第9話 少女たちは傭兵になる

 アリアはいつも以上に張り切っていることは自覚していた。

 今手にしている武器は二刀剣という使い慣れていない武器だ。

 単純なナイフや短剣のようなものは獲物の解体や道具の作成に使っていたため、ある程度なら戦闘面でも対応できる。

 しかし、今回の二刀剣なるものは違う。傭兵の中でも使用者が少ない難易度の高いと言われている物だ。

 見たことのない魔獣と相対するときに慣れていない武器を装備してくるなど無謀だろう。

 ではなぜこの武器をあの加工屋で選んだのか。シアが選んだから。それだけの理由である。

 あの神殿でシアに助けられた時から、アリアは自分の全てをシアに捧げる、着いて行くと心に決めていた。

 シアがこうしろと言えば殺人も自爆も厭わない気概である。アリアという存在は本来ならあの神殿で尽きていた。

 なら自分の命はシアのものだ。

 最初の印象は不思議なか弱い美しい少女だった。しかし射殺されたと思いきや息を吹きかえし、月光教会の追手を一瞬で皆殺しにしていた。

 恐怖を覚えたのは確かだ。その恐怖を上回る神聖さを感じたのだ。

 その神聖さの正体はわからないが今ではどうでもいいだろう。

 アリアとアルトは決めたのだ。命が尽きるその瞬間までシアに従い、全てを尽くすと。


 アリアは木々の間を駆け抜ける。

 目標であるサンライトウルフの群れに向かって走り抜ける。

 サンライトウルフの毛皮はオレンジ色と目立つので、視界の見通しが悪い森の中でも簡単に見つかった。

 4頭の群れを視認したアリアは木の上から観察する。

 リストに載っていたサンライトウルフの特徴と合致することを確認すると、分析に入る。

 今は日没まで1時間もない程度だろう。だからか4頭とも元気がなさそうだ。おそらくだが襲い掛かられても逃げれば難なく振り払えるだろう。

 アリアは長年狩生活をしてきたうえで対象が狩れる相手かどうかを判断できるまでになっており、その能力はアルトと比べても勝っていた。野生の勘と言えるだろう。

 それに従うならばサンライトウルフは難なく対処できるだろう。

 これが仮に日中の時間であっても評価は変わらない。

 アリアは首を傾げる。

 果たしてこの程度の魔獣で実力を計れるのだろうか?

 この程度なら正直素手で勝てると思うが、二刀剣の練習にはもってこいと判断する。

 そして今回はシアが2人の戦い方を見たいと言ってくれたのだ。ならいつものようにやるのが良いだろう。

 アリアは先ほどアルトに貰った指示通りにシアたちの待機場所へ追い立てる準備をする。

 アリアのいる位置からウルフまでの距離は約30m程度だが、この距離ですらこちらに気付いていないウルフに対して溜息をつく。

 一応気配を消しながら足音を立てずに木から降りる。

 二刀剣で自分の手のひらを切り、血を流す。

 所詮肉食の獣だ。血の臭いに反応して動くだろう。

 1匹がアリアの血の臭いに反応したのか、鼻を引くつかせながら立ち上がる。

 それに釣られたように他の3匹も立ち上がる。

 群れ全体がこちらを伺っている。どうやら獲物候補の気配に気付いたようだ。

 血の臭いを漂わせながらアリアはウルフの前に姿を現す。

 アリアを見たウルフたちは獲物を狙う肉食の表情へと変わる。

 いくら日光が浴びれず狂暴性が下がっているとはいえ食欲には勝てなかったようだ。

 それを見たアリアは来た道を引き返し始める。ウルフたちを背にして距離を離しすぎないようなスピードを維持しながら引きつれる。

 ウルフたちは低級と言っても森林地帯で生活しているだけあってアリアに追いつこうと軽い身のこなしで木々の間を駆けてくる。

 アリアはほど良い距離を保ちながら、アルトが待機している場所へ向かった。


 アルトはシアと共に一本の木の上で待機していた。

 アリアがサンライトウルフを見つけて帰ってきた時点で何も言わなかったことから大した魔獣ではないのだろう。

 今回の討伐対象のリストを改めて確認する。

 今狩ろうとしているサンライトウルフは爪が魔力核になっているらしい。

 しかし爪だけを持ち帰っても他の部位がもったいない。毛皮や足の腱、骨など他にも使えるものはあるだろう。爪は組合に提出して他の部位はリリアンに聞いてみよう。

 隣にいるシアは終始ニコニコしている。こうしてみると年相応の少女にしか見えない。

 あの黒の森の一件以来、アルトはシアを中心に考えるようになっていた。

 それが例え無謀な挑戦もシアがやりたいと言えばやるだろう。死ねと言われればその命をシアに捧げる覚悟を持っていた。

 アリアも同じ考えだろう。街では常にシアに意見を聞いていた。使ったこのない二刀剣を勧められても二つ返事で了承していた。

 姉は自分の直感を第一に考えてたにも拘わらずあの調子だ。かくいうアルトも同じだが。

 生暖かい風が頬を伝う。風に乗ってきた臭いを感じ、アルトは弓矢の準備をする。

「そろそろ来るわね。」

 シアも気付いたようだ。アルトには嗅ぎなれたアリアの臭い。そして微かに血の臭いも混じっている。

 おそらく自らの血を囮に後を付けさせているのだろう。なら最初はアリアが見えるだろう。

 茂みの一角からアリアが飛び出してくる。それを確認したアルトは弓を引き絞る。距離は約30m。

 綺麗に頭を射抜ければ毛皮の傷を最小限に抑えることができる。1射1殺。

 アリアが出てきた方向から軽い足音が幾つか聞こえてくる。

 呼吸を止める。

 木々の隙間の暗がりからオレンジ色の毛皮をした狼が飛び出してきた。

 狙いを付けるのは一瞬。視認したと同時に矢を放つ。周囲からはそう見えるだろう。それがアルトの弓術だ。

 アルトから放たれた1本の矢はサンライトウルフの眉間目掛けて飛んでいく。そして深々と突き刺さる。

 射られた駆けてきた勢いそのままに地面に崩れ落ちる。下をだらりと垂らし白目を剥いている。即死だった。

 それを気にも留めずに次いで出てくるウルフに狙いを付ける。続けざまに3頭のウルフが出てくる。

 迷うことなく1頭の頭に狙いを付ける。放つ。

 放たれた2本目の矢も眉間に深々と刺さる。残り2頭。

 アルトが2頭を射抜いたところで、残りの2頭は異変に気付き足を止める。

 足を止めた獣を狙うことなど射手にとっては造作もないことだ。

 しかしアルトが次の狙いを付けようと、矢を番えたのより早く動いた人物がいた。

 使い慣れていないはずの二刀剣を器用に使いこなし、サンライトウルフの頭を切り取っていく。

 初めて使うにしては余りにも絵になっている。

 アリアは2本の剣に付いた血糊を振り払う。

 アルトは呆れつつも微笑みを浮かべる。

「危うく姉さんを撃ちそうだったよ。」

「あんたに全部持ってかれるのは癪だからね。少しは姉を立てなさい。」

 誤射くらい気にしてもらいたいところだ。

 改めて今回の成果を見る。

 4頭のうち2頭は矢で眉間を貫かれているため最小限の傷跡で済んでいる。

 他2頭は頭を落とされてはいるが切断面は綺麗なので毛皮を剥いで使っても問題ないだろう。

 シアがテクテクとサンライトウルフの死体に歩み寄ってくる。

「これがあなた達の狩の仕方なのね?アリアのスピードとアルトの正確さがあるからこそ成り立つ戦法ね。」

 死体の毛皮を撫でながら感想を述べるシア。

 何故そう感じたのかは分からないが、その姿が黒の森で助けてもらった際に感じた神々しさと重なった。

 アリアとアルトの2人はただ少女が死んだ獣の毛皮を撫でているという異様な光景に見とれていた。


 3人はその場でキャンプすることにした。

 食事はサンライトウルフの肉を食べてみたいとシアの希望があったので毛皮を剥いで魔力核の爪を取り除いた後、肉と森で取れた山菜のシチューを囲っていた。

 味は少し繊維質な部分があり、決して美味しいとは言えなかった。

 しかしシアはそんな肉でも初めて口にする物体に大変満足していた。

「シアは今まで何を食べてきたの?その様子だと肉は食べたことないのよね?」

 アリアがシアに尋ねる。

 この質の低い肉を満足気に食べている姿を見て、2人と出会う前はどのような食事をしていたのか気になったのだ。

「私はお腹が空かない体質なの。食事自体は仲良くなった魔獣の内の1匹がたまに木の実を持ってきてくれてたの。」

 またしてもシアから爆弾発言が出たがそろそろ慣れてきたころだ。

「シアって人類が滅亡しても1人生き残ってそうね。」

 アリアはシアに不思議そうな表情を浮かべながら呟く。

 そろそろシチューもなくなる頃、アルトがリストを地面に広げながら明日の計画を話す。

「明日は日が昇り次第行動を開始しよう。まずはフェザータロンから行こうと思う。その後シルバーホーンを探しに行くつもりだけど意見ある?」

 アルトがシアとアリアに尋ねる。

「私は問題ないわ。あとはシアが決めて?」

 アリアは賛同を示した後、シアに意見を振る。

「そうね。できれば私も体を動かしたいけど、今日のと同じくらいならやめておくわ。」

 シアはにこっと可愛らしい笑顔を2人に向けた。

 シアは今日の2人の動き方を見て大変満足していた。

 私が思った通り。アリアはゼロ距離での戦闘に真価を発揮する。アルトは後衛火力として強さを発揮するだろう。そして双子ならではの阿吽の呼吸。

 お互いを信用していないとあんな危険な狩はできないだろう。

 あと見てみたいのはより上位の魔獣や対人戦を見たい。

 中の私も早く見たいと言っているし、暴れたいとも言っている。

「それじゃあ、今日はもう休もうか。一応最初は僕が見張りをするから。」

 それを合図に3人はそそくさと眠る準備を始めた。



 日が昇った頃、3人はフェザータロンを探しに森が少しだけ開けた場所に来ていた。

 木の上でフェザータロンを探す。

 フェザータロンは羽の模様は茶色や黒と地味だが首元に赤い羽根が首輪のように生えている。その特徴を頼りにアリアとアルトで探している。

 シアはというと落ちていた自分の腰位の長さの枝を拾い、短剣で枝の先端をひたすらに削っている。

 アリアが一度「何を作っているの?」と問いかけたがただ微笑みを返されただけだった。それでもアリアにとってはご褒美だったようで大変嬉しそうにしていたが。

 捜索を始めてから2時間程度経った頃、アリアが合図を送る。

「見つけたわ。あそこの平原に2羽。特徴も一致するし間違いないわ。」

 どうやら例の鳥を見つけたらしい。距離は100m程、草原の一部から頭が出ているらしい。一般人には到底見つけられないだろう。

「今ならあんたの矢で射抜けるんじゃない?」

 アリアの提案にアルトは肯定してみせる。

「そうだね。そうすれば万が一も無いと思うしね。」

 どうやらアルトには外すという考えは無いようだ。

 頭が出ていると言っても大きさ70㎝程度の鳥の頭だ。100m先からピンポイントでヘッドショットするのは並大抵の技術ではない。

 アルトはアリアのいる木まで移動し、弓矢の準備をする。

 シアは変わらず木を削っている。大分鋭利なものになっている。

「できれば2羽ともやりたいけど難しいな。さすがにあの大きさの的を動きながら射抜くのは厳しいね。」

「良いんじゃない?数は指定されてないし。」

 アルトは弓を構え、矢を番える。呼吸を止め、瞬時に弾道を計算する。狙いは頭一点。

 パシュン。

 放たれた矢は放物線を描いて的へ迫っていく。そして……

 フェザータロンがいた位置で羽根が舞い上がった。そして近くにいたもう1羽が慌てて逃げ始める。

「やっぱり2羽目は難しいね。あの速度で走られたらさすがに当たらないね。」

「さっきも言ったじゃない。1羽でも仕留めれば良いのよ。それに見た感じあんまり美味しそうじゃないしね。」

 アリアは木を降りてフェザータロンがいた位置へと向かう。

 アルトは一応そのままの位置で警戒をしておく。

 目的の位置で何かを見つけたアリアが何かを肩に担いで帰ってくる。おそらくフェザータロンの死体だろう。

 逃げた1羽も戻ってくる様子はなさそうだ。アルトは木から降りる。

「それにしてもアルトの弓はさすがね。百発百中?」

 シアが顔も向けずに誉めてくる。

「そんなこともないよ。昨日も今日も狙いやすかったからね。」

 アルトは謙遜するがシアに言われたことが嬉しかった。

 正直この距離程度の止まっている的なら当てるのは当然だった。小さいころから弓を片手に山や森の中を過ごしてきたのだ。

 おそらくシア以外の誰かに言われたところで皮肉にしか聞こえなかっただろう。

 気づいたらアリアがすぐそこまで来ていた。

「はい、多分この一番大きな羽根が核になってるわ。」

 確かにアリアが持っている羽根は他の羽根よりも少し立派だ。おそらく正解だろう。

 シアも立ち上がり、フェザータロンの死体をまじまじと見ている。

「やっぱりこの程度の魔獣じゃあなた達の本気を見ることは出来なさそうね。」

 それはアリアとアルトも感じていた。

 昨日のサンライトウルフも今日のフェザータロンも初めて見るが大した脅威ではなかった。この程度なら誰でも狩れるだろうと思うほどだった。

 突然、シアが平原とは逆の方向、森の中の方を伺い始める。手には先ほどまで削っていた木が握られていた。

 その先端は先ほど確認した時よりも鋭利になっており、一般的な刃物よりも鋭利に見える。

 シアはそのまま鋭利に加工した木の槍を逆手に持ち耳の横で構え始める。

 2人は息をのむ。

 最初は暇になってしまったシアが暇つぶしに槍を作っているだけだと思っていたが違ったようだ。

 槍は基本的に突いたり頭上から叩きつけたりして使うもの。しかしもう一つの使い方がある。

 シアがそのまま左足で踏み込む。右手に構えた槍をそのまま……投擲する。

 その小さな体から放たれたとは思えない勢いで槍が一直線に飛んでいく。着弾。

 2人が恐る恐るシアの方を伺うと満足気にどうだとふんぞり返っている。

「多分あの鹿に当たったんじゃないかしら。見に行きましょう。」

 鹿とはシルバーホーンのことだろうか。しかしアリアもアルトも全く存在に気付いていない。

 唖然とする2人を気にも留めずに槍を投げた方向へと歩き出すシア。

 2人もすぐに我を取り戻しそれに続く。

 フェザータロンを射抜いた位置から更に先の森林地帯に目的の物はあった。

 あの勢いで迫ってきた槍に対して為すすべは無かったのか、首に大きな穴が開いたシルバーホーンが横たわっていた。

 投げた槍は後ろの木に突き刺さっている。

 シアがシルバーホーンの傍らにしゃがみ込みお腹を撫でる。

「当たりだったね。一発で死んでくれて良かったわ。あまり苦しめたくはないもの。」

 優しそうな笑顔で呟くシア。

「さすがシアね。全く気付かなかったわ。」

 アリアが改めてシアに感心する。アルトも同様だ。

「僕たちはまだまだってことだね。」

「そうね。これじゃあまるでシアに守られてるみたいじゃない。私たちが守る側に行かないと。」

 双子は改めて決意する。

 そんな2人を見てシアは口を開く。

「焦らなくても平気よ。ゆっくりでいいから強くなればいいわ。それまでは私があなた達を守るわ。」

 そう言うシアの表情は少女の物とは程遠い獰猛な笑顔が浮かんでいた。


 3人はシルバーホーンの角を切り取った後、毛皮も綺麗に剥ぎ取ることにした。

 今回の収穫はサンライトウルフの魔力核4つ、毛皮が4枚、頭が2個。フェザータロンの魔力核が1つ、足が2本。シルバーホーンの魔力核2つ、毛皮が1枚だ。

 まだ昼を過ぎたころだったが夕暮れ時には街へ入れるのでキャンプをせずに引き上げることにした。

 道中特に変わったことは無かったが、シアから目標設定としてアリアはゼロ距離での戦闘を強化すること、アルトは超遠距離からの狙撃を可能にすることを出された。

 アリアとアルトは自信なさげにそれを承諾した。しかしシアは嬉しそうに頷く。

 3人は足取り軽くアルディアンヴィルを目指す。

 

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