第5話 少女は街へ行く

 神殿を離れたシアたちは、森を北西に進みながらカールライト王国を目指す。

 シアはまだ森を出ていないにも関わらずウキウキしていた。神殿から離れるのは少し寂しかったが、それ以上に森の外へ出て人間の国へ行けることに胸躍っていた。神殿にはまたいつか戻ればいいだろう。

 そんなご機嫌に歩くシアの後ろを、アリアとアルトは若干不安そうに続いている。

 神殿でどこを目指すかの話し合いで一度地図を見た切り、シアは一切地図を見ていない。それなのにシアはたまに歩く方向を変えながら先頭を歩き続けている。

「シア?方向はこっちであってるの?」

 アリアが不安を込めた疑問をぶつける。

「合っているはずよ。」

 私に付いてきなさい!とシアは自分の選ぶ道が最善だとばかりに答える。

 何故彼女はここまで自信があるのだろう。地図を見たのは神殿を発つ前に見た一度きり。それも黒の森は誰も踏破したことがない魔の森として知られているためその形や大きさも曖昧である。ただどの地図にも場所だけが簡略的に書かれているだけだ。

「でもシアは神殿のそばを離れたことないんだろ?なのに合ってるとわかるのかい?」

 アルトも疑問を投げかける。

 シアは一番遠くて、神殿裏手にあった川までしか行ったことがないと言っていた。しかし彼女は自分の庭のように突き進む。

「わかるのよね。空気の流れというか動きというか。ただ確信があるのは確かよ。」

 アリアとアルトは理解できなかった。シアに付いていくと決めた以上、信じて付いていくことにしてるがやはり不安である。

 背丈に似合わない長身の刀を背負いながらシアは歩き続ける。

 結局2人の疑問は解決しないまま歩き続けていると、前方3m程にある茂みが揺れ始めた。

 アリアとアルトは咄嗟に身構える。

 これまでの逃走劇で主要な装備を無くしてきているため、武器は腰に携えている獲物の調理や道具の加工に使うための短剣のみ。

 出てくる魔獣によっては逃げるしかない。なのでシアを担ぐ準備もする。

 しかし、シアは2人を手で制しながら

「そこで待ってて。話してくるから。」

 そう言うとシアは、揺れ動いている茂みへ向かっていく。

(何をする気?)(わからないけど様子を見よう。)2人はアイコンタクトで合図を送り、いつでもシアを助け出せるように体勢を整える。

 すると茂みから魔獣であろう何かが出てきた。

 魔獣であろうと言ったのは、姉弟はその魔獣を知らなかったのだ。

 出てきた魔獣は犬型だが、一目でただの犬ではないとわかる。体長は2mほどあり、体毛は黒く染まり、眼光は鋭い。額には2本の曲がった角が生えている。見ただけで中級魔獣以上だとわかる禍々しいオーラと殺気を放ち、威嚇するような唸り声を上げている。

 アリアとアルトは即座に短剣を抜き戦闘態勢に入る。しかし、当のシアはそのまま唸り声を上げている犬型の魔獣に近づいていく。そのまま手を差し伸ばし、頭をそっと撫で始める。

 その光景に2人は呆気にとられる。

 アリアとアルトは長い間狩猟生活を続けていく中で、ある程度魔獣の脅威度を測れるようになっていた。その魔獣が放っているオーラを感じ取ったり、観察を続けることによって、今の自分たちが狩れるかどうかを判断していた。

 タイミングや状況によっては、狩れると判断しても見逃したこともある。逆も然りだ。そんな野生の勘ともいえる優れた感覚を2人は知らずのうちに会得していた。

 そんな2人の勘が(子の魔獣は逃げるべき)と警告を放っている。見たこともない魔獣だからというのもあるが、何よりここは黒の森の中である。普通の魔獣であるはずがない。

 黒の森の中へ逃げ込んだ際にも何匹かの魔獣は見かけたが、いずれも避けてきた。その魔獣の中でも今目の前にいる魔獣は上の方だろうと思える。

 2人が魔獣に対して警戒を強めているのを他所に、シアは今だに魔獣の頭をなで続けている。そのまま魔獣に語り掛ける。

「ちょっと聞きたいのだけど、カールライト王国に行くにはあっちの方向で合ってる?」

 いつの間にか魔獣からの唸り声は止んでおり、殺気も放たれてはいなかった。

 シアに語り掛けられた魔獣は威厳たっぷりの見た目とは裏腹に、後ろ足を曲げて可愛らしく座っている。小型犬がやっていたらさぞ可愛らしかっただろう。

 しかし見た目は2mはある地獄の使い魔のような見た目である。その光景に2人はさらに混乱する。

 魔獣はシアの顔に自らの口元を近づける。シアもそれに合わせて耳を向けて何やら秘密話をしているような感じで頷いている。

(まさか!魔獣と会話してるの?!)

 アリアとアルトは驚愕する。

 中には人間に懐く魔獣もいるだろう。生まれた村にも魔獣を飼いならし、農業に使っていた人物がいた。

 それでも魔獣と会話している人は見たことない。

 するとシアと魔獣は会話が終わったのか、魔獣は森の中へ帰っていき、シアは魔獣が向かった方向に手を振りながらこちらへ帰ってきた。

「やっぱり合ってるみたいよ。国の名前まではわからないけど、この方向に行けば大きな街へ繋がる街道へ出るみたい。」

 さも当たり前のように伝えてくるシアに対して、2人は問いただす。

「いやいや、あなた魔獣と話せるの?!そんなの聞いたこともないんだけど!」

「あの魔獣は普通じゃないよ?明らかに他の魔獣とは違ったし、上位の魔獣なんじゃ…。」

 2人の慌てようを不思議そうに見ながらシアは淡々と答える。

「全ての魔獣と話せるわけではないわ。多分だけど知能が高い魔獣なら話せるんだと思う。今の”子”も会話したというより私が理解してあげたって言った方がいいわ。まともに会話できたの今までで1匹しかいないもの。」

 とんでもないことをさらりと当然のように答えるシア。2人は溜息をつく。

「月光教会の奴らを倒したときもそうだけど、シアってやっぱり神の使いかなんかじゃないの?」

 アリアは飽きれながら言う。

「さあね。私自身も私が何なのかはわかってないからね!」

 それに対して元気よく答えるシアは、2人とこうして喋れることに少なからずの幸福を感じていた。

「その唯一会話できた魔獣のこともいつかは聞いてみたいね。この方角で合っているなら進もう。シアがいれば魔獣が出てきても何とかなると思うし。」

 3人は再びシアを先頭に、魔獣が指し示した方向へと歩き始める。


 魔獣とシアが会話をした位置は、神殿から約2日ほど歩いた位置であり、そこからさらに2日進み続けると森が急に開けて目の前に起伏の少ない草原に出た。目を凝らすとうっすらと馬車が走っているのが見えた。街道だろう。

「ほんとに街道へ出たわね」

 アリアが感心したようにつぶやく。

「言ったじゃない。私に付いてきなさいって。」

「シアが魔獣に確認したとおりだね。じゃこのまま道に沿って行けば良いのかな?」

「そうね。道を西に進めばカールライト王国の街に付くと思う。ここがこの街道じゃないかしら」

 アリアが持っていた地図を開くと一点を指さす。そこには【王国領:アルディアンヴィル】と書かれていた。そこに続く道が地図には描かれている。おそらくこの街道のことだろう。

 カールライト王国の主要都市の一つなのだろうとアルトは予測する。

「じゃあ、着くのは早い方が良いし。出発しましょうか。」

 シアがそう言うと3人は地図に描かれている街を再び目指し始めた。



 王国領【アルディアンヴィル】。

 10mの城壁に囲まれたこの都市は、黒の森と聖王国を危険視したかつての王国が建てた城塞都市の一つである。

 大陸中央部に近く、交易に使われたり、商人の立ち寄る街として賑わっていた。経済的にも活気的にも王国領では王都よりも優れているという噂もある。

 それだけではなく、各国・各都市へのアクセスも良く、傭兵の拠点としても賑わっている。

 この大陸の傭兵は幅広く活動しており、魔獣討伐から洞窟や森の探索、商人や要人の護衛、簡単な物であれば物探しまで報酬さえ払えば何でもするのが傭兵だった。

 短期で金を稼ぎたい、戦うことが好きだが特定の組織に縛られたくない、未知を自由に冒険したいなど動機は様々だ。

 なので傭兵と言っても実力差は人によっては雲泥の差である。高い金額で雇った傭兵が実は弱くて魔獣や盗賊に襲われても何もできずに殺されたり、報酬を前払いで受け取ったと思ったらそのまま姿を消してしまう者もいたという。

 それを防ぐためにも、正義感の強い傭兵たちが集まり、傭兵管理組合なるものを作った。

 組合は傭兵に対して実力にあった仕事を紹介や掲示をしたり、報酬を持ち逃げしないよう現在活動している傭兵を管理したりと、傭兵への信頼を高めると同時に、傭兵職の安定化を図った組織となり、現在では各国に1つは置かれている。

 現在では依頼人側が報酬を持ち逃げされないためや、成功率を高めるため組合に仲介することが多く、割の良い仕事は組合経由でないと受けれない状況になった。

 そのため傭兵たちは組合に登録するものが増え、組合の存在意義が当時より大きくなったのだ。

 アルディアンヴィルは組合本部があるために、傭兵たちの拠点とされることが多くなった。

 シアたち3人はそんな街の入口に並んでいた。馬車用と人用で別れている。馬車用の方は行列ができていたが人用は比較的すいており、あと3人程度のところまで迫っていた。

 並んでいる人は門番の騎士に何かを渡していたり、渡されていたりと様々であったが、共通しているのはいくつかの質問をされている事だった。おそらく入国審査のようなものだろうと姉弟は考えるがシアは街までもう少しということででワクワクしているようだった。

「次!」

 門番の騎士がシアたちへ告げる。いよいよ順番が来た。

「国籍と入場目的を教えてくれ。身分が分かるものがあれば提示してくれ。」

「えっと…。」

 シアたちは返答ができなかった。いきなり困ったことを聞かれてしまった。

 シアは国籍というものが分からなかった。そしてアリアとアルトも自分の生まれた村がどこの領土かわからなかった。目的は、なんて言おう。人の国へ興味があったと言っても不自然だろう。姉弟2人は考える。シアも質問の意味を考える。

 正直、2人の少年少女が眼帯をしながら10歳程度の少女を連れているのは不自然極まりない。審査があるのなら当然3人への評価は厳しくなる。

「どうした?答えられないのか?答えられないのであればこの街へ入れることはできない。」

 シアにとっては絶望ともいえることを、審査官であろう騎士は平然と告げてくる。慌ててアルトが答える。

「すいません。僕たちは出身の村から逃げてきたのです。正直僕たちのいた村がどの国の領土かわかりません。」

 アルトは咄嗟に事前に決めていた自分たちが布で目を隠している理由をもとに発言する。

 すると騎士は怪訝な顔をしながらも話を聞く体制になる。

「続けろ。」

 騎士は怪しみながらもアルトに話の続きを促す。

「はい。私たちの村はある習慣がありました。16歳を迎えると男女問わずに片目を潰すか村を出ていくかを選ばされるのです。」

「眼を潰すだと?そんな風習があるのか?聞いたことがないがなぜ目を潰すのだ?」

 騎士が驚いた表情を見せながらも問い詰めてくる。しかしアルトは動じずに平然と答える。

「僕たちの村の昔話に片目の英雄が悪霊を退治したという伝説があるんです。その英雄を真似て片目にすれば村は守られると信じられています。」

 アルトは在りもしない記憶を思い出し、苦痛に歪んだ表情を見せながら隠した目を触る。

 その役者演技にアリアは呆気にとられており、シアは嘘を淡々と並べるアルトに感動していた。

 あの魔獣が行っていた。人間は嘘が得意だと。それを目の当たりにしていることが嬉しかった。やはり人間は面白い!

「なんとも口にできない風習だな。しかし、そなたたちは目を潰しているにも関わらずここにいるのはなぜだ?」

 当然の疑問だろう。その風習が本当ならば2人は目を潰したにも拘わらず村を出ている。アルトは答える。

「僕たちは潰せたのですが、正直この風習は間違っていると思っていたんです。中には痛みで死んでしまう人もいたので…。」

 アルトは悲しい過去を思い抱いたかのような顔を浮かべながら続ける。

「そこで僕たちは、村で可愛がっていたこの娘を連れだすことにしたんです。この子だけは両目で外の世界を見て欲しかったので。」

 ここでシアに話が移る。確かにこう言えばシアの目が無事だということも説明がつきやすい。

 騎士は話を聞いていくうちに3人を憐れむよな表情で見るようになっていく。

 その表情を見たアルトはあと一押しすれば通してくれるだろうと感じる。

「この娘を連れて一心不乱で逃げてきたところにこの街が見えたので立ち寄ったのです。でもこんな話をしても僕たちは何も持たない浮浪者と変わりません。ダメというならまた違う街へ向かいます。」

 明らかに同情を誘う言い方だが、アルトの迫真の演技が騎士には刺さっている。アリアは下を向いているがアルトの嘘が悟られぬようにしているだけだ。シアはわざと無邪気な笑顔を騎士に向けている。私は何も知りません!

「わかった。この辺りは盗賊や魔獣の出現率が高い。俺もお前たち3人が外で死んでいたという報告を受けてしまっては寝覚めが悪い。」

 そういうと騎士は、腰袋から長方形の白いプレートを3枚取り出し、アルトに渡す。

「それは仮入城証だ。一日だけこの街での滞在を許可するものだ。本来なら商人たちに渡すものだがお前たちはまだ若い。」

 そう言うと騎士は悲しそうな顔をしながらシアの頭の上に手を置く。

 シアは不思議そうに、そして無垢な少女のような顔で騎士を見上げる。

「俺も甘いな。俺にはちょうどこの娘くらいの妹がいてな。審査官失格だが入城を許可する。」

「ありがとうございます!この恩は忘れません!」

 アルトが勢いよく頭を下げるとアリアもそれに続く。

 騎士の男がシアの頭から手を離すとさらに続ける。

「その許可証は1日だけ滞在を許可するだけだ。ほかに行くとこがないならこの街の傭兵組合に行くといい。そこで傭兵になれば身分証も発行される。その後また俺のところへ来てくれ。永住手続きをしてやる。」

 アルトもその提案は予想外だったのか本気で驚いている。

「僕たちみたいな子供でも傭兵になれるんですか?」

 正直アルトでも傭兵がどんなものなのかわかっていないが一応聞いてみる。

「門を潜ってまっすぐ大通りを行ったところに組合がある。そこの受付にいるティアという女に申請しろ。ティアは俺の幼馴染なんだ。その許可証と俺の名前を出せば理解してくれるだろう。ちなみに俺の名前はボルドーだ。」

 ボルドーと名乗る騎士が聞きたいことを全部言ってくれた後、私たちはも一度お礼をしながら門を潜った。

 門を潜りぬけると石畳に舗装された広めの道が伸びており、道の脇には商店や工房が並んでいる。さらに奥へ目を向けると二階建てのそれなりに立派な建物が見える。おそらくあれが傭兵組合だろう。

 ここがシアが最初に訪れた街、アルディアンヴィルだ。 

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