第3話 少女は踊る

 

 少女は意識を取り戻し、目を覚ます。

 そこはどこまでも続く暗闇だった。今自分は浮いているのだろうか。

 正直今立っているか寝ているかもわからないので、少女はこの空間の流れに身を任せることにした。

「そういえば私って死んだのかしら?」

 意識を失う前のことは覚えていた。

 胸に衝撃を感じ見下ろすと、細い木の棒が突き刺さっていた。続て肩、大腿と同じ木の棒が突き刺さっていくのを感じ、思わず込み上げてきた血に耐え切れず、吐血したところで意識を失った。

「だとしたらここは死んだ後の世界なのかな?つまらないとこだなぁ。」

 素直に感じたことを少女は呟く。

 今までも独りぼっちだったが通りかかる魔獣に話しかけたり、神殿の内部や周囲を探検したりと、少女の中では充実していた。

 それに遂に私と同じ人間にも会えた。勝手に神殿に入ってきたのは多少は不快だったが今となってはあの2人のことを知りたいと、人間のことを知りたいと思っていた。この目で人間の世界を見たいと。

 しかしそれは叶わなかった。私を殺したであろう何者かに深い憎悪が沸き上がる。

 初めて抱いた感情。形容するなら、黒くてドロドロしていて、私の芯から包み込むように広がっていく。

「あいつらは私たちの敵。忌むべきてきよ。」

 どこからか聞きなれた声が聞こえた。私の前にぼんやりと声の主が現れてくる。

「”私たち”を攻撃したのは敵。”私たち”がこの世に生まれた理由。滅ぼすべき敵。」

 白銀に輝く髪を持ち、血に濡れたような赤い瞳を持つ少女。”私”だ。

「私はどうするべき?」

 私は”私”に対して問いかける。

「わかっているでしょ?あなたは”私”なんだから。」

 敵は殺すべき。そのために私は生まれた。なぜ今まで忘れていたのだろう。

「忘れていたって良いじゃない。大事なのはあいつらを殺しつくして、”私たち”の世界を綺麗にすることよ。」

 あいつらは滅ぼさなければならない。”私たち”が私であるためにも。

「そろそろ起きましょう。せっかく”私たち”に会いに来てくれたんだもの。」

「そうね。行きましょう。」

 私は私の世界を取り戻すために生まれた。何をもってして取り戻したと言えるのかはわからない。何をすればいいのかも正直わからない。

 でも良いじゃないか。私のやりたいことをやって自由に生きよう。私の邪魔はさせない。容赦なく殺す。そのうち具体案が浮かぶだろう。

「じゃあ、また後でね。」

 ”私”と一時的な別れを告げ、再び目を閉じる。




 星霧隊の面々は動けずにいた。目の前で起こっていることに誰1人として理解が追い付かない。

 相手はどう見ても人間の幼い少女だ。それを成人男性に使えば5分と持たない毒を付与した矢を3本受けているにも関わらず立ち上がり、こちらを見ながら笑いかけてくる。

「私とお話しましょ♪」

 そう言いながら、歩き出す少女。一歩、また一歩と近づいてくる。

 星霧隊隊長シュールレは本能的にこれ以上近づけさせてはならないと感じる。

「総員!殺れーー!!」

 普段の冷静なシュールレと違い、悲鳴のような怒鳴り声で命令を下す。

 全員が命令通りに矢を放つ。この周囲にも潜伏させていた隊員からも放たれる。

 常人なら避けられない。手練れの騎士でも数本は捌けても見えない所からも放たれる矢には対応できないだろう。

 しかし、少女は立ち止まるどころか避けるそぶりも見せない。

 1本目の矢が少女を貫く――はずだった。

 少女が消えた。目を離したわけではない。突然姿が消えたのだ。そうとしか言えない。

 シュールレはとっさに周囲を見渡す。左右前後上下。すべて見渡す。

 しかし、どこにもいない。シュールレと共にしている4人も探しているが見つけた気配はない。おそらく潜伏組も同様だろう。

 シュールレは早急にあの少女を始末しなければならないと判断する。あれは人ではないかもしれない可能性が出てきたからだ。

 人型の魔獣の可能性。少女の形を模しているが中身は凶悪な人外かもしれない。

(どこに隠れた?!まさか森の外に?!)

 そんな考えが過った時、違和感を覚える。

 周囲に潜ませていた隊員たちの気配がないのだ。

 最初は今起きた事象と少女に対して取り乱していたため、勘違いをしているかとも思った。呼吸を整え今一度周囲の気配を探る。

 見えない所の気配を探るのは、隠密特殊部隊の星霧隊にとっては造作もない。隊長ともなれば距離すらも容易に測れる。

 しかし、感じない。

 代わりに訪れる生暖かい風がシュールレの頬を擽る。

 ドサッ

 背後から何かが落ちた音がした。シュールレ含む5人は一斉に振り返る。そこには少女がいた。

 しかし先ほどと少女の様子が違う。微笑んではいるが白かったワンピースが赤く染まっている。

 首を持っていた。

 一つは無造作に地面に転がせている。顔はよく見えないが想像はつく。認めたくはないがそれしか思いつかない。鼓動が早くなる。

「周りに隠れていたのはこれで全部ね。」

 左手に持っていた首をシュールレたちに放り投げると、右手で頬についた返り血を拭う少女。

 転がってきた首を確認する。そこには今回連れてきた隊員の見知った顔があった。

 表情は驚愕に満ちていた。何が起きたかわからないうちに首を切られたのだろう。

「じゃあ、始めましょうか。」

 少女は、少女とは思えない獰猛な笑みでシュールレたちに微笑む。

「ウワアアアアアアアアアアアアア!」

 首を見た部下の1人が雄たけびを上げながら少女に短剣出切りかかる。

 少女は笑みを携えたまま1歩踏み出す。

 部下の胸から上が落ちた。

 ズルリと胴体がずれるとそのまま地面へと落下した。

 何が起きた。

 残された体の大部分はそのまま力なく崩れ落ちた。

 少女を見ると、手についた血を払っていた。

(まさか手刀で?)

 考えたくもない。首ではなく、胸から切られているのを見るに鎧ごと断ち切っている。

 星霧隊の面々は動きやすく音が立ちにくい軽装の金属布のような鎧をまとっている。

 軽装でも斬撃や刺突には強く、星霧隊オリジナルの装備だ。

 しかし、目の前の少女は断ち切った。それも手刀で。

 シュールレは初めて撤退の命令を出そうとする。

 その雰囲気を察知したのか、少女が再び1歩前へ踏み出した。

「逃げられると思う?」

 少女は背後にいた。なぜ?

 正直意味が分からなかった。

「もうめんどくさいから終わりでいっか。」

 そう楽し気に言う少女。目の前から少女が消える。

 背後で部下たちが斬られる音が聞こえ、地面に崩れ落ちる音が聞こえる。

 シュールレは振り返られなかった。振り返ればこの悪夢から二度と出られない気がしたから。

「じゃあ、あなたが最後ね?初めての遊び相手があなたたちで良かったわ!」

 背後から聞こえた少女の楽しげな声を最後に、シュールレの首は落ちた。

 シュールレは絶望のその瞬間まで、恐怖におびえていた。



 少女が起き上がったのに気付き、星霧隊が動揺している隙をついて、神殿の陰に隠れながら様子を伺っていた姉弟。

 星霧隊の隊長格の首なしの体が崩れ落ちたのを見送り、少女へと近づく。

 少女に近づくことに恐怖を感じていたが、姉弟はそれ以上に神々しく思っていた。

 このまま出て行っても、星霧隊と同じ目に合うかもしれない。

 しかし、それでも構わない。それだけ少女に近づきたかった。

「あの!!」

 姉は少女に声をかける。少女は振り返り、姉弟の方を見つめている。

 少女の顔は返り血に染まっているが姉弟には関係なかった。

「助けてくださり、ありがとうございます!」

 姉は頭を勢いよく下げる。

「僕からもお礼を言わせていただきます。ありがとうございました。」

 弟も姉に続き頭を下げる。

「何か私たちにできることがあれば何でも言ってください!」

 少女は姉弟の勢いに驚きながらも、星霧隊に向けていた笑顔とは違い、見た目通りの可愛らしい笑顔を見せた。

「なら、私についてきてくれない?どんな道を行こうと、どんなことをしようと私についてきてくれる?」

 それを聞き、姉弟は同時に顔を上げる。

「任せてください!この命はあなたに拾われたものです!どこまでもついていきます!」

 姉の発言に、弟もそれに同意と頷く。

 なぜか少女に付いていくのが最善だと感じている。そして、少女にやりたいことをやらせてあげたいと思ってしまう。

 それが何なのかは姉弟にはわからない。わからないが確信している。

 幼いころに両親に捨てられ、姉弟2人で暮らしてきた。少なからず2人の精神はダメージを追い、日に日にすり減っていた。

 そこへ今回の出来事が起きた。訳も分からず追われ始めてとうとう追いつかれてしまい死を覚悟した時、目の前の可憐で美しく、神々しい少女に助けられた。

 見捨てられたくない。全てを賭けてもいい。そう思えたのだ。

「なら自己紹介。私は”シア”。これから死ぬまでよろしくね!」

「私は”アリア”。アリア・ノーランです。」

「僕は”アルト”。アルト・ノーランです。」


 物語はここから動き出す。

 1人の少女と、双子の姉弟の物語。

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