第23話 代償の魔女 その三

「どうだった? 初めての魔法剣での実戦は?」


 臨戦態勢を解かない程度に気を抜く。そんなエインツの左から、様子を伺うようにハルナが声掛けしてきた。

 その顔は、実技に挑戦した生徒を労う教師のような表情を浮かべている。


 実際エインツに魔法の基礎から教えていた以上、エインツからしてみれば、ハルナは魔法の教師そのものだ。


 教える事でわたくしの復習にもなるからと彼女は謙遜していたが、ハルナの教え方は非常に上手かったし、親身であった。

 エインツがハルナに抱く私情は一切差し挟んでいない……つもりである。


「そうだな。……正直、切れ味自体はいつもと変わらなかったな。地トカゲは光魔法に弱い訳でもないし」

「光魔法が有効なのは、悪魔やアンデッド系の魔物だから。そうでない普通の地トカゲが相手では、光魔法の効果を実感するのは難しいよね」


 弱点属性で攻撃するのは効果覿面こうかてきめんなんだからとハルナは、伸ばした両腕で大きく円を描く。

 効果が大きいと言いたいのだろう。


 今回エインツが用いた光の魔法剣ライトニングセイバーは、光を刃に纏わせて斬る初歩中の初歩の技である。


 効果範囲は剣が届く距離だけだが、全ての魔法剣はここから派生していく。なので光の魔法剣の技の中で最初に覚えるべき、基礎の技として位置づけられていた。


 現状、エインツが使える唯一の魔法剣であった。

 因みに、名称が違うだけで、魔力を剣に纏わせる技はどの属性の魔法剣にもある。


「そうだな。だけど、これからだ」


 これからもハルナに指導してもらい、彼女と二人三脚で強くなれる。

 エインツは今後に思いを馳せた。


「うん! 光だけでも覚えるべき魔法剣はまだまだあるから。他の属性の事も考えると、本当に先は長いよ」


 この地下迷宮のような狭い場所での出番は無いが、光の魔力で刃を延伸し斬撃の範囲を伸ばす。

 あるいは光の斬撃を飛ばすといった魔法剣も存在している。


 剣の腕を磨く事も考慮すれば、魔法剣を極めようとするのは、大海に漕ぎ出す行為そのものだ。

 長く、時に険しい事態に直面するであろう旅路も、生涯を掛けて尽くしたいと思える人が隣にいれば乗り切れる。


 現時点でのエインツの心は、順風満帆を体現していた。


「まだこの先は長い。引き続き補助や道案内を頼む」

「任せて」


 エインツが言って歩き出し、数歩の間を空けてハルナが続いた時だった。


「なるほど。近頃、二人でいる時が多いのは、エインツ君の魔法剣だった訳ね」


 納得したような。それでいて嬉しそうに話す言葉がチェルシーの口から投げ掛けられた。

 足を止めた二人は同時に振り返った。


「魔力も安定もしていたし。短期間で覚えたとは思えないほど見事だったわ」


 手放しのチェルシーの讃美を耳にした瞬間、エインツの脳裏に浮かんだのは、ハルナが丁寧に教えてくれる姿だった。


「ええ。俺は魔法についてはからっきしですから。ハルナにはずっと基礎から教えてもらっていて」

「でもエインツは、飲み込みは凄く早かったよ。好きこそものの上手なれって」

「それはハルナの教え方が上手かったからだぜ」

「あらあら。仲が一段と良くなって何よりだわ。本家の安泰に一歩近づいたわね」


 チェルシーは喜色満面の顔で言った。


「お、お母様! わ、わたくしは別にエインツとは……」

「……」


 交際している事を言外に仄めかすチェルシーの言葉に対し、狼狽で返すハルナ。

 照れ隠しか本音か。

 真意が読みきれなかったエインツは、沈黙を貫く事にした。

 下手を打ちたくなかったのだ。


「あら。もしかしてハルナ。まだエインツ君の告白に答えていないの?」


 ハルナはチェルシーの問い掛けに対し、伏し目がちに無言で頷く。その顔には恐縮の感情が貼りついていた。

 フゥと、短いため息を挟んでチェルシーは続ける。


「あのね。エインツ君が勇気を出した告白よ。それにはちゃんと返事をしないと」

「いやチェルシーさん。俺はむしろハルナがきちんと納得するまで考えて欲しいというか。それに無理を言っているのは俺の方ですから」


 思いを伝えないと恋愛が始まらないのは確かだが、それが原因でハルナが責められるのは見過ごせない。エインツは当然ハルナのフォローに回る。


 節度を守りさえすれば、チェルシーはエインツの味方をしてくれているし、今もエインツの本音を代弁してくれてもいる。

 だが、それはそれ。これはこれである。


「エインツ君がそれで良いと言うなら、私はもう何も言わないわ。ね。ハルナ」


 言ってチェルシーは、左目でウインクした。しかしその仕草には、チェルシーの意思が分かりやすく込められている。


「はい、お母様。……ごめんエインツ。答えはもう少し待って」


 ハルナはエインツに目を合わせずに告げた。ただただ申し訳無さそうに縮こまっている。


「ああ。俺なら幾らでも待つ」


 ハルナの後ろめたさを少しでも払拭出来ればとエインツは口にする。本音を覆い隠しながら。


「しっかり考えて、ハルナが納得の行く答えを出してくれ……先はまだ長い。出発しよう」

「うん……」


 エインツがハルナに背中を向けて歩き出した。少し距離を空けてハルナが続く。

 胸に思いを秘めた者同士。

 二人の表情は快晴にはほど遠い。


 ウドペッカ大迷宮の最下層は三十階。

 通常であれば、往路だけで最低でも二日は掛かる。

 無論、階を下りる毎に迷宮の魔獣や魔物は、徒党を組んで襲い掛かるなど。攻撃や防御のみならず、知性の面においても強力になっていく。


 なので、エインツたちについてもチームワークがより求められるようになる。

 迷宮を踏破出来るだけの能力を四人全員が持っている事もあって、幸い初日の目標である二十階の、二十一階に降りる階段の部屋まで難なく辿り着いた。


 今日はここで、魔物と魔獣を寄せつけない持続型の結界魔法を、奥行きがある部屋全体に張り一泊する予定である。


 ハルナが術を構築している間、エインツが二十一階に降りる階段を見張り、丈一郎が出入り口を警戒。

 チェルシーが周囲の様子を確認しつつ、二つのテントを設営していた。


 ウドペッカ大迷宮は十六年ほど前に最下層が攻略されて以来、宝物などの旨味が少ないダンジョンとして、訪れる冒険者の数は年を追う毎に減っているという。


 夜の帳はとっくに下り、野営の準備をするべき時刻。

 それにも関わらず、昔は多くの冒険者のテントで一杯だった筈のこの部屋も、今夜はエインツたちの一組しかいなかった。


 階段の奥からの襲撃に備えながらエインツは、部屋の様子にも気を配るが、新たに部屋にやってくるパーティーは一向に現れない。


「こりゃ恐らく、貸し切りになりそうですね」


 久々に刺激的な冒険が出来ているわ。そう本人自らが道中で語っていた通り、階段近くの空間でチェルシーは、上機嫌で緑色のテントを広げていた。


 生まれながらの貴族でありながら、彼女にとって貴族の屋敷は窮屈なのだろう。

 貴族でないにせよ、そこはエインツにも理解出来る心境であった。


 時刻は午後七時過ぎ。

 自分とチェルシーを重ね合わせつつ、貸し切り状態がほぼ確定だなと思いながらエインツは、今にも歌い出しそうな雰囲気の彼女に語り掛けた。


「そうねぇ。ここほど閑古鳥が鳴いているダンジョンは無いと聞くし」

「去年、迷宮入りしたパーティーの数は一桁台だとか。それも魔獣大進行スタンピードを防ぐ為の間引き目的で」

「私が若い頃はテントを張る場所すら無いほど、多くのパーティーで賑わっていたというのにね」

「そんな。チェルシーさんはまだまだ若いですよ」


 裏表の無い本音をエインツは口にした。

 自分と比べるのはともかく、エインツから見て、平均的な青年男性よりチェルシーの方がよっぽど若々しいのは明らかだ。


「あら、ありがと。お世辞でも嬉しいわ」


 カラカラと笑った後でチェルシーは、部屋の中央で、こちらに背を向けて結界を張っているハルナに目を向けた。

 エインツも同じ方を見た。


「でも、エインツ君は私よりも、ハルナをもっと褒めてやって。あの子は星魔法を習得する事については誰よりも熱心だけど、それ以外。特に恋愛は奥手だから」


 ハルナに聞こえないような声量でチェルシーは言う。


「責任感は人一倍強いし、優しいんだけどね。エインツ君のように真っ直ぐで積極的な男の子でないと。……だからエインツ君には言うまでもない事だけど、君には可能な限りハルナの傍にいて欲しいな」


「もちろんです。今だったら俺の人生は、ハルナと出会う為にあったと言い切れますから」

「大きく出たわね。でも、それが聞けて安心だわ。……どうやら結界が張り終わったようね」


 チェルシーが言った通り、結界魔法の濃密な魔力が部屋に満ちていくのをエインツは、自身の肌で感じ取った。

 耐久性と持続性が必要不可欠な結界魔法だけあって、かなりの魔力量である。

 その変化は静謐な空間に、全力で銅鑼どらを叩いた音が響き渡ったかの様であった。


「先生にエインツもー。結界張り終わりましたよー」


 丈一郎とエインツを交互に振り返りながらハルナは、少し疲れの色が見える声を、二人に届くよう張り上げ気味に言った。


「お疲れハルナ」


 エインツも叫ぶようにハルナを労う。


「魔力回復薬を飲んでおくか?」


 一仕事を終え、こちらに向かって歩いて来るハルナにエインツは問うた。

 地下通路を照らす光魔法二つを半日中使い続け、ここへ来てかなりの魔力を消費する結界魔法を使ったばかり。


 魔法剣を覚えたからこそエインツは理解していた。

 体力と同様に魔力もまた使えば使うほどに、疲労の形で溜まっていく事。そして、魔力量が多いほどより顕著になる事を。


「うん。そうする。ちょっと疲れた……」

「俺が用意しておく。ゆっくり来てくれれば良いからな」

「うん。ありがとうエインツ」


 念の為、階段の先を一瞥いちべつした後でエインツは、冒険に必要な回復薬類が入ったザックに向かおうとした時だった。


「ん?」


 謎の異変を直感で察知したエインツは、無意識に辺りを見渡した。

 何かが減っていっているような、初めて体験する奇妙な感覚。

 しかし、それが何かは分からない。


「あれ? 何か変だな。……急に体が重くなってきた」


 エインツが訝りながら周囲を見渡す中、何故かハルナがその場にへたり込んだ。


「まさか! 魔力切れか」


 ハルナの後ろを歩いていた丈一郎が、叫びながらハルナに駆け寄る。


(魔力切れ。……まずい!)


 一瞬の間を空けた後、魔力切れがもたらす事態にエインツは考えが及ぶ。

 ニクスを肩に乗せた状態でエインツは、自分の鞄に向かおうとするも、次の瞬間に部屋は完璧な闇に閉ざされた。


 ハルナの魔力が枯渇し、明かりの光魔法を維持出来なくなったのだ。


「い、嫌……」


 真っ暗闇という恐怖のどん底に突き落とされた、ハルナの震える声が闇の向こうから届く。


「落ち着けハルナ! すぐに明かりをつけるから」


 エインツもまた、魔力切れの疲労感に軽い目眩を覚えるが、そこは火事場の馬鹿力ばりの精神力で耐えながら叫ぶ。

 しかし、パニックになったハルナにその声は届かない。


「暗いのは嫌ぁぁぁぁ……」


 この星の正規魔導士全員が銀の腕輪を嵌める意味。

 光魔法を極めた代償に患った、極度の暗所恐怖症であるハルナの叫び声が、暗黒の中で木霊した。

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空白の剣士と代償の魔女 〜運命の出逢い〜 世乃中ヒロ @bamboo0216

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