第2章(最終章)

第9話


「ほんとごめんね、

 お手洗いまで借りちゃって。

 もうしわけない。」


「ううん。」


「じゃぁ、

 美玖をよろしくお願いします。」


「うん。

 まかせて。」


「……。」


 ぱたん


「……部屋、あがる?」


「……。」


「……

 そんな、疑いの眼で見ないでよ。

 私だって、何も考えてないわけじゃないの。

 中学の時とは、違うんだから。」


「……?」


「……

 私だって、麻里は怖かったの。

 あの娘、何をしでかすか分からない。

 ずっとあの娘の傍にいられた恐怖、貴方に分かる?」


「……。」


「だからといって、

 今更、許して欲しいなんて言わないわ。


 いいから、あがってくれる?

 玄関に立たせたままじゃ、有馬君に説明つかないでしょ。」


「……。

 おじゃま、します。」


「……。

 ほんと、変わったね、美玖ちゃん。

 地味な娘だと思っていたのに。

 暗さはあんまり変わってないけど。」


「……。」


「再婚して、有馬君の妹になったんだって?」


「……うん。」


「……

 うらやましい、な。

 

 でも、私と有馬君と結婚したら、

 美玖ちゃんが妹になるわけだよね。」


「……。」


「貴方、有馬家の財産を狙ってるとしても、無駄よ?

 有馬の御爺様は、貴方を認めない。

 貴方自身に、なんの得もないもの。」


「財産?」


「……

 そう。惚けるのね。

 男子の孫って、有馬君だけなんでしょ。

 結婚相手を間違えて勘当されたらしいけど。」


「財産目当てなの?」


「そうとは言わないわ。

 それだけなら、もっといい相手を見つけられる。


 ……

 私は、好きよ、有馬君のこと。

 中学の時から。」


「……。」


「貴方が幼馴染だと分かっていれば、

 もう少し貴方と仲良くできたのにね。

 

 あ。

 ジュース飲む?」


「……うん。」


「そう。

 ちょっと待ってて。」


 ……。


「リンゴジュースでいい?」


「うん。」


 ……。


 ことん。


「お待たせ。

 わりといいやつよ。

 長野から取り寄せたやつだから。」


「ありがとう。」


「どういたしまして。


 ……。

 

 うん

 こんなの吞んだら、太っちゃうね。

 ダイエット、邪魔しちゃうかな。」


「大丈夫。

 もう、してないから。」


「そうなんだ。

 さ、飲んで。」


「うん。」


「遠慮しな


 ……

 

 あ、れ……?」


 ばたんっ


「……。


 よっしゃぁっ!」


*


「!?」


「お目覚めだね。」


「な、なっ。」


「ごめんね。

 トイレに入った後に、リビングルームに寄って、

 僕が贈ったカップに睡眠薬を塗ってみた。」


「!」


「でも、お互い様だよ。

 きみが美玖に出したジュース、

 きみが飲んだのと別ものだったね。

 美玖のだけ、睡眠薬が入っていた。」


「……っ!」


「なんで、こんなことを?」


「……。」


「黙秘、か。

 まぁいいけど、御爺様に報告はします。」


「ぅっ!?」


「僕と御爺様、繋がってないと思った?

 父さんとは喧嘩してるけど、

 僕はそれなりにコンタクトあるんだよ。」


「そ、そんなっ!」


「なら、

 なんで、こんなことを?」


「……

 

 わからせてやるって。」


 は?


「だから、美玖ちゃんが、

 有馬君に手出しできるような人間じゃないって、

 わからせてやるってっ!」


「……。」


「な、なによっ。」


「それ、おかしいでしょ。」


「っ。」


「だって、西本さんを信用して、

 僕の妹である美玖を預けたのに、美玖が酷い目にあったら、

 僕、西本さんを絶対信用しなくなるよ。」


「……くっ。」


「なにか、あるんだね。」


「……っ。」


「まぁ、御爺様に報告はしないけど、

 交際は無理だよ。」


「……ぅ。

 う、

 うぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ばちっ

 

「あ


 あっ……」


 どさっ


「……

 美玖、それ。」


「うんっ。

 おとーさまがって。」


 ……義理の娘にスタンガン持たせるって

 わが親ながら、どういう神経してるんだか。


「あー。

 ちゃんと息、してる。

 マニュアル通りだなー。」


 なに、その、

 おぞましそうなマニュアル。


「ソファーに寝かせといていーい?」


「……まぁ、そうだね。」


「……

 でも、ゆーくん、

 御爺様と繋がってたんだねー。」


「え?

 ないよ。」


「……え?」


「あるわけないじゃない。

 正直、はじめて聞いたんだから。


 だいたい、あの我の強いお爺様が、

 僕に弱みなんか見せるわけない。

 一族経営に拘ってるかも分からないし。」


「……そう、なんだ。」


「こういうね、狡いことしかできないんだよ。

 男らしくないよね、ほんとに。」


「……

 ううん。すごいよ。

 ゆーくん、誰よりも男らしいよっ。」


「それは絶対違う。」


「ううんっ。 

 だって、ふつう、わたしなんかをそばに置いてくれないもの。

 親も死んじゃってるし、なんの得もないのに。」


「そんなことないよ。

 美玖がいてくれると、毎日楽しいよ。」


「……そう?」


「うん。」


「……」


 ん?



 「すきぃっ!!」



 う、わわわっ!

 べ、べたってしてきたっ!


「い、いいから、

 もう、おいとまするんだってのっ!」


「えー?

 見せつけてるようで、そそってこない?」


「チョロ負けする悪役ごっこしないのっ!」


「むー。」


 あぁもう、

 心臓に悪すぎるっ。

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