第4話


 <謝罪に来た態度じゃないわね

  うちの娘は悪くないの一点張り>

 

 <かえって凄いですね

  それで済むって思ってるんですから>


 立場、わかってなさすぎる。

 

 <ほんとよ

  呆れ果てたわ>


 <訴訟でもしますか

  父がいい弁護士を紹介してくれるそうですが>

 

 <ふふ

  それは、最後の手段に取っておくわ>

 

 ふぅ。

 

 <私はね、びっくりしてるのよ

  美玖が跳ね返す態度を取れる娘だとおもってなかったから>

 

 <少し痩せたからですかね>

 

 <少しね

  でも、見違える差よ

  さすがに、下着くらいは買ってあげないとね>

 

 前の下着のままだったのか。

 よくずり落ちずに済んだな。


*


 「そういえば。」

 

 「んー?」

 

 「美玖って、28歳まで生きたんだよね?」

 

 「うん。そうだよー。」

 

 「中学の勉強なんて、楽勝じゃないの?」


 「………。」

 

 ん?

 なんか、ごそごそ取り出してるけど。

 

 ……えーと、

 前の学期の模擬試験の……。

 

 「……は。」

 

 「ないよ、そんなチート。

  ないんだよ、ぜんぜんっ!!」

  

 ……なんだこりゃ。

 

 国語は偏差値64。

 社会は偏差値56。

 

 このふたつはまぁ、いいけど。

 

 英語が偏差値52。

 理科が偏差値45。

 

 でもって。

 

 「数学、偏差値39……。」

 

 理数系、壊滅しとる。

 

 「だってさぁ……。

  お情け高卒の事務職モドキだもん。

  もともとニガテだったしさー。

  

  国語もね?

  現代文はまぁ、仕事で廻してたからできたけど、

  古典とか漢文とか、ほんともうウロオボエで。」

 

 ……。

 

 「もともと、家、めちゃくちゃでさー、

  小5くらいから、勉強、ついていけなくなってて。

  

  なんもしてこなかったオトナなんてこんなもんだよー。

  うんうん、軽蔑して唾吐いてくれてかまわないよー。」

 

 そこまでは言ってないけど。

 

 「ゆーくんはどうせ、開いた学校進学校とかいくんでしょ?」

 

 そうまでは言わないけど、

 父さんが納得してくれるところでないと。


 「……うふふ。」

 

 ん?

 

 「ちょっとね、目、優しくなってる。

  うん、いいよゆーくん。いいオトコ。

  女子、寄ってくるよー。」

 

 ……。

 

 「あ、険しい目してる。

  うわー、これは寄ってこないわー。」

 

 「……寄せたくなんてないから。」

 

 「離婚のこと?」

 

 わ。

 

 「あははは。

  28歳になるとさー、こういうの、

  ズケズケ言っちゃうんだよねー。

  もうおばさんになっちゃったっていうかさー。」

 

 ……。

 

 「うんうん。

  いいんだよコドモで。コドモなんだから。

  まだ15歳だしねー。」

 

 「……成績は12歳くらいだよね、美玖。」

 

 「うわっ!?

  い、いまのはヒットしたよ、このムネに。

  ちょっと弾力が減ったかもだよ?」

  

 ……。

 っ!?

 

 「あははは。

  あるある。ちゃんとある。でしょっ?」

 

 ……。

 

 「他所の家の話だけどさー、

  酷い親だねー、ゆーくんの母親。」

 

 !!

 

 「考えちゃいけないって思ってた?

  それはないよー。十分ひどいよー。

  子どもの存在を隠したまま仕事してて、

  子ども棄てて金持ちと再婚したんだから。」

 

 ……。


 「クズだなー、って思うよ。

  わたしの会社にもいたよそういうの。

  人のものなんでも欲しがるような奴。最低だったね。」

 

 ……あは、は。

 

 「わたしにとっても敵だなー。

  そんなことなければ、

  15年前に、ゆーくんに話す勇気、

  持てたかもしれないからさー。」

 

 「……それは、僕の問題だよ。」

 

 「ちがうちがう、わたしのほう。

  お願いするの、わたしだもの。」

 

 「……あの、さ。」

 

 胸が、頬を潰している。

 美玖の体温と、ほのかな汗、

 甘いシャンプーの匂いが、僕の全身を覆っている。


 「んー?」

 

 「そ、その、ごまかしてない?

  進路相談のこと。」

  

 「……あはは。ごまかしてなんかないよ。

  成績、どんなにあげても、

  ゆーくんの高校には入れないから。」

 

 ……。

 

 「そんな顔しないのー。

  ぶるんぶるんぶるんぶるん。」

 

 あばばばばばば。


*


 「!」

 

 あれ。

 

 「聞いてたの?

  人のクラスの進路相談。」

 

 「だ、だって。

  い、いま、進路、替えるって。」

 

 「偏差値60三番手の高校ぴったり。

  これ以上はまからないよ?」

 

 「うっ。」

 

 「大丈夫。

  小3の時まで、成績、まぁまぁ取れてたでしょ。」

 

 「そ、それとこれとはっ。」

 

 「成績は、精神環境に依拠するっていうからね。

  僕が美玖を教えるから。」

 

 「……ゆーくん、厳しそうっ。」

 

 「そうしないと、受からないでしょ?」

 

 「そ、そうだけどっ。」

 

 「あぁ、僕のことは心配しないで。

  一応特待生枠なら72だし、クラスは別になるから。」

 

 「……。」

 

 「それとも特待生、狙ってみる?」

 

 「む、無理だよっ!!」

 

 「いっぺん死んだんでしょ?」

 

 「ぐはんっ!?」

 

 「はいはい。

  じゃ、今日帰ってから、しっかりやろうね。」

 

 「あ、あしたから」

 

 「そう言ったらやんないんでしょ?

  ふつうのオトナは。」

 

 「んぐぶぁぁっ!?」

 

 ……女子でも、28歳になると、

 叫び声がオッサン臭くなるんだな。

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