逆行してきた幼馴染が妹になったら篭絡してくる

@Arabeske

序章(中学生編)

第1話


 美玖、だよな。

 

「……ゆー、くん……。」


 どうして、ここにいるの。

 なんで、ぼろぼろ泣いてるの。

 そんな顔、いままで見たことな


「……ゆーくんっ!!」


 えっ。

 ほ、ほんとに入鹿山美玖っ!?


*


「わたしが、

 『未来からきた』

 って言ったら、信じる?」


 荒唐無稽きわまりない。

 だけど。


「……まず、発言の趣旨を聞こうか。」


 無碍に否定しきれないものがある。

 なにしろ


「……えへへへ。」


「……なんだよ。」



 「すきっ!」



 っわっ!?

 や、やっぱり、重くなってる。


「……あぁぁ……

 すきだよぉゆーくん……

 すごく、すごくすきだよぉぉ……。」


 ……なんてこと、

 言うはず、なかったんだから。


 松原美玖。

 旧姓、入鹿山美玖。

 

 家が隣で、幼稚園、小学校まで一緒だった。

 小学校3年生の時、母子家庭だった美玖の母さんが事故で亡くなり、

 美玖は叔母さんに連れられ、東側の団地に移った。


 それでも、小学校の間は、クラスが一緒だったこともあり、

 美玖と僕は、なんだかんだで関係は続いていた。

 

 中学に入り、僕と美玖の縁は、ほぼ、切れた。

 クラスも部活も別々ならば、当然だろう。

 

 美玖は、引っ込み思案で大人しく、

 食べ物のこと以外では自分の意見を言わない子だった。

 スキンシップは手を繋いだくらいで、

 それも、祭りの時にはぐれないようにするためだけ。

 

 だから。


「うへへへへぇぇ………。

 首筋からイイにおいがするよぉぉ……。

 わかいオトコのエキスがぁぁぁぁ……。

 すんすんすん……。」

 

 なんてこと、絶対にやるわけがない。


 ただ、外観は美玖のままだ。

 ちょっと、いや、

 かなりぽっちゃりはしてるけど。


「叔母さんの郵便局のカードの暗証番号は。」


「え? おかあさんのこと?

 ん-と、8814っ。」


「池端さん家で飼ってた犬の名前は。」


「貫太郎っ。」


「ブランシュの裏メニューは。」


「焼きそばパンっ!」


 ……本人でしかない。


「ね、信じた?」


「……まずは離れようか。」


「えーっ!」


 ……なんだろう、これは。


*


 あちこちに飛びすぎた、なっがい話を、

 無理やりまとめると、こうなる。


 いまから一年後に、美玖の叔母、松原晶子さんが自殺する。

 会社ぐるみの不正行為を押し付けられたらしい。

 

 美玖は孤児となり、親戚をたらいまわしになった上で、

 引き取られた別の親戚には虐待され、児童養護施設に送られる。


 児童養護施設で友達ができるものの、

 勉強ができないまま、高校で働くことになる。


 派遣社員待遇で、給与はずっと横ばいが続いていたのに、

 仕事先の上司に騙され、なけなしの貯金を掠め取られた挙句に棄てられ、

 持病の治療薬を買う金も亡くなり、自宅で一人苦しみながら死ぬ。


 享年、28歳。


「ちょっと重い話でしょ?」


 ちょっとどころじゃないぞ。

 だいたい。


「どうして僕に連絡しなかったの。」


「……あはは。」


 脂肪に潰れた目を乾かしながら、

 美玖は、平坦な声で嗤った。


「できないよ。

 できるわけ、ない。」

 

 美玖は、一瞬、言い淀んだ。

 そして、二度、大きく首を振った。


「……。

 だって、ゆーくん、

 わたしを虐めてたグループの女子と付き合ってた。」


 ……は。


「……あはは。

 気づいてくれなかったとか言わないよ。

 気づきっこないんだもん。

 いっぺん死なないと言えなかったよ、ぜったい。」


 ……あぁ。

 そう、なんだろうな。

 

 美玖は、ほんとうに大人しい子だったし、

 僕との縁はもう、切れていた。

 僕に話しかけるなんて、できるわけなかった。

 

 僕だって、理由もなく女子に声を掛けるなんて、

 気恥ずかしくてできない。

 長い時間を共に過ごした幼馴染であったとしても。

 

 そもそも。

 この僕が、女子と付き合うなんて、考えられない。

 

 でも。

 俯く美玖の顔は、真剣そのものだ。

 脂肪が頬にだるんとついているので

 シリアスさがだいぶん減るけど。


「……なんだか、申し訳ない。」


「……ううん。

 そんなこと、考えなくていいの。

 言わなかったわたしが悪いんだから。

 なにも言わないのに察して欲しいなんて、ただの傲慢だよ。

 

 だからね、ゆーくん。」


 ぽっちゃりしているのに、

 ちょっと目が潰れているのに。



 「おねがい。


  おばさんを、

  たすけて……っ……。」



 息を、呑んだ。

 

 たるんだお腹なのに、頬に肉がついてるのに、

 切なそうに潤んだ瞳と震える声に、

 心の奥底が、掻きむしられそうになる。


 こんなこと、絶対にできない娘だったのに。


「……何を、どう、助けて欲しい?」


 さっきまで切なそうな瞳をしてたのに、

 ぱっと目を開くと、にへらっと笑って、

 まるまると肥えた身体のまま、

 

「やっぱりだいすきっ!!」


 どっすんと抱き着いてきた。

 ……少し、早まったかもしれない。

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