第3話


 <2.4キロ減ね>

 

 晶子さんは、律儀にスクショを送ってくる。

 結託しない限りは改ざんはない。

 

 <ありがとうございます>

 

 <元が高いから、

  ここまでは減るわ>

 

 <ここから、ですね>

 

 <そうね>

 

 さて、と。

 

 <晶子さん、

  有給でお盆休みって取られるんですか?>


 <ないわよそんなもの

  有給は病気の時だけよ>

 

 うわ。

 思ったよりブラックよりだった。


 <おからだ、大切にしてくださいね>

 

 あ、止まった。

 余計なお世話だったか。

 

 <二十年ぶりくらいかしら

  そんなこと言われたの>

 

 ……闇、ちらちら見えるな。

 返しづらい。

 

 <まぁ、美玖のためもあるわね>

 

 <はい>

 

 <せめて夏休み中にL寸よね>

 

 それは高いハードルじゃ

 

 <運動部だったんですか?>

 

 <そうよ、バレー部

  昭和育ちの監督でね>

 

 うわ。

 なんか、地獄そう。

 

*


 夏休みが終わる日。

 

 「じゃじゃんっ!」

 

 身長162センチ

 体重69キロ。

 

 「大台割ったよ!

  すごくないっ!?」

 

 「すぐ戻りそうだけどね。

  V字回復。」

 

 「嫌だぁっ!?」

 

 ……はは。

 

 「V字も嫌だし

  レ点も、✓も嫌っ!」

 

 何回かあったからなぁ。

 にしても、顕著な成果ではある。

 二か月で12キロ減ったわけだから。

 

 といっても、いわゆる美容体重まではあと19キロ。

 標準体重までですら、あと11キロも差がある。

 

 要するに。

 

 「やっとになったわけだ。」

 

 「うぐっ!」

 

 「まぁでも、凄いことだよ。

  えらいえらい。」

 

 「う、うんっ。

  ……な、なんかフクザツっ!

  まっちぽんぷされてるっ。」

 

 失礼な。

 

 「現状の成果と今後の課題を言っただけでしょ。」

 

 「そうだけどさー。

  もっと手放しでほめてよぉ。

  

  女の子はねー、

  ほめてほめてほめてほめてほめてほめるくらいで、

  やっっっっとちょっと自信つくんだから。」

 

 ほめるしかないじゃないか。

 

 「晶子さんとか、

  そういうタイプじゃないでしょ。」

 

 「ちがうよ。」

 

 「え?」

 

 「叔母さんみたいな人ほど、

  そういうタイプなんだよ。

  ほめられたことなく生きてきたんだから。」

 

 ……。

 

 (二十年ぶりくらいかしら

  そんなこと言われたの) 


 かもしれない、な。


*


 新学期。

 

 「うっへへぇっ。」

 

 美玖は、ごく当たり前に、僕と手を繋いでいた。

 

 「いいの?

  隠したがるかと思ったけど。」

 

 「ないない。

  いっぺん死んでるんだよ?

  そういうのの馬鹿馬鹿しさは身に染みてるの。


  だって、言わなきゃわからないし、

  態度で示さなきゃわからないもの。」

 

 程度がちょっと過ぎている気もするけど、

 これだけ喜んでくれると、悪い気はしない。

 大きな制服のスカートの後ろに尻尾が見える気がする。

 

 手をぎゅっと握っては、また離し、

 またぎゅっと握っては、

 

 「うくくくくふふっ!}

 

 この世の喜びをすべて集めたように笑う。

 満面の笑みとはこういうものか。

 心無しかオトナの醜い欲望が混ざってる気もするけど。


*


 二つ隣のクラス、か。

 気乗りしないけど、引き取らないとだから。


 あれ。

 

 美玖、なんか、囲まれてる。


 「おいブタ、

  てめぇ、なんとか言ったらどうなんだ。

  学期変わったくらいじゃ、

  てめぇの立場、変わるわけねぇだろ。」

 

 うわ。

 こういうこと、されてたのか。


 あ。

 美玖の視界に、入っちゃった。


 ……あはは。

 泣き顔に、いつもの笑みが

 差し戻して来てる。

 

 「なんだこのブタ、なに笑ってんだよ。」

 

 「……

  ブタじゃ、ないよ。」

 

 「あぁ??」

 

 「仔豚くらいになったかなー。

  152キロ落ちたから。」

 

 あ、盛った。

 

 「まぁ、どっちみちわたし、

  もともとブタじゃなくて人間なんだけどねー。

  あなたたち、いい死に方しないと思うよー。」

 

 「!」

 「!?」

 

 「マジなにいってんのこのブタ。」

 

 「うーん、口で言ってもわからないってことは、

  みんな、わたしよかバカ?」

  

 「!?」

 

 「バカかー。バカはねー。

  どこいっても勤まらないよ?

  嫌われるだけでさー。」

 

 どがっ!!

 

 っ!?

 

 「……あっちゃー。

  顔にグーで手、出しちゃったかー。

  これ、傷害罪になるんだよねー。

  

  ま、いいけど。

  もっと、やんの?」

 

 「っ!?」

 

 「次は足かな?

  刑期、長くなりそうだねー。

  高校の推薦、絶対出ないよ。」


 「!」

  

 「っていうか、

  きみらさ。」

 

 あ。

 

 「きみらってさぁ、

  虐められてる子を見逃す人生送るんだね。

  人がオトナから強姦されてても、

  見て見ぬフリのきったないクッソ大人になるんだねー。」

 

 うわ。

 なに、オーディエンスを煽っちゃってる。

 味方作らないといけない局面で。

 

 「なんの騒ぎだっ。」

 

 「先生。

  いや、先生なんて言葉、

  もったいないかな。」


 えっ。

 

 「、貴方だよ。

  ねぇ貴方、半年間、

  どうしてわたしがやられてるのを見逃したの?」

 

 ……目、据わってるな、美玖。

 

 「な、なにを。」

 

 あの教師、完全に飲まれてる。

 教室中が、静まり返ってる。

 

 「めんどくさかったでしょう。

  早く帰りたかったんでしょう。

  わかるなー、その気持ちは。

  

  教師、雑用多いもんね?

  年次低いから、いろいろ押し付けられるんだよね?

  早く帰ってきゅーって缶チューハイをあけたいんだよね?

  

  そんなことがしたくて教師になりたかったんだ。」


 「っ。」

 

 「っていうところだけど、

  いーいー? ゆーくーん。」

 

 おわっ。

 ここでこっちみるのかよ。

 

 「!!!!」

 

 「あははは、

  いろいろ言っちゃったよー。

  見てた?」


 「……まぁ、ね。」

 

 「わたし、こんな感じで、

  クラス中から虐められて、

  教師にも無視されてたんだけど、

  どうすればいいかなー?」

  

 ここまで事案を広げるとは思わなんだ。

 逆行版松原美玖、無敵の騒動屋だなぁ。

 

 じゃぁ、まぁ。

 

 「な、なんだ、有馬っ。」

 

 あれ。

 なんで、僕の名前、知ってるのかな。

 この教師、担任でも、科目担当でもなかったけど。

 

 「とりあえず、今日のところは、

  松原美玖さんを保健室に連れて行こうと思います。

  頬、腫れちゃってますしね。」

 

 「っ。」

 

 あんまり、使いたくないけど。

 

 「阻まれますか?

  松原美玖さんと、僕を、

  同じように扱おうとなさるなら、どうぞご自由に。

  担任の先生学年主任に報告するまでですので。」

 

 「……。」

 

 捨て台詞も吐けないタイプか。

 ほんと、気、弱いんだろうなぁ。

 教師なんて、子どもの相手せにゃなんだから、

 勉強だけできても勤まらないのに。

 

 「美玖、帰ろう。」

 

 「……

  うんっ!!」

 

 ……あはは。

 手を取らずに抱きついてきちゃったよ。

 抱擁って、どすんって音がするんだなぁ。

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