第1章

第6話


「ふぁぁぁ、あ゛っつぅ~っ!」


 部屋に入るなり、

 美玖は、制服のまま冷蔵庫に直行し、

 あっまいオレンジジュースをごきゅごきゅ呑む。

 

「ぷぅはぁっ!

 いっき返るぅぅっ!」


 おっさんくさい。

 仕草が、態度が、行動が。


 なん、だけど。


「えへへへ、

 このカラダ、代謝いいんだよねぇ。

 こんくらいの暴飲じゃ太らないってのがたまんないねっ!」


 痩せ、た。

 

 身長163.9センチ

 体重58.1キロ。

 

 モデル体型には至らないものの、

 ファッション系の服も、ぎりぎりで入る。

 ちょっとむっちり目に。

 

 でもって、

 美容室効果、遺伝的な影響、

 20代に培ったのだろう多少の化粧センス。


 エロい。

 エロいのだ。

 

 現役グラビアアイドルと並ぶだろう豊満なプロポーション。

 しかも、確信犯で見せつけてくる。

 

 「んー?

  おふふふ、ゆーくんもお年頃かなっ?

  いいんだよー、わたしにボッ●しても。」

 

 「するか。」

 

 「んー? 

  あれ、あせってるー?

  あはははは。えいっ!」

 

 ぶっ!


 「いやはははは。

  ほらほらほーら。」

 

 あばばばばばっ!

 

 「ふつう、痩せるとコレもなくなるんだけど、

  わっかいからかなー? 奇蹟の部分痩せ。

  ほんと、若さ、すっごいねぇ。」

 

 じゃ、

 じゃ、なくてっ。

 

 「き、き、

  期末対策するんでしょっ!」

 

 「えー?

  もう、せっかく兄妹水入らずだっていうのに。」

  

 「ほぼ毎日でしょっ。

  父さん達、週一しか帰らないんだから。」

 

 「むー。

  っんむっ!?」

 

 や、やっと脱出できた。

 ダイエットの後半で筋トレしたせいなのか、

 腕の力、強くなってる。

 

 まずい。

 甘い匂いが、カラダじゅうに、残ってる。

 

 ……

 ほんと、まずい。

 犯されかねない。


*


 っていう、感じなのに。


 校門の前で待っている美玖は、

 切なさと、儚なさすら感じる、

 胸を掻きむしられるような顔をすることがある。

 

 そうしている時は、ほんとうに、

 顔の通りの美少女のように見え、

 プロポーションとのギャップもあって、

 まわりの生徒がちらっちらと横顔を覗いていく。

 

 ただ。

 

 「美玖?」 

 

 声をかけた瞬間に。

 

 「ぐわぁっ!?」

 

 魔法が、解ける。

 

 ……ほんとリアクションがおっさん臭いんだよな。

 28歳ってこうなるの?

 

 「ゆ、ゆーくんが悪いんだよっ。

  い、いきなり顔を覗き込むからでしょっ!」

 

 「近くにいても分からないようだったから、つい。

  っていうか、なんでクラスの前に来ないの?」

 

 「……

  いやはは。

  さっすがにね、特進クラスの前で待てるほど、

  わたしの心臓も毛が生えてないんだよ。

  豆腐メンタルなガラスハートなんだから。」

 

 どこが。

 

 「あー。疑ってる。

  疑ってるねー?」

 

 「うん。」

 

 「あははは。

  ゆーくん、しょうじきものっ!

  おっかしっ。」

 

 何が楽しいのや

 っ!

 

 て、手を

 

 「よし、

  じゃ、制服デートしよっ!」

 

 な、なにも繋がってない。

 っていうか。

 

 「し、試験対策は?」

 

 「試験は何回でも来るけど、

  今日という日は一回限りだよ。」

  

 「高校一年の一学期末は一度きりだよ?」

 

 「それはへりくつだよー。

  あそぼ?」

 

 だめだ。

 おばさんには論理が通じない。


 「あー、ひどいな。

  28はおばさんじゃないよー。」

  

 「合わせれば43歳でしょ?」

 

 「ぐっ!

  そ、その計算、おかしいってばっ。」

 

 ……

 はは。

 でかいリアクション取ってる隙に、

 さらっと手、離せた。


 ……

 なんか、もったいないと思ってしまってる。

 ちがう、ちがうから。


*


 「……あのね、有馬君。」

 

 西本愛実さん。

 特進クラスの同級生で、副学級委員。

 六月末の席替えで隣になった娘。

 僕らと同じ中学で、二年の時、美玖と同じクラスだったらしい。


 「なに?」

 

 「その、中学で、

  美玖ちゃんを虐めてた子、いたでしょ。」

 

 ……あぁ。

 

 「田中さんって言うんだけど、

  あの娘の家、会社、倒産したみたい。」

 

 「そうなんだ。」

 

 「……

  美玖ちゃん、逆恨みされるかも。」

 

 え。

 

 「どういうこと?」

 

 「あの家、母親がなんていうか、

  ちょっと、その、おもいこみが激しい人だから。」


 ……あ。

 ひょっと、して。


*


 「……そう、なの。

  家業が倒産したらしくて、賠償できないと騒ぎ立ててる。

  

  それどころか、精神的苦痛を理由にして、

  こっちを訴えてくるって言ってるわ。」

 

 うわぁ……。

 なんて話だ。

 

 「法律面はね、修志さんが捌いて下さるからいいの。

  でも、美玖に危害が及ばないか心配なのよ。」


 ……警察に相談しても、無駄だろうな。

 実際に物事が起こってからでないと動かない。

 

 「……

  ごめんなさいね、悠君。

  めんどくさい一家で。

  やっぱり、結婚させて頂いたのは

 

 何言ってるんだ。

 

 「晶子さんは被害者でしょう。

  とんでもない話です。

  

  大丈夫。

  僕が、美玖を護りますから。」

 

 ……腕っぷしではまったく役に立たないけど。

 どうしたものか。

 

 「……ふふ。

  ありがとう。

  気持ちだけ頂いておくわ。」

 

 ……。

 

 (言わなきゃわからないし、

  態度で示さなきゃわからないもの。)

 

 「……

  晶子さん。

  

  一つだけお願いですけれど、

  身を引いたりされないで下さいね。

  まして、自殺なんてとんでもないです。」

  

 「っ。」

 

 「僕たちは家族なんですから、

  みんなで支え合って生きていきましょう。」

 

 なんだろう、この浮ききった台詞。

 言葉にすると、恥ずかしさしかない。

 

 「……

  修志さんの血、ね。

  

  ……

  いい、わ。

  

  私も心、決めた。

  どうせなら、派手に戦ってやるわ。」


 ……

 大人しい人が決めた覚悟って、

 地味に怖いものあるな。

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