第11話 2人の疑問

マルクスは3人を駆け出しの頃に使っていた馴染みの宿屋に送り届け、再び組合に戻ってきた。

 すでに組合を閉める時間を過ぎていたのだろう。先ほど一緒に納品物のチェックを行ったティアが入口の戸締りをしていたところだった。

 マルクスはその背中に声をかける。

「もう店仕舞いですか?ティアさん。」

 ティアは一瞬ビクッと肩を震わせたが、声から誰が話しかけてきたかわかったのだろう。肩越しにこちらを伺いながら答える。

「マルクスさん…。お疲れ様です。先ほどはありがとうございました。」

「いえ、気にしないでくださいよ。いつでも頼ってください!それよりティアさんもこんな時間までお疲れ様です。」

 お互い何度か言葉を交わしたところでマルクスが提案する。

「この後何も予定がなければ一杯どうです?」

 そう言ってマルクスはショットグラスで呑んでるような仕草を見せる。

 ティアは一瞬考えた素振りを見せた後、提案を了承した。

「そうですね、良いでしょう。マルクスさんなら信頼できますし。」

 少しいたずらっぽい笑顔をマルクスに向ける。

「安心してください。俺は胸に決めてる人物がいるんで。」

 誇らしげに語るマルクスに、ティアは呆れたような笑顔尾を向け歩き出す。

「はいはい、わかってますよー。私がよく行くお店で良いですよね?さっさと行きますよ。」

 他人の惚気に興味は無いと言わんばかりにその話題をスルーする。

「そこで良いですよ。おごりますんで。」

 スルーされたことを気にも留めずマルクスはティアの後に続き、2人は酒場に向かうのだった。


 ティアの行きつけの店は、組合から5分ほど歩いたところにあるごく普通の酒場だ。

 食事目的で来るには物足りないが、酒を吞む分には問題ない。

 カウンター席で呑んでいる者もいれば、乱雑に置かれたテーブルを複数人で囲んで吞んでいる者もいる。

 客層には傭兵もいれば商人などの街で働いている者もいる。男たちの喧騒は夕暮れ時から店が閉店する時間まで続く。

 そんな空間が広がっているので女性の客層を見かけることがあってもそれは傭兵として活動している人種であり、男顔負けの肉体を持っていたり、気難しかったりと一癖あるような女性がほとんどだ。

 ティアはそんな酒場のカウンターで一人で晩酌をするのが密かに気に入ってた。

 静かな空間で酒を嗜みたいと考える女性は少なくなく、ましてやこのような綺麗とは言えない酒場で好んで酒を呑みたいなどと思う女性は希少だ。

 しかし、ティアは組合で喧騒にまみれた生活を送っていくうちにこうした賑やかな場所が落ち着く場所となっていた。

 こうした酒場の喧騒は街や国の平和があってこそだ。つまりティアにとっては平和を身近に感じられる場所の一つなのだ。

「すいませーん!エール2つとスモークチキン2人前お願いしまーす!」

 ティアは席に着くや否や、大声でウエイターに声をかけた。

 普段はカウンターからマスターに直接注文している。今回はマルクスを連れているためテーブル席に付いている。

 ティアの注文を聞いたウエイターが快く返事を返し厨房へ向かう。2分もしないうちに注文を受けたウエイターが両手にエールを持ちこちらへ向かってくる。

「はい!ティアさんお待たせ!今日は男連れなんて隅に置けないね!」

「そんなんじゃないわ。ただの仕事仲間よ。」

 そんな会話を両者が交わすとウエイターはニコッと笑顔を見せた後、再び注文を取りに別の客へと向かった。

 机に置かれたエールをティアとマルクスは手に取り、胸の高さまで掲げる。

「じゃあとりあえず、乾杯と行こうか!」

 マルクスが元気よくエールを掲げる。

「えぇ。とりあえずお互いお疲れ様。」

 ティアもそれに合わせて同じ高さまで掲げ、マルクスのグラスに軽く合わせる。

 お互い勢いよく半分程度までエールを呑み込むと机にエールをいったん置く。

 一瞬静寂が訪れたがティアが最初に口を開いた。

「マルクスさん。先ほどは突然突き合わせてしまってありがとうございました。再度お礼をします。」

「ほんとに気にしないで良いっすよ。それに、興味深いものも見れたしね。」

 マルクスは残りのエールを一気に飲み干し、追加の注文を出す。

「興味深い?あの3人のことですか?確かに依頼を出されてから成果を上げてくるまでの速度は異常でしたね。しかもあそこまで完璧に副産物まで収穫してくるとは思いませんでした。」

 正直に言えば最初は疑ったのは事実だ。

 いくら元狩人でも1日程度で対象物を収穫してくるなど無理がある。できるとしたら目の前にいる赤級と言われる猛者たちだ。

 下級の魔獣しかいなかったとはいえ、初めての土地で初めて見る魔獣なら話は別だ。

 しかも敢えて低級の中でも討伐が難しいと言われる部類だ。どうやったのか聞いてみたいし、どうしても疑ってしまう。

 しかし、持ち込まれたものはどれも新鮮で、1日以内の物なのは確かだった。

「正直なところ、マルクスさんはあの3人のことをどう見てます?」

 今回マルクスの誘いに乗った理由はこれだった。

 史上最年少で赤級の領域まで達した実力者なら何か違ったものが見えているんもではないか、自分の疑問や疑いに答えてくれるかもしれない。

 既に2杯目のエールに口を付けているマルクスはティアの問いに答えるため、飲みかけのエールをテーブルへ戻し、真剣な表情になる。

「並外れた実力があるのは確かだと思いますよ。一目見た時からある意味で期待してたんでね。」

 マルクスのあまりにもあっさりとした回答にティアは面食らう。

 ティアには少なからずマルクスも同様の印象があると思っての質問だった。しかし、彼は認めている。あの時彼も一緒に帰還の速さに疑念を抱いていたと思ったが。

「多少なりとも疑いはしないんですか?いくら狩人とはいえあの年齢で見たことのない魔獣に対し見事な仕事をして見せました。協力者の存在等の可能性は?」

 再びティアは質問する。思わず口調が強くなったことに多少の罪悪感を感じながらも聞かずにはいられなかった。

 するとマルクスはエールを一口飲み、再び話し始める。

「実は彼らとは出発する前に会ったんだ。組合で懐かしいリストを3人で囲んで相談してるのを見かけたんで思わず声を掛けちまったんだ。」

 マルクスと3人が知り合いだったのはティアは予測できていた。

 受付に向かいながらマルクスと3人が会話をしているのを見ていたため、ある程度の想像は付いた。

「話を聞いたらあの子らまだ丸腰だったみたいでね、リリアンのとこで武器を持たせたり必需品を買ってあげたり世話してあげたんですよ。」

 これにはティアも驚いた。まさかそんな準備もせずに組合に来たのか、と。

 通常ならそんな新規傭兵がいたら、他の傭兵たちの笑いや侮蔑の対象となる。それに、そんな生半可な気持ちで来るなと追い返されるだろう。

 しかしこの目の前にいるお人好しは違ったようだ。

「なぜそこまでしてあげたんですか?初対面のそれもまだ子供です。」

 当然の疑問だった。

 ティアがマルクスの立場だったなら恐らく話を聞いた時点で「やめておけ」と一蹴するだろう。

「確かにそうなんだがな。俺自身も同じような承認試験を受けていた過去があるからっていうのもあるんだけど…。」

 マルクスは喋りながらも、いつの間にかテーブルに置かれていたスモークチキンを一つ口に入れる。

「それ以上にあの3人の異様さに興味を惹かれたからもしれない。」

 そう言うとマルクスは残っていたエールを飲み干し、再びチキンに手を伸ばす。

 ティアも追加のエールを2本頼みながら飲み干す。

「異様さ、ですか。」

 ティアにはピンと来なかった。

 確かにあの年齢で傭兵を志望すること自体珍しいことではある。

 目立ったところと言えば2人が片目を塞いでいることとあの10歳程度の少女を連れている事だろう。

 しかしそれだけでは赤級傭兵が世話をする理由にはならないだろう。他に素人が理解できない、感じ取れない何かがあったのだろう。

「俺が話しかけた時、片目の2人はいつでも俺のことを殺せる態勢に入ったんだ。久々に同じ人間からあれだけの殺気を感じたよ。」

 少し呆れ笑いながらマルクスはエールを口に含む。

「殺気を向けられたって、アルト君にもですか?」

 相手が向ける殺気に対して気付けるのも大したものだ。ティアの様な素人にはおそらく感じ取れないものなのだろう。

 しかし、あの柔和態度を常に保っていたアルトもマルクスに対して殺気を向けたのが意外だった。 

「あぁ。アルト君からも殺気は感じたよ。」

「では、アルト君も最初はアリアさんのように嫌悪感を示していたのでしょうか?」

 アリアのマルクスや他の人間に対しての態度はあからさまである。まだ子供だからだと片付けるには重すぎるものがある。

 ではアルトも最初はそのような態度を取っていたのだろうか?

「いや、アリアちゃんの方は最初からあの態度だったな。異様だったのはアルト君の方さ。」

 アリアではなくアルトの方に違和感を感じたのか。

 さらに詳しく聞こうとしたところでマルクスが先に話を続けた。

「最初からあの態度だったんだ。あの口調、態度、表情のまま殺気をこちらに向けてきたんだ。」

 ティアは素人ながらもその異常性に気付く。

 普通の人間なら人に殺気や敵意を向けるときはそれなりに外見に出るだろう。アリアがいい例だろう。

 それに殺気を向けている相手に対して愛想よくするのは至難の業だろう。しかもまだあの若さだ。暗殺を生業にしている人物なら可能だろうが…。

「ではあの2人が言っていた村の風習から逃げてきたというのは嘘なのでしょうか?」

 アルトの話を聞いてますます疑念が強まってしまった。では彼らは何者なのだろうか?本当に村の狩人だったのだろうか?

「いや、その話は嘘ではないと思いますよ。」

 ティアの抱いている疑念に答えるかのようにマルクスが言う。

「そう言い切れるだけの理由は何ですか?」

「さっきも言ったとおり、俺はあの3人組を引き連れて色々教えてたんだ。その時の印象は初めて街に出てきた子供だったんだ。」

 マルクスはチキンをいくつか口に入れるとエールでそれを流し込む。

「それに、あの話が本当なら人間不信になっていてもおかしくない。初対面の人間、ましてや傭兵なんて警戒されて当然ですからね。」

 確かにそうだ。それにマルクスを知らなかったことを考えるとあながち嘘ではないのだろう。

 彼らが放った殺気は村から逃げてからの厳しい生活の中で生まれた警戒心だったのだろう。

 冷静に考えれば、彼らが山や森の中の魔獣の生息地のど真ん中で暮らしていたとしたら、常に魔獣との戦闘やその他の脅威に備えてなければならない。

「確かに、この街にたどり着くまで魔獣と戦っていたと考えればそれだけの実力があるのは頷けますね。」

「えぇ。そういう事です。あの殺気の放ち方は異常でしたが、俺が気になっているのは別にあります。」

「え?」

 思わず間抜けそうな声が出てしまった。

 確かにそこまで考えがたどり着いてるのであれば興味は沸くかもしれないが世話までするには至らないだろう。

「俺が気になっているのはあのシアっていう少女の方だ。」

 ティアはハッとする。

 あの少女と会話をすることは無かったが、確かに素人目にもわかるほどの存在感を放っていた。

 マルクスは先ほどとは違い真剣な顔つきへと変わっている。

「あの子が背負ってる布にまかれた長物、何だと思います?」

 マルクスがティアに意見を求める。

 ティアは考える。確かに出会ったときか気になっていた。少女が常に持ち歩いていたことを考えると、故郷である村での思い出の品や両親の形見などが想像できるがそれにしては大きすぎる。

 少女の身長ほどの長さを持つ物をわざわざ逃げ出す際に持ち出すだろうか。

 であれば釣り竿などの森や山で暮らすうえでの必需品のような物ということは無いだろうか。

 それなら常に持ち歩いている理由が見つからない。

 いくら考えてもそれらしい答えは出てこないので目の前にいる傭兵に任せようと決める。

「想像がつきませんね。どれも常に持ち歩くような理由が見つからないものばかり浮かんできます。考えにくいですが両親の形見とか?」

 マルクスはそれを聞き一瞬考える素振りを見せた後、「形見か。」と呟く。

「その線もありますね。俺が予想しているのは少し違います。」

 3杯目のエールを空にしたマルクスが追加のエールとチキンとは別の料理を注文する。

 再びティアに向き直り自分の意見を聞かせる。

「アーティファクト。と、俺は予想します。」

 【アーティファクト】。それは現在の技術力では到底作れないような古代の遺物と呼ばれる代物だ。

 剣などの武器の形をしている物や鎧等の戦闘に使われるようなものもあれば、どんな物も無制限に入る鞄や勝手に周辺をマッピングしてくれる地図など、効果や形は様々だ。

 それ故に、見つかっているアーティファクトの多くは国が管理している場合が多く、個人が持っていればそれだけで有名になり大金持ちだ。

 それだけの物を1人の少女が持っているのか。

 マルクスの表情からは冗談は感じられない。本人はいたって真面目なのだろう。

「アーティファクトですか?そんなことがあり得るのですか?」

 ティアは言いながら、そんなことがあり得てしまうのがアーティファクトなのではないかと考える。

 しかもこの街に来るまで人と関わることがないのであれば尚更あり得るのかもしれない。

「それに、マルクスさんがその考えに至った経緯が気になります。」

 ティアも2杯目を空にし3杯目を注文する。

「あのシアという少女から異様な気配を感じるんだ。魔獣に近いというか、人ならざるというか。言葉にするのは難しいんだけど、とにかく1人の少女が纏える雰囲気ではないんだ。」

 マルクスがその考えに至った理由を答える。

 少女が纏う雰囲気と言われてもピンと来ないが、幾度も死線を潜り抜けてる傭兵ならではの表現なのだと納得する。

 ティアは嫌な予感を覚える。関わってはいけない者たちと関わってしまったようなそんな感じだ。

「しばらくは様子を見ていた方がよさそうね。」

「そうだな。俺も気にしておくようにしておくつもりだ。リリアンにも声を掛けておくよ。」

「ありがとうございます。」

 2人は再び乾杯をし、ちょっとした夜の宴を楽しんだ。

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