熟した果実を食べる為、貴方にやって欲しい事。
- ★★★ Excellent!!!
初めに、私はよるか先生の作品を幾つか拝読しているが、本作は先生の中でも新たな境地に至っている話であるとも思えた。
多くの読者が求める需要を抑えながらも、個人的に先生の書く文章の美点であると思っている描写の細かさと、先生の事を知った頃から思っている作品の強い読了感が、文字数以上の読書体験を演出している。
本レビューのタイトル通り、昨今のネット小説達を果実にたとえるとするならば、昨今の多くの流行に見て取れる"極めて個人的"な印象は『高級スーパーで購入され、熟しているブランド種の果実を見栄え良く切り分け、派手な器に乗せて出す』といったものだ。
一方、本作は『丹念に育てられ、手摘みで収穫され洗われた瑞々しい果実が、そのままトンと白く綺麗な小皿の上に置かれている』ような印象を受ける。それはおそらく内容に沿ってのイメージもあるのだろうと思う。
どちらが正しいというわけではない。
どちらが素晴らしいというわけでもない。
そうして、それらを厳密に決めつける基準もなく、本作についても個人的に後者だと感じただけの話だ。それを念頭に、長い文章ではあるが、お付き合いしてもらえると、よるか先生の一読者として嬉しく思う。
前者は食べやすく分かりやすいだろう。それに比べると後者(本作)は食べにくいかもしれない、頭を使って読む必要があるかもしれない。ただ、その美味しさは、どちらも口にするまで、未知数だ。
両極端のようなたとえであるが、前者ではない事を理由に、もし読者の貴方が本作の前を通り過ぎてしまうのならば、せっかく数多いネット小説の中で、本作が目に留まったのに、勿体ない事だと私は思う。
前者に慣れてしまった読者には、本作のような小説を読む事は面倒に思えるかもしれない。それでも貴方は果実の皮を剥き、種を取り、切り分け、咀嚼して欲しい。いっそそのまま齧り付くのも一興だろう。躊躇いがちでも、良い。
何にせよ難しい事は無い。なにせ分かりきった事だが、この"果実"というのはあくまでたとえだ。
果実を切り分けるというたとえの動作は、思考するという事でしかない。貴方は本作のページを開き、文章を辿って物語を想像するだけで構わない。
本作を読むに至って、楽しんで読む為には、やはり一文一文をちゃんと、それこそ咀嚼するように思考しなければいけないだろうとは思う。
文章の意味、風景や、心理、とどのつまりは描写と呼ばれる数々の文章を想像する必要があるだろう。
個々人の読書への向き合い方等に左右はされるが、それは少なくとも頭を使う行為だ。読書に慣れ親しんだ人間とそうでない人間にとって、咀嚼の難しさは左右されるだろう。
ただ、どちらにしても、よるか先生の作品は頭を使って読むべき作品だと私は思っている。
何故ならば、読者の想像の先に絵を見せるという事について、よるか先生の文章は非常に長けている。その先には息遣いさえ聞こえてくるのだ。
読者の想像の先に"ちゃんとしたイメージ"が待っている。それがよるか先生の文章の紛れもない強みである。
見つけた貴方は幸運だ。蜜が溢れんばかりの、丁寧に、密に込められた描写の先には、熟した果実が待っている。
物語とは、読者が一方的に筆者から与えられる物では無いのだと、私は思っている。
読む者がいて、書く者がいる。考えて書くという行為、考えて読むという行為。
その二つの想像が合わさる事で、物語という世界が創造されるのだと、思っている。
純然たる『読書』とは、考える事から始まるのだと、私は強く信じている。
だからこそ、読んで欲しい。想像して欲しい。
普段読むジャンルの垣根を越えて、流行の垣根を越えて、ともすれば好みの垣根だって越えて、よるか先生の『"物語"』を"読書"して欲しい。それでもし、相性が合わなければ、残念ながらそれまでだとしか言いようが無い。
ただ、もし貴方がよるか先生の"読者"に成り得たならば、それはきっと幸いな事だ。
よるか先生には軸がある。どのジャンルでも、どの作品でも、よるか先生の確固たる軸の元に創られていると私は思っている。
だからこそ貴方がよるか先生の読者になったならば、よるか先生の執筆する作品と共に、沢山の物語の世界を旅する事が出来るのだ。それはきっと執筆者にせよ読者にせよ、双方の幸福である。
しかし、この出会いがどうなるか、現時点では全くの未知数だ。
私は、読者である貴方の眼の前にある本作を果実にたとえ、そうして今までも沢山食べてきたであろう果実達について、ただただ語り綴った。だからこそ、本作についての内容は、未だ謎めいているだろう。
であればレビュアーとしては失格かもしれないが、それでも構わないと思っている。
私は、私なりの言葉で、本作を、本作の詳しい内容の一切に触れず『"読むことを推薦"』するという批評をした。
今、貴方の眼の前には、間違いなく一つの物語が存在する。
その物語との出会いについて。通り過ぎるか、それとも手に取るか。
面白い事にそれもまた、現実ではあるが物語めいている。
これは、貴方というよるか先生の読者になるかもしれない人間と、よるか先生という執筆者の作品に因んだ、一つの物語のプロローグでもある。
このレビューが、その未知の物語のネタバレになる事を、切に願う。