に歓迎の雰囲気である。


それもそのはず、紛れもない美少女であり、騒ぎたくなるのも無理はない。


表情はニコニコとして明るく、くりっとした大きな目は、ほとんどの男子を虜にしただろう。よく手入れされてるであろう金髪は、高い位置で結ばれていて、赤いリボンが特徴である。


「あっ、ごめんなさい。嘘ついちゃた」


「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」 


クラス全員の声が、重なったような気がした。


さっきまでの喜び様が噓かのように、全員が間抜けな表情になる。


「覚えてる人いないかな?私、元々島の住人なんです。六歳まではこの島に住んでて、よく一緒に遊んでた人もいるはずなんだけど……」


「あかりちゃん!?」


驚いて声を上げたのは、西宮京子にしのみやきょうこという。学校のマドンナ的存在であり、女子側のまとめ役である。


腰まで届きそうな長い髪は真ん中で分けられていて、きりっとした眉や切れ長の目が特徴の美人顔だ。背も高く、特に女子生徒からは羨望の眼差しを集める。


「きょうこちゃん!?久しぶり!覚えててくれたの?」


「当り前じゃない。忘れるわけないでしょ」


「あ、そういえば」「いたかも」「うわ~!久しぶり!」


次々とクラスメイトが思い出していくなか、塩田は一人顔を伏せる。


「何しとん?お前?」


守島が話しかけるが、聞こえないふりをする。


「結人は?家も近所で、京子と三人でよく遊んだわよね~。懐かしいな~」


「あぁ……塩田は、そこの席」


注目の的になるのを避けたい、塩田のささやかな抵抗虚しく、クラス中の視線がこちらを向く。


「あっ、ひ、久しぶり」


「その様子。あの頃と変わってないようね」


にやりと口角が上がるいたずらっ子のような表情を見せる紅麗。


冷汗が噴き出る塩田。幼少の記憶が濁流のように呼び起こされる。


三人でよく遊んだ思い出。無茶な遊びを提案しては、二人を引っ掻き回す紅麗。それを諫める京子。発言権のない塩田……


塩田は紅麗に苦手意識を持っていた。何をして遊ぶかは、全部紅麗の気分次第。気に入らないことがあると、よく頭をぶたれた。


……ただ、不思議と嫌ではなかった。暴力をふるわれることもあったが、運動があまり得意ではなかった塩田のために、さりげなく手を抜いてわざと勝ちを譲ることもあった。


当然気づいていたが、口には出せない、その不器用な優しさが当時はとても嬉しかった。


――また、塩田の初恋の相手でもある。


「おい、想い出話に花を咲かせるのもいいが、朝のホームルーム始めるぞー」


ニコニコとこちらに手を振る紅麗。席は、京子の隣に案内される。


「知り合いだったんだなー……」


「そうだけど……何その不満そうな顔」


「は?いつも通りですが?」


若干語気が強めな守島。何か地雷を踏んだだろうかと頭をひねる塩田。


ホームルームが終わると、早速、紅麗の周りに輪ができた。とても塩田が入れるような状況ではない。


「今日は別のやつと飯食うから、三人で集まれば?」


「いいの?」


「行って来いよ。ちらちら視線が向こうに言ってるの大バレ」


「わかった。誘ってみる。ただ……」


「ただ?」


「西宮に話しかけるの緊張する」


「あぁー、お前らが話してるの見たことないわ。でも仲良かったんだろ?」


「昔の話だし……」


紅麗が島を離れて以来、男女二人で遊ぶ気恥ずかしさか、段々とお互いが同性同士で遊ぶようになった。

それ以来、会話らしい会話はほとんどない。まして、今の京子は近づける雰囲気ではなく、男子を毛嫌いしてる節もある。


「しゃーねーなー」


「あっ!ちょっと!」


守島が京子の席に近づく。


「おい、西宮」


「……なに?」


「シオがお前と話したいってさ」


「えっ?」


……既に遅かった。




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