第4話 少女は森を出る

 黒の森の中央部にある寂れた神殿。その周囲には人間の死体がいくつも転がっていた。

 首だけの者や首が無い者、上半身と下半身が断ち切られている者など様々だ。

 そんな死体に囲まれながら、シアと姉弟の3人は向き合っている。

「そういえば人間に追われていると言っていたけど、これに追われていたの?」

 シアは転がっている死体の一つを指し示しながら問いかけた。

 意識を失う直前に言っていた「僕たちが追われているのは魔獣じゃないんだ。僕らと同じ人間だよ。」という言葉をシアは覚えていた。

「えぇ。そうよ。正直私たちも追われる理由が理解できないの。」

 アリアは答えながら疲れ切った表情を浮かべる。なぜかわからないけど追われている?しかも明らかに殺しに来ていただろう。

「なんで追われているのかわからいの?」

 シアは率直な疑問を返す。

「なんで追われているかはわかっているんだけど。正直納得できてないの。」

「君がいきなり矢を撃たれたのは、僕たちと同じ理由だと思うよ。」

 アルトがアリアに続き補足する。私も2人と同じ理由で撃たれた? ますますわからなくなってしまった。

 同族でも縄張り争いなどで殺し合いに発展することがあると魔獣から聞いたことがある。ただここはどちらの縄張りではないと思う。強いて言うなら私の縄張りだ。

 しかし姉弟2人の言い方的に別の理由があると思われる。

「私とあなた達2人の共通点て何?」

 聞くと2人は困っような表情で答える。

「眼が赤いから。」

 ん?

「僕たちと君の眼が赤い。それが原因だと思う。」

 ん?眼が赤い?それだけ?まさかそれだけの理由でこの2人は追われてたの?

 眼の色なんか魔獣でいうところの毛並みとか模様とかの違い程度のものでしかないだろう。あの魔獣は見た目で争うなんてことは一言も言っていなかった。

 人間は魔獣とは違い見た目だけで争いに発展するのか。なんと意味のない戦いだろう。

 見た目なんか十人十色であり、誰一人として同じ見た目なんか置ないだろう。いや、目の前の2人は大体同じ見た目をしているな。

「眼の色だけであなた達は追われていたの?」

「そうね。私たちも詳しい理由はわかってないの。一度こいつらの仲間を捕まえてようやく聞き出した情報だから。」

 私の困惑気味な疑問に、アリアが疲れたようなため息を漏らしながら答える。それにアルトも続く。

「あいつら言うには赤眼はこの世界から根絶すべきって言ってたね。赤眼は月光教会っていう組織に討伐対象って認定されてるみたいなんだ。」

 2人との話をまとめると、月光教会という集団に、眼が赤い人間は誰彼構わず狙われている。

 私が殺された理由と2人が追われていた理由は分かった。しかし、なぜ赤眼を殺しに来るのかはわからない。アリアとアルトの話し方はそこまではわからなそうだ。

「その月光教会がなんで赤眼を殺しに来てるのかはわからないの?」

 一応聞いてみる。

「そこまではわからないわ。正直、月光教会がどれだけ大きな組織なのかもわからない。ただ確かなのはこの大陸で月光教会はそれなりの力を持っているはずよ。」

「そうだね。ただの一介の組織だったら、僕たちはこんなことにはなってないはずだからね。」

 そう言った2人の顔は暗く、何かを噛み締めているかのようだった。

 そんな2人の顔に気付きながらも、シアは再び考え始める。

 やはり2人も月光教会がなぜ赤眼をそこまで追い詰めるのか知らないみたいだ。ただ赤眼は問答無用で殺されるという事実があるだけ。情報が足りなさすぎる。

 同じ人間と会話ができれば気になることも全て解決すると思っていたが、2人と会話しただけで新たな疑問や好奇心が生まれる。どうしたものか。

 気付けばシアは、赤眼が狙われる理由よりも、自分のもっと人間を知りたいという好奇心に駆られていた。

『そなたも人間の国へ行くといい。そこに行けばそなたの知りたいことがわかるだろう。』

 ふと、ある日魔獣に言われたことを思い出す。

(人間の国かぁ。一理あるわね。)

「ねえ、人間の国に行ってみましょうよ。」

 シアの突然の発言で2人は困惑する。月光教会はおそらくそれなりに大きな組織だということは先の会話でシアも知っているはず。

 なら、人間の国は少なからず月光教会の力が働いているのは確かだ。そして小さな村の両親ですら、赤眼の2人を捨てている。大きな町で暮らしている人間が赤眼の扱いを知らないはずがない。

 まだ追い出される程度ならマシである。最悪は町の住民全員が敵になること。いくらここまで逃げ延びてきた2人でも助かるのは難しい。

 そんな危険を冒してまで、人間の国へ行くというのは死にに行くようなものだ。

「まって。本気で言ってる?私たちはどこへ行っても追われる身なのよ?それに私たちは狩りができるし山や森での生活には慣れてる。わざわざ狙われに行くの?」

 アリアが困惑しながらも、シアに詰め寄る。

 確かに普通に考えれば正気じゃないだろう。シアにもそれはわかっている。しかし…。

「だって森の中の生活は飽きちゃったんだもの。それにあの子にも人間の国へ行くのを勧められたのよね。」

 森の中での生活は飽きた。というよりも、ここに転がっている男たちを殺し回っているとき確かに感じたのだ。高揚感を。

 人間の国へ行って、そこで国民全員が私たちのことを襲ってきたのなら、1人でも多く道連れにすればいい。それだけ暴れればいい。そうすれば私は満たされるのだろう。

「あ、飽きたって、命にかかわることだよ?きっと国全体から追われることになる!」

 アルトもアリアと同じ意見らしい。

 どうしても2人は人間の国へ行くのは避けたいらしい。しかし赤眼という理由だけで国へ行かないのは勿体なさすぎる。

 私たちが行く国は月光教会とは違い、赤眼に寛容な場所かもしれない。

「行ってみないとわからないでしょ?それに眼の色は違う色に変えればいいじゃない。」

 2人はキョトンとしている。私、変なこと言った?

「眼の色を変えるって、そんな都合の良いことできるわけないじゃない!」

 アリアが捲し立てる。

「変えることできないの?」

「当たり前でしょ!そんなことできるならとっくにしてるわ!」

「姉さん、落ち着いて。そうだね普通なら自分の意思で眼の色を変えることはできないし、聞いたことない。君はできるのかい?」

 アルトが姉を窘めながら聞いてくる。だから私は当然のように答える。

「私はできるわよ?見てて。」

 そういうと私は特に何かを念じることも、祈ることもせずただ複数回の瞬きする。目を閉じた後、ゆっくりと目を開けると…そこには青眼があった。

 2人は驚愕の顔を向けている。ほんとに2人はできないのか。

「こんな感じで。簡単でしょ?」

「全然簡単じゃないよ。少なくとも僕たちにはできない芸当だね。」

 できないのか。そうか。こんなに簡単なのに。

「じゃあ、2人の眼を隠すものが必要ね。どうしましょ。」

「まって、ほんとに行くの?」

 何を言っているんだろう?それはもう確定事項だ。私が行くと言っているのだから行くに決まっている。それに2人は私に死ぬまで付いてくると約束した。なら死ぬまで付いてきてもらおう。

「当たり前でしょ。私が行くと言っているのよ?それとも死ぬまで付いてくると言ったのは嘘だったの?」

「ウッ……」

 黙ってしまった。ということは付いてきてくれるのだろう。

「…はぁ。わかった。君に付いていくのは嘘じゃない。だから僕たちも国へ行こう。」

「アルト?!ほんき?」

「彼女の言うとおりだ。死ぬまで付いていくと約束してしまったからね。それに、僕たちは彼女に助けられた。」

 アルトにそう言われてしまったアリアには選択肢は残ってなかった。

 少しの間、頭を抱えながら唸っていたが、何か吹っ切れたように顔を上げる。

「わかったわよ!ついていくわよ!どうなっても知らないからね?」

 確かに、ずっと山や森を逃げ続けて、とうとう捕まってしまったところを運良く助かってしまった。しかし、間髪入れずに自ら死地に飛び込むことになってしまっては悩むのも必然だろう。

「じゃあ、2人の眼を隠す方法を探しましょうか?幸いにも片眼ずつだからいくらでもありそうね。」

 そして3人は目を隠す方法を考え始める。シアは眼の色を変える変えられるので問題ない。現に今も青色をしている。血に濡れていなかったら一国の王女と言われても遜色ないだろう。

 結果的に一番シンプルな方法を取ることにした。男たちが身に着けていた衣類の布を切り取って眼帯替わりにすこととなった。万が一理由を聞かれたら、「出身の村の風習で片目を潰される儀式がある」とでも言えばいい。それでもはぎ取ろうとしてきたら問答無用で殺して逃げる。実に楽しそうである。

 衣服もボロボロだったので、同じく男たちの衣類をはぎ取り組み合わせることにした。加えて体に付いた血糊を洗い流そうと、神殿の裏側に流れている小さな川で水浴びをした。その際、シアがアルトの目の前で服を脱ぎ始めたのでアリアが大いに慌ててアルトの、目を隠していたが、シアは不思議そうにその光景を眺めるだけだった。


 アリアとアルトの着換えが終わり、眼帯もつけ終わりいよいよ出発準備が整った。しかし、シアにはどこに行けば人間の国があるのかわからない。2人の意見を聞いてみることにする。

「2人はどこに人間の国があるかわかる?」

「ちょっと待って、前に捕らえた奴からこの森近辺の地図をもらったんだ!」

 貰ったというよりは、はぎ取ったという方が正しいだろう。アリアは地図を広げて指し示す。

「この森を北西に進めばカールライト王国って国があるわ。まずはそこを目指しましょう。」

「そうだね。距離的には聖王国の方が近いだろうけど、おそらく月光教会が強く関わっている国だと思うから避けたいね。」

 アルトがアリアの提案に同意を示した。

 シアは興味深く地図を眺める。この森を出るどころか神殿を離れたことすらない。せいぜい水浴びに川へ行くくらいだ。あとは通りがかった魔獣に話しかけたり、長い間眠っていたり限られた行動しかしていなかった。

 なのでシアにとっては人間の国へ行けるのならどこでも良かった。全て2人に任せよう。

「じゃあ決まりね。カールライトに向かうわ。シアもそれで良い?」

「構わないわ。」

 簡潔に答え、シアは神殿の奥の方へと向かう。2人は黙ってシアの後を付いていく。

「どこに行くの?」

「持っていくものがあるの。」

 そう言うとシアは、神殿の奥に建っている柱の一本の裏側に周り、”ある物”を取り出す。

「そ、それは?」

 シアが取り出した物は、遠目から見ても分かるほど神々しく、禍々しい。それでいて10歳程度の少女が持つには余りにも不釣り合いな漆黒に輝く刀と呼ばれる長剣だった。

 シアは振り返り答える。

「私の宝物の一つよ。この家とこの剣は誰にも渡さないわ。」

 そう言うと彼女は、獣じみた笑顔で笑うのだった。

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