狐薊

翁田 華吉

第一話


子供たちは、森で探検をしていた。


普段であれば、近所の公園に集合して、ボール遊びや鬼ごっこを飽きもせず繰り返していた。

五人で放課後の終わりに集まり、時間を忘れて、夜遅くなるまで遊ぶ。


彼らは小学五年生の同級生であり、意気投合するようになってからは、何をするのもいつも一緒である。


そんないつもの日常が、一人が「飽きた」と言い出したことで一変する。

他の二人も同意するように、ボールを蹴る足を止めた。


すると、五人の事実上のリーダーである河口鉄希かわぐちてつきが、こう提案する。


「じゃあ、あそこ行ってみようぜ」



「ここって、お母さんたちが絶対入っちゃダメって言ってたとこだよね」


引っ込み思案な性格である塩田結人しおたゆいとが、珍しく反対する。不用意な発言をして立場が危うくなることを恐れていたが、つい常識的なところが災いし、口に出てしまう。


「いいじゃん!シオも行こうぜ!」


塩田は踏みとどまるが、後で親に叱られることを避けたく、誘いを断った。


「じゃあな、俺らは行くから」


「あっ……」


ここでノリが悪いやつと思われれば仲間外れにされるかもしれないと、考えている間に、彼らは森の中に足を踏み入れる。



「……やっぱり行こう」


数分間、塩田は入り口から森を見つめていた。


追いつけないところまで差し掛かり、急いで彼らの後を追うことを決める。


木漏れ日を浴びながら、ひたすらに走る。八月のこの時期は一年間で最も暑く、額に滴る汗を手の甲で拭う。


すぐに探索している彼らの姿を見つけ、着いていくことを伝えた。


森の奥は、高い木で覆われていて薄暗い。歩道は無く、不気味な雰囲気を醸し出している。


引き返した方がいいと心の中で誰もがそう思っただろうが、好奇心が不安や恐怖を上回ったのか、誰も「帰ろう」とは口に出さなかった。


やがて、十分ほど歩いただろうか。期待していたような珍しい発見もなく、彼らは飽きていた。ただただ似たような景色を歩き続けるのは、苦痛でしかない。


「もう帰ろうぜ」


「父ちゃんに叱られる」


少年たちの探検はあっけなく終わり、帰りを余儀なくされる。



来た道を引き返そうと歩いてどれくらい経っただろうか、一向に森から抜けら

れる気配がない。


やがて森は真っ暗闇となり、風に揺れる木々の音が妙に不気味に感じた。


「なぁ、帰りってこっちであっとん……?」


「は?俺に聞くなよ」


互いに確認し合うが、未知の冒険に高揚し、帰りのことなどすっかり頭から抜け落ちていた。 一人、塩田を除いて。


塩田は森に入るときから、帰りのことをしっかり計算に入れていた。しかし、消極的な性格が災いして、中々言い出せずにいた。第一、絶対に合っている確証などなかった。

それでも、覚えていない彼らより、自分が先導した方が森を抜けられる確率が高いと判断する。


「多分、こっちだと思う。確か、この大きな岩が来た時にあったはず」


「え、こんなでけぇ岩来た時あったっけ?」


「すげぇじゃん!よく覚えてんな!」


疑問を呈す者もいたが、塩田を先頭にサクサクと歩みを進めた。


帰りは順調かのように思われたが、一方で、塩田の頭の中は真っ白だった。

「そろそろ着くころだよな」「本当にこっちで合ってるのか?」頭の中はぐるぐると嫌な想像を掻き立てる。一早く帰りたい気持ちは、徐々に焦りと不安を募らせていた。


余裕がなく足を速める塩田と、彼らの距離は少しずつ広がっていく。


初めは談笑しながら着いていく彼らだったが、このまま言う通りに進んでも出られないと悟った河田は、塩田を置いて別の道を進むことを提案する――



既に半泣きの状態だった塩田は、「こんなことになるなら家に帰っておけばよかった」「せっかく勇気を出して喋ったのに、何の意味もなかった」と何度も何度も後悔した。


「謝って河口を頼ろう」と塩田は思った。いつもはイジったり、馬鹿にしてくる河口だが、遊ぶときは必ず仲間に入れてくれる。それに、最終的に何かを判断するのはいつも河口だった。


河口のことを内心嫌っていた塩田だったが、男気があり、頼りになることも知っている。


振り返り、「ごめん!」と続きを言おうとしたところで、塩田は声を失った。



後ろには、誰もいなかった……



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