第10話 少女たちは傭兵になる②
アリアたちは太陽が沈み切った頃にアルディアンヴィルに到着した。
街の門には日中とは違い人は並んでいなかった。門番の騎士も少ないようだ。
その少ない騎士の中に見覚えのある顔見つける。
「ボルドーさん!お疲れ様です。」
ボルドーはシアたちがこの街へ入るときに融通を聞かせてくれた騎士だ。泣き落としに近いが、それでもシアたちにきっかけを与えてくれたのである程度感謝している。
「おう!無事だったか!すまんな。ティアの奴は昔から少し硬いところがあるからな。」
そういうボルドーは少し肩を落としている。
「あの後ティアにこっぴどく叱られてしまってな。お前たちの年齢んもお様な子供を傭兵に招き入れるなんて冗談じゃないってな。」
しかしボルドーはすぐに明るく勤める。
「いえ、ボルドーさんが謝ることではありませんよ。無理を言ったのは僕たちなので。それにティアさんも試験を受ける機会をくださいましたし、お二人は僕らの恩人ですよ!」
アルトは謝罪するボルドーに感謝を述べながら、背中に背負っていた鞄をボルドーに手渡す。今回の戦利品の一部が入っている。
「お、それを俺に見せてくれるということは試験には合格できそうだな。」
ボルドーは鞄を受け取りながら鞄の中身を検める。アルトが渡した鞄にはフェザータロンの魔力核と足、サンライトウルフの魔力核と毛皮が詰め込まれている。
「ほう、フェザータロンとサンライトウルフを狩ったのか。その年齢でこの実力とは将来有望だな。そちらの鞄も同じものか?」
アルトの鞄に中身を戻しながらアリアの背負っている大きめな鞄に目を向ける。
「そうね。こっちにも今回の成果物が入ってるわ。見せた方が良い?」
アリアが鞄を下ろしながら答えるも、ボルドーはそれを手で制した。
「いや、その必要はないだろう。お前たちは一時的にだが傭兵組合の管理下にある。それにここで時間を取るわけにはいかんだろう。」
どうやらこのボルドーという騎士はお人好しにもほどがある気がするが、信用してくれてるのならありがたく利用しておく。
アリアが「そう」と興味なさげに鞄を背負いなおす。するとボルドーがシアに視線を向ける。
「君もまだ小さいのに大変だな。何かあったらいつでも頼ってくれ。」
そう言うとボルドーは厳つい見た目に似合わない笑顔をシアに向けた。そして懐から小さな紙をアルトに差し出す。
「そこに書かれている住所が俺の家だ。女房と娘がいるがいつでも頼ってくれ。」
「ありがとうございます!いつかこの恩は返します!」
アルトも綺麗な笑顔でその紙を受け取る。
ボルドーに別れを告げ、門を潜り待ちに入った3人は傭兵管理組合に向け歩き出した。
組合の扉を開けると最初に来た時のような喧騒は無かった。しかし全く人がいないわけではなく掲示板の目に数人と以来の完了報告をしている最中の傭兵が1組いた。
3人はそのままカウンター付近まで近付き、暇そうな受付担当の女性にティアを呼ぶように頼んだ。
受付担当の女性は3人をみて少し怪訝な表情を浮かべながらも呼びに行ってくれた。
受付付近で待っていると背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あれ?君たちもう帰ってきたのかい?」
振り返らずとも誰かわかる男の声。アリアは早速不機嫌な顔で溜息をつく。
出発までに世話になった傭兵。マルクスだ。
もう今日は仕事をするつもりはないのか鎧は着用していない。しかし腰には同じように剣を下げている。
「こんばんはマルクスさん。おかげさまでうまく行きました。」
代表してアルトが答える。
しかしマルクスは何か考え込むような表情を3人に向ける。
「あの、どうかしましたか?」
アルトの問いにマルクスは顎に手をあてながら答える。
「いや、君たちは昨日の昼にここを出発したよな?もう帰ってきたのかい?」
マルクスの疑問にアルトは首を傾げる。
「え?まあそうですね。向こうに残ってもやることないですし、報告するのは早い方が良いですよね?」
「それもそうだが…。」
何か言いたげなマルクス。正直3人にはマルクスが何を言いたいかわからなかった。
するとアリアが機嫌が悪そうな顔をマルクスに向ける。
「何?インチキしたって疑ってるわけ?」
一瞬アルトはギョッとした表情を浮かべる。
「い、いや、疑っているわけではないんだ。その、帰ってくるのがあまりにも早かったもんだから。」
なるほど。シアはマルクスの疑問に納得した。
先日まで丸腰同然だった3人が見送った翌日に街に帰ってきているのだ。不思議に思って当然であろう。
「姉さん。落ち着いて。」
アルトが姉を宥めようとするもアリアはマルクスのことを睨み続けている。
マルクスは気まずそうにしているのに対しアリアは敵意むき出しの今にも襲いそうな雰囲気を漂わせている。
そんな異様な雰囲気の背から声がかかる。
「あ、あの、ご用件を伺いますが?」
そこには目的の人物であるティアがいた。
アルトが慌ててティアに向き直り用件を伝える。
「ティアさん!助かりました!早速なんですが指定の魔力核の回収が終わったので確認をお願いします。」
そう言って背負っていた鞄をティアの前のカウンターに置く。
「え?もう?」
ティアが呆気にとられたような表情を浮かべる。マルクスと同じような疑問が浮かんだのであろう。
「ちょ、ちょっと確認しますけど、昨日出発したんですよね?で、もう帰ってきたと?」
「ええ。そうですけど。マルクスさんも同じようなことを言っていましたが何か問題でもあるのでしょうか?」
ティアにも同じことを聞かれたことにアルトも困惑し始める。これが素なのか演技なのかはわからない。
「いや、いくら何でも早すぎませんか?4日程度かかると思っていたのですが。」
アルトはそう言われてなぜ2人が疑問を呈した、疑われているのか理解したようだ。
「早いと言われても指定されたものが手に入ったので引き上げてきたんですが。」
困惑しながらもアルトがティアの疑問に返す。
ティアは未だに疑念を浮かべた表情をしている。どうしても納得できないのだろう。
それもそうだろう。成人もしていないまだ少年少女である2人と10歳程度の少女の組み合わせだ。いくら元狩人の卵だったと言ってもそんな3人が丸腰で魔獣を狩って来いと外に放り出されるのだ。
しかも指定した魔獣を見たことがないと言うではないか。常識的に考えて逃げかえってくるか生きて帰れないかだろう。
「そ、そうですか。ですが一応確認も兼ねて場所を移して確認しましょう。マルクスさんもちょうどいることなので立ち合いをお願いします。」
「お、おう。わかった。」
ティアはマルクスも巻き込んで成果を確認するみたいだ。まだ疑念は晴れていないのだろう。
「それで構わないわ。じゃなきゃ私たちの疑いは晴れないんでしょう?好きにしたら?」
アリアはティアにまで敵意を出してきている。アルトは呆れながらもティアに同意する。
「姉さんも少し落ち着いて。ティアさんのそれで構いません。早速行きましょう。」
シアたち3人とティア、マルクスの5人は組合の2階にある応接室へと向かう。
3人とマルクスが通された応接室は、前回とは違う場所だったが部屋の大体の作りは一緒だった。
前回は紅茶でもてなしてくれたが今回は早速本題に入るようだった。
「じゃあ、まずはあなた達の成果を見せてもらおうかしら。」
そういわれたマルクスは鞄を机に置く。続いてアリアもほぼ投げ捨てる形で鞄を差し出す。
「指定された魔獣の魔力核とその他の素材になりそうなものが入っています。」
マルクスが簡単に鞄の中身を説明する。
ティアは説明を受けた後「マルクスさんも一緒にお願いします。」と言って鞄を開き中身を取り出し始める。
マルクスも机に近づき、取り出されていく魔獣核を観察する。
最初に開いたのはアルトの持っていた鞄のため、サンライトウルフとフェザータロンの魔力核とそれぞれの素材が入っている。
ティアとマルクスで一つずつ検品していく。
「確かにまだ収穫してから間もないですね。マルクスさんはどう思いますか?」
「特に変な痕跡は無いな。」
2人は話しながら黙々と検品を行い、一つ目の鞄を終えた。
「次はこちらですね。」
二つ目の、アリアが背負っていた方の鞄を開こうとしたところでシアが口を開く。
「これもサンライトウルフから取れたものよ。」
そう言ってシアは背中の長物に括りつけて運んでいた2つの布の塊を2人に差し出す。
「ん?こんな大きさの拾得物なんかあの狼から取れたか?」
マルクスは布の塊を受け取りながらも不思議そうな表情を浮かべる。
ゆっくりと布を開いていくと中身の”それ”と目が合った。
「ひっ!」
ティアが驚いたのか短く小さな悲鳴を上げた。
「これは、、、頭か?」
布の中身はサンライトウルフの頭。アリアが切り落とした2頭のものだ。
血抜きをしっかり行っているので表面に現れるほど血はにじんでいなかった。だから気付かなかった。
マルクスは困惑しながらも狼の頭を手に取り、そして驚く。
あまりにも切断面が綺麗すぎるのだ。一度倒して後から切り取ったにしてもこんなに綺麗にはいかないだろう。
「これは誰が切ったんだ?」
マルクスが3人にそう問いかけると1人が不愉快そうに反応した。
「私よ。なんか問題でもある?」
マルクスは目を見開く。彼女は確か二刀剣を選んでいたはずだ。しかも使ったことがなく、元は弓使いだったと言っていたはずだ。
そもそも、アルトの方も弓使いと言っていたためこの3人の中にここまでの芸当ができる人物はいないはずだった。
知り合いの傭兵の中にも二刀剣を扱っている人物はいるがどちらかと言えばとどめを刺すような戦い方はしていなかった。
二刀剣は刀身が短く、重量も軽いために一刀両断をするのには向いていない。
「い、いや、疑っているのではないんだが。正直に言えばとてつもないとんでもない技術力だなと思ってね。」
マルクスの表情は気付けば感心した様なものに変わっている。アリアに向けられる敵意には未だ慣れていないが評価すべきだろう。
ティアも落ち着きを取り戻している。
深呼吸をしたのち、再度アリアが担いでいた鞄を開く。ここまで来たら中身の予想はつく。
鞄を開くとまず最初に目についたのが銀色の立派な鹿の角だった。シルバーホーンの物だ。
「君たちはホントにすごいな!初めての魔獣討伐でシルバーホーンまで仕留めてきたのか!」
マルクスは驚きの声を上げる。ティアも驚いていることが表情に現れている。
今回の討伐対象でもある3頭はどれも初心者には荷が重い魔獣だった。しかし、それをたった1日程度で討伐して帰ってきたのだ。しかも魔力核の状態は文句のつけようがない。
いくら元狩人でも見たことない魔獣をこうも簡単に狩れるものだろうか。
しかし現にこうして3人は持ち帰っている。
「わかりました。どれも指定した魔獣の魔力核で間違いないと思います。不正した痕跡も見つかりませんので3人を傭兵として承認します。」
ティアがそう言うと、アルトはほっとしたように溜息をつく。
「俺もこの3人なら大丈夫だと思うぜ。こりゃ将来大物になるぜ。」
マルクスも3人の成果に満足しているようだ。
するとアリアが「当然でしょ」と言いながら机に広げられた戦利品を魔力核を除き鞄に戻し始める。
「ありがとうございました。これで僕たちは傭兵として活動できるのですか?」
アルトがティアに問いかける。
「そうですね。明日もう一度組合に来て頂いて軽い管理組合と傭兵制度についての説明を行います。その後認可証と傭兵証の発行になります。」
必要事項ですのでとティアは答える。どうやら傭兵になるためには知っておかなければいけないルールがあるらしい。当然なことなのだが。
いつからかシアは成果発表の机を離れ、窓の外を見つめていた。
初めて来た人間の街で、初めての人との交流。
アリアとアルトとの出会いがここまで生活に変化と刺激を与えるとは思ってもみなかった。近いうちに礼をしなければならない。
私の目的を果たすためにも2人には大いに働いてもらう必要がある。この傭兵という職業で一緒に強くなればいい。
シアには今回の魔獣討伐で気になることがあった。神殿にいたころは大体の魔獣とは意思疎通が取れていた。会話ができたのはあの子だけだが、相手の考えていることは大体わかった。
しかし今回出会った魔獣たちはそれが全くなかった。
道中何種類かの魔獣と出会ったので何回か意思疎通を取ろうと話しかけようとしたが、どの子も一目散に逃げて行ってしまう始末。
アリアとアルトが寝静まった深夜にも、森の中を探検し、まであった魔獣に軒並み話しかけた。しかし結果は一緒。蛇の様な魔獣、クマのような魔獣、梟のような魔獣と様々な魔獣に話しかけたが皆逃げてしまう。
(私って魔獣からは好かれないのかしら?)
その可能性は低いだろう。神殿にいたころは1匹を除いてみんな遊び相手だった。
できればこの周辺の魔獣とも仲良くしてみたいと思うシアであった。
そんなことを考えていると背中からアリアの声が聞こえる。
「シア!いくわよー。」
どうやら終わったようだ。
「結果はどうだった?」
シアは合否結果を聞く前にその場を離れていた。
「合格だって。明日またここにきて正式に認可されるみたい。」
「この近くの宿にマルクスさんが部屋を取ってくれるって。」
アリアに続きアルトもこちらへ寄ってきた。
2人の背後には満足気なマルクスが腰に手を当てながらこちらを伺っている。
「わかったわ。それじゃあ行きましょうか。」
3人はマルクスに連れられて組合をあとにした。
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