第8話 少女は傭兵になる③

マルクスに連れられて、シアたちは雑貨屋や薬屋などこれから傭兵として生活していくためによく使う店や必需品を中心に指導を受けながら案内されていた。

 雑貨屋では野営に必要な物や荷物や戦利品を入れておく鞄などを購入してもらった。

 薬屋では傷薬や強壮剤などの応急処置に必要な物の他にも携帯食料などの出先で簡単に口にできるものもあり、合わせてマルクスに買ってもらった。

「長くて一週間程度ならこんなもので十分だろう。他に見てみたいものはあるかい?」

 他に見たいものと言ってもすぐには思いつかないな。強いて言うなら、人間の街のすべてが気になるが。

「そうですね。これだけ準備してもらったので大丈夫だと思います。」

 マルクスの問いに代表してアルトが答える。

 マルクスには大きな借りを作ってしまった。危うく丸腰で魔獣討伐へ向かうところだった。この3人なら問題は無いと思うが怪しまれることは避けられない。

 アリアも特に気になる様子はなく、むしろ早く出発したそうにしている。

「そうか。ならあとは帰ってきてからの報告を楽しみにしておこう。」

マルクスはそう言うと「門まで送ろう」と言って再び3人に背を向けて歩いていく。

 なぜこのマルクスという男はここまで世話を焼いてくれたのだろう。初対面でしかもまだ傭兵にすらなれていない少年少女に。

 シアたちが入った門と同じ門にたどり着いた。傭兵になることを勧めてくれたボルドーの姿を探したが、交代してしまったのかどこにも見えなかった。

「マルクスさん。ここまでありがとうございました。」

 またもアルトが代表してマルクスに礼をいう。アリアはようやく出発できることに安堵しているのか、それともマルクスと離れられるということに安堵しているのかわからない。

「いや、気にしないでくれ。俺が勝手に申し出たことだ。礼はいらん。それよりも身の危険を感じたり明らかに様子のおかしい魔獣と鉢合わせたら迷わずに逃げるんだ。」

 マルクスはその他諸々の注意事項を私たちに改めて説明し始めた。

 5分ほど門で話を聞きようやく解放される。いよいよ魔獣討伐のスタートだ。

 マルクスと別れたシアたち一行は、黒の森とは逆の方角へ向けて歩き始める。

 向かう先はアルディアンヴィルから北西に半日ほど歩いた位置にある森林地帯【シルヴァリスヴェール】だ。

 シルヴァリスヴェールは主に低級から中級程度の魔獣が生息している。しかし、仮に魔力核を持ち帰ったとしても売り物にならない魔獣も多く生息しており、中級魔獣が出現するのはまれである。なので新規傭兵の鍛錬の場として重宝されているらしい。

 今回の討伐目標であるシルバーホーン、サンライトウルフ、フェザータロンの3種もこの森林地帯に生息している低級魔獣だ。

 試験内容は討伐及び魔力核の納品だ。おそらくだが私が手を出さなくても今回の魔獣程度なら2人で十分だろう。私は不測の事態に備えておくとしよう。

 シアは2人の戦いぶりを見るのは初めてなのでとてもワクワクしていた。一体どんな戦い、いや殺し合いをしてくれるのだろう。

 

 

 門から3人を見送ったあと、マルクスは再びリリアンの店へと足を運んだ。先ほどの礼を言うため。そしてあることを確認するため。

 見慣れた工房の扉を開けると、やはりそこには見慣れた女性店主が棚の空いたスペースに剣を掛けていた。

「よお。さっきはサンキューな。」

 マルクスは乱れてもない茶髪を手で掻き揚げながら声をかける。

 こちらを振り向きながら女性店主のリリアンは答える。

「別に気にしないで。あんたから貰うよりもあの子たちがここを使ってくれるようになった方がプラスだからね。」

 リリアンは意地悪な笑顔を向ける。マルクスは苦笑いだ。

 2人はそれなりに長い付き合いだ。リリアンは今はこうして装備の加工や制作を行っているが最初はマルクスと行動を共にしていた傭兵だった。

 2人の出会いはマルクスが傭兵になって2年ほどたったある日、まだ傭兵になったばかりだった同い年のリリアンを見つけたのだ。

 当時のリリアンはまだ線は細く、年上の傭兵たちから嘲笑の的だった。マルクスは待合スペースの隅の方で俯いて座っているリリアンに声をかけた。それが始まりだ。

 話を聞くとリリアンは「祖父の営んでいる武具屋を継ぐために、自ら傭兵となって見識を広める」と意気込み傭兵になったが、ただでさえ少数派の女傭兵に加えて線が細かった当初はや侮り嘲りの毎日だった。

 それを聞いたマルクスは2人でパーティーを組もうと提案し、そこから2人は行動を共にし始めた。

 お互い切磋琢磨し合いながら共にした毎日はとても充実しており、リリアンも家業を継ぐのではなくこのまま傭兵業を続けようかと考え始めた1年前のある日、大けがを負い引退を余儀なくされた。

 今では明るく威勢の良い女店主として知られているが、引退当時はまるで別人だった。

 マルクスは毎日足を運び回復に努めた。 そのかいあって今では元の性格に戻っている。

「ま、あんたがここを使ってくれるから店の名前が売れるから、そのお礼よ。」

 リリアンが再び意地悪な笑みを向けながら呟く。

「そんなことないさ。お前の腕が良いからこそここを使ってるし、他の傭兵も足を運ぶんだろ。」

 事実、リリアンの武器と防具の製作はこの街でも1,2を争うほどだ。その人の戦い方に合わせた装備づくりは依頼した人間全員が満足している。

 マルクスの言葉を聞いたリリアンは鼻で笑いながら「当然でしょ」と言いながら武器の整頓作業に戻る。

 マルクスは呆れた笑みを浮かべながら、ここに来た目的の一つをリリアンに尋ねる。

「リリアン。あの子たち、どう思った?」

 ピタリとリリアンの手が止まる。今まで流れていた和やかな雰囲気は感じられない。あるのは静寂だった。

 あの子たちとは先ほどまでマルクスと行動していた傭兵見習いの少年少女の3人組だ。

 おそらくリリアンはマルクスと同じような印象を受けたに違いない。

「どう思ったかって?別に未来のお客さんくらいにしか思わなかったわ。」

 リリアンは当然とばかりに答えるが、それが嘘だということをマルクスは知っている。リリアン自身も誤魔化せたとは思っていないだろう。

 マルクスは溜息を吐きながら「やっぱりか」と呟く。

 あの3人を組合で見つけた時はただ夢を胸に抱いている若者程度にしか見えなかった。だから話しかけた。

 しかし、それが間違いだった。

 マルクスはこの街ではある程度の有名人だった。

 マルクス・レドリア。史上最年少で赤級傭兵まで上りつめた強者である。

 この世界の傭兵には階級制度がある。白、黄、緑、青、紫、赤、黒という順で、討伐した魔獣の種類や数、協会への貢献度など様々な要因で決まる。

 当然、階級が上がっていくごとに強さは上がっていくが、一つ階級を上げるために通常では相当な成果が必要だ。なので階級の差はもちろん大きいが、同じ色の階級でも差が開いている者が多い。

 本来なら今目の前にるリリアンも同じ赤級なのだが、上級魔獣との戦闘の際にたまたまそこに居合わせた低級傭兵を庇った際に負った怪我が原因でリリアンは引退し、現在は一人で活動している。 

 そんな強者であるマルクスはこの銀髪の少女に強烈な違和感を感じた。

 傭兵組合に来るには若すぎる年齢なのもそうだが、纏っているオーラが人間とは言い難いほど黒く、淀んでいた。

 マルクスは赤級でも上位に位置するだろう。最年少とはいえ多くの死線を潜ってきた。いつからか相手の強さを見ただけで人間、魔獣問わず判別できるくらいにはなった。細かい情報までは読み取れないが自分が戦って勝てるかどうか位はわかる。

 ではあの少女に勝てるかと問われればどうか。否である。

 少女と対峙したと想像した時に、最後に自分が立っているビジョンが浮かばない。彼女がどう戦うかはわからないが傭兵としての勘が言っている。

 正直に言えば逃げ出したかったがここは森や山の中ではない。逃げるわけにはいかなかった。

 だから敢えて準備を手伝った。少しでも彼女の正体を探ろうとした。背中に背負っている布にまかれた何かを探ろうとした。なんの武器に興味を持つかである程度予測を立てたかった。

 準備にかかった費用を支払ったのも、いずれ敵として退治した時にある程度情けをかけてくれるかもという情けない希望からだ。

 彼女たちに気付かれぬように少女の動き、視線に注目したがわかったことは何もない。

 だからこそリリアンの工房へ再び訪ねてきた。

 彼女も自分に匹敵していた実力の持ち主だ。自分が見逃していたかもしれない何かを掴んでいるかもしれない。

「はぁ。多分あなたと一緒の感覚を覚えたわ。あの娘、普通じゃないわ。」

彼女は自分が再び訪ねてきた理由を察していた。

 約10年もの付き合いならば、その位容易なのだろう。

「それにあんたが気付いていたかわからないけど、あの姉弟も得体が知れなかったわ。」

 マルクスはハッとする。

 今まであの少女に気を取られていたが、思い返してみればあの姉弟からは何も感じなかった。そう、何もだ。

 何故気付かなかったのだろう。マルクスの感覚ではどんな人間も纏っているオーラのようなものを計ることができる。その延長線で相手の力量を感じ取っているのだ。

 しかし、あの姉弟はそのオーラさえ感じ取れなかった。

「その様子だと気付かなかったのね。あの3人は何者なのかしらね。」

リリアンがマルクスに向き直ることなく整頓作業を再開する。

 マルクスは漠然とした不安を覚える。

 あの3人に関わったのは間違いだったのか、はたまた正解だったのかは神のみぞ知る。

 あの少女の笑った姿を想像するが、浮かんでくるのは年相応の無邪気な笑顔ではなく、獰猛にこちらを見下しているような不気味な笑顔だった。



 アルディアンヴィルから出発してシルヴァリスヴェール森林地帯に到着したころには太陽は沈みかけていた。

 シアは今すぐにでも魔獣を追い回したいが、今回は2人に任せると決めていたため我慢していた。

「姉さんどうしようか。今日は野営して明日から動くか、すぐにでも動くか。」

 アルトはシアでなくアリアに確認する。道すがらに今回は関与しないことを言っていたためだ。

「そうね。シルバーホーンは夜行性で活発化してくる頃だけど、サンライトウルフは大人しくなる頃合いよ。」

 そう言いながらアリアは、背負っていた荷物を木の根元付近に下ろし、腰の2本の短剣に手をかける。

 おそらく今からでも狩に行きたいのだろう。

 アルトは苦笑いしながらも同じ木の根元に荷物を下ろし、弓矢の準備を始める。

「狙うのはサンライトウルフでいいよね?」

 アルトがリストを眺めながらアリアに尋ねる。

 この兄弟はやはり私の見込んだ通りだ。アリアは見た目通り戦闘狂の素質を持ち、アルトも見かけによらず血の気が濃い。

「そうね。大人しくなった狼なんて相手じゃないでしょ?今まで何頭狩ってきたと思うの?」

「まぁ、そうだね。でも油断しちゃダメだよ?まだ見たことない魔獣なんだから。」

 そんな会話をシアは微笑ましく見守っていた。早くこの2人の戦闘が見たい。いっそこの場に全部呼んでやろうかとも思う。

 しかしそれでは意味がない。面白さが半減してしまう。

「シアは僕と一緒に動こう。姉さんは狼の痕跡を見つけ次第報告お願い。」

「シアが増えただけでいつも通りってことね。任せて。」

 アリアはそう言うと早速駆け出した。あっという間に木々で見えなくなってしまった。

 あれだけの勢いで走り出したのは大丈夫なのだろうか?魔獣に気付かれちゃわない?

「大丈夫だよシア。いつもあんな感じでやってたから。」

 私の考えを見透かしたのか、アルトが笑いながら語り掛ける。

 今回は2人に全面的に任せていることもあり何も言わないでおこう。

 すると、駆けていった方向からアリアが再び姿を現す。木の上から颯爽と飛び降りてきた。アリアの身体能力は規格外のようだ。

「見つけたわよ。4頭の群れでリストに載っている特徴と一致してるわ。日は沈み切ってないけどすでに元気はなさそうだったよ。」

 もう見つけてきたのか。一体どのようにして見つけたのか気になる。帰り道にでも聞こう。

「さすが姉さん。じゃあ早速この辺りに呼んできてくれるかい?木の上で構えておくよ。」

 これが2人のテンプレートなのだろう。アリアは指示を聞き次第「わかった」と言って同じルートでかけていった。

 さぁ、いよいよ狩の始まりだ。

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