白銀の少女は獰猛に笑う

@R4nk0

第1話 少女は目覚める

いつからそこにいたのだろう。

 ふと目が覚めたので少女は辺りを見回す。目に映った景色は決して良いものではない。

 日の光が届かないほど木々が生い茂り、今が昼か夜なのかもわかりにくい。上を見上げれば木葉の間から薄く白い空が覗いているので恐らく日中なのだろう。

 少女が目覚めた場所は石で作られた神殿のような作りをした建物だった。

 その中でも中央に位置するだろう円形上に開けた広間。円の周囲に等間隔に何を模したかわからない石像が置かれている。

 人間を模してる訳ではないようだ。ボロボロになっているが四つん這いに置かれているとこから推測するに四足獣だろう。

 改めて神殿内を見回す。

 神殿自体も石像同様にボロボロのようだ。

 所々ひび割れているし、今にも崩れそうとまでは行かないがそれなりに時間がたっているのだろう。

 少女は立ち上がり、神殿の出入り口であろう方向へ歩き出す。外観が気になった。

 冷たい石畳を歩いていき、外に出てみる。

 最初に目覚めた広間にも屋根はなかったので神殿の外に出たからと言って日の光を浴びれるとか、お日様の光気持ちい!!とはならない。

 振り返ると神殿の出入口の目印として建てられたような円柱の柱が2本あり、広間に飾ってあったものと同じであろう四足獣の石像が柱の上に鎮座している。しかし、外に出ていたためか中のものより劣化が激しい。

神殿の外観は至ってシンプルだった。奥を覗いていないがおそらく最初にいた広間が神殿の大部分を占めているだろう。

屋根は無いが壁に囲まれており、壁に沿って円柱の柱が並んでいる。奥行は正面からは分からない。次目覚めた時にでも見てみようと思う。

 少女は呟く。

「ここが、私の家」

 そう呟いた少女の顔は見た目通りの可愛い小さな笑顔を見せた。

 少女はそのまま2本の柱のうち1本にもたれかかるように座る。

 自分はいつからそこにいたのか。なぜここにいたのか。考えても出てこない。

 少女は考えるのを辞め、再びいつ目覚めるのかわからない眠りへとついた。




 黒の森。王国と聖王国を隔てているそこは数多くの曰くが存在する。

 一度入ったら出てこれない、強力な魔獣が闊歩している、森の中心には何百年も生きている魔女がいるなどの噂が飛び交っているが森の全貌を知る者はいない。

 理由として、森の奥深くまで入るには相応の準備がいるのに対しリスクが高すぎるからだ。

 鬱蒼とした森の中は見渡しは当然悪く、加えて時折謎の霧が発生するため数m先の景色も見えなくなってしまう。日の光も届きにくいため腰に紐をつけていくか、自分の位置を把握できる高額な魔道具でもない限り迷ってしまうのは必然だ。

 そんな手間や費用がかかる調査を好んで乗り出す国や冒険家はいなかった。

 ただ魔獣被害が出ているわけではないため隣接している聖王国は天然の要塞として放置しているのが現状だった。

 そのため、どんな魔獣が生息しているかもわかっていない。

 唯一確かなのは、一度森に入った人間が戻ってきたためしがないということ。

 そんな危険な森だがどの世界にももの好きや無謀な人間は存在する。国は放置しても冒険家全員が放置しているわけではない。国が放置しているからこそ未知の発見で一攫千金を狙うものも少なくない。

 不確かな夢を抱き、リスクを冒して入っていった冒険家で戻ってきたものはいない。

 そうしているうちに誰も入ることすら許されない魔の森として【黒の森】として大陸中に知れ渡ることになった。

 そんな闇が支配する森の中を2人の男女が何も持たずに走っていた。

 着ている物は枝に引っ掛け続けたのかボロボロになり、裸足のため足元は血に染まりつつある。

「まだ追ってきてる?!」

「多分!姿は見えないが追ってきてるはず!」

 2人の男女は足の痛みを気にもかけずに走り続ける。

 理由は簡単。今終われているものに捕まれば命はないからだ。

 2人の見かけは瓜二つだ。違いといえば目の角度と髪の長さだろう。

 女は背中まで伸びてる金髪を後ろで一つに縛っており馬の尻尾のようだが、長いこと走り続けているため解けかかっている。男の方は同じく金髪で、短髪を中央で左右に分けている。

 聖王国を総本山としている大陸一の教会【月光教会】から2人は追われている。

 月光教会は慈愛の月姫として大陸の始まりを記した書、大陸真書という古代書に書かれている【ルナティア】を信仰しているいわゆる巨大宗教団体だ。

 大陸真書に書かれているのは、5000年前に6人の始祖によりこの大陸は作られ人類を繁栄へと導いていたが、ある時6人の内3人が大陸を揺るがし始めた。3人は力の始祖【ガディウス】を旗印に他3人を葬ろうとした。

 しかし、それに対抗した残りの始祖たちは慈愛の始祖【ルナティア】を旗印に対抗。何年にも及ぶ争いの末【ルナティア】達の勝利に終わった。

 生き残った人類は【ルナティア】を称え、その相貌から慈愛の月姫と崇められるようになる。逆に【ガディウス】は大陸の敵として忌み嫌われるようになる。

 現在、月光教会は大陸真書に記されている【ガディウス】の特徴を持つものを怨敵の生まれ変わりや子孫と決めつけ弾圧を行っており、ただの農民や貴族、老若男女問わずに裁きを執行した。

 特に容赦がなかったのは【ガディウス】の象徴ともいえる血に染まったような眼【赤眼】を持つ者は絶対成敗の対象となり、赤子も問わずに殺された。

「一体いつまで逃げ続けるのかしら。」

 女のつぶやきに男の方が反応する。

「僕たちが赤眼ってだけでここまで追ってくるのも凄いよね。感心するよ。」

 明るく勤めて返すがその表情は疲れ切っており、今にも倒れそうである。

 2人はごく平凡な農家に生まれた双子の姉弟だった。生まれた直後は両親と同じ眼の色だったらしい。しかし5年後のある日、異変が起きる。

 2人揃って目の不調を訴えたかと思うと姉は右眼が、弟は左眼が赤く変色していた。両親は葛藤した。

 実の子供とは言えこのまま匿い守るわけにはいかない。村の住人たちは双子の存在を知っているため外に出なくても異変に気付いた村人たちに問いただされるだろう。

 バレたら自分たちも危ないと考えた両親は多くない金銭と食料を渡し、村の外へと追い出したのだ。

 愛されていない訳では無かった。周りから見れば愛されていた方だろう。しかし、匿いながら暮らせるほど裕福ではなかった。双子は捨てられたのだ。そこからは過酷な生活が続いたが何とか生き延びてきた。

 眼を隠しながら街や他の村で生活するのは難しいと判断した2人は6歳の段階で山での暮らしを選んだ。

 幸いなことに狩りの才能はあったみたいで、姉は弓矢などの武器を使った狩猟を得意とし、弟は罠を使った狩猟を得意としていた。

 山の中で約10年間の狩猟生活を続けていたある日、姉弟で久しぶりの水浴びをしていた際、不幸にも魔獣を討伐に来ていたであろう騎士に見つかり追われることになってしまう。

 最初はなぜ追われているのか理解できなかったが、明らかに2人を殺しに来ているのは確かだった。どこにどう逃げても特定され、数十人で追われているうちに1人の騎士を罠で半殺しにしてから当時のアジトへ連れ込み尋問した結果2人の赤眼が原因とわかった。

「好きで赤眼になったわけじゃないわよ!」

 叫びながらその騎士に止めを刺したのは今でも覚えている。双子の最初の人殺しである。

 生き抜くためには殺すしかない。そう決意した二人は、10年間の山での狩猟生活の経験を活かし騎士たちを翻弄。殺した騎士たちの物資を剥ぎながら、捉えた騎士から情報を得ながら逃亡生活を続けた。

 そして今である。今回はいつもの追手と明らかに違う。

 いつもなら道中に仕掛けた罠などで足止めしながら距離を稼ぎ、偽の痕跡などを用意して行方を眩ませるのだが、今回は罠にはかからず痕跡にもかからずですぐそこまで迫ってきている。

 二人は小休憩を挟みながら数日にわたり逃げ続けた結果、黒の森へ逃げ入ることにしたのだ。

 黒の森の事前情報は殺した騎士の遺品を頂戴した時のメモに書いてあったため、逃げるのには最適と判断した。

 しかし追手は躊躇なく分け入ってきた。速度は落ちているが追いつかれるのは時間の問題だと感じていた。

 5分ほどの休憩を摂ったあと再び走り出す。木々の間をすり抜け、枝をかき分け、小川を飛び越え走り続ける。

 そんな時、弟が声を上げる。

「姉さん!」

「なに!」

 急な大声に驚き、イラつきながら弟の方を確認する。

「あっち!新しい獣道がある!」

 弟の指さす方向を見ると確かに数時間前にできたであろう獣道がある。

「あれに沿って行けば多少は時間を稼げるかも!」

 弟の言う通り、もともとあった獣道を痕跡を極力残さず進めば多少の時間を稼げるだろう。普通の追手ならば。

 今回の追手は明らかに手練れだ。罠も回避しながら偽の痕跡に惑わされずまっすぐこちらを追ってきている。

「無駄よ。今回の屑どもには通用しないわ。悔しいけどね。」

 肩を落としながら弟の提案を却下する。しかし弟はこう続ける。

「痕跡を使うんじゃなくて魔獣本体を使えばいい。うまく誘導できれば2つをぶつけられる」

 なるほど。道の先にる魔獣本体と追手をぶつけるのか。

しかしそれは自分達も例外では無い。

もし追手とぶつける前に自分達が魔獣と鉢合わせでもしたら溜まったものじゃない。それが下級魔獣ならまだマシだろう。問題は上級との遭遇だ。

狩の時とは異なり、今は丸腰に近い。腰に非常用のナイフは隠し持っているが戦闘用に使うには余りにも頼りない。

だが仮に上級魔獣だったとしても後から来る追手にヘイトが向けば万々歳である。

 姉は一瞬思案の仕草を見せるがすぐに答える。

「一か八かにかけましょう。まずは魔獣に追いつく!」

 この判断力の速さは彼女の長所であり短所だ。頭を使うことは嫌いだがバカではない。

 今回彼女が弟の提案を受け入れたのは信頼と経験からだ。

 姉の自分が迷ったとき、弟はいつも最善であろう策や提案をしてくる。これで今回失敗したら運がなかったと諦めよう。できれば姉弟一緒に死にたいと思う姉であった。

 獣道を沿って走り続けていると、鬱蒼と茂っている森には似つかわしくない建造物を見つけた。

「なによここ。」

 姉がそう呟くと弟も息を切らしながら答える。

「ハアハア、、、神殿?みたいだね。昔の。」

 いつ建てられたかわからないほど朽ちているが、建てた当時はそれなりに立派だったのであろう。

「あいつらのメモにはこんな情報は無かったわ。」

「多分、ここまで来た人もいないだろうね。」

 事実そうだろう。2人はまだ知らないが黒の森の中をここまで来ているのは2人が初である。

 姉弟は何も言わずに神殿へと足を向ける。念の為気配を消しながら進む。

 神殿の入口であろう場所には2本の柱が建っており、柱のてっぺんにはほとんど崩れた石像がある。

「月光教会、のものではないわね。」

「そうだね。例のルナティアの要素が無い。ん?姉さん!あれ!」

 会話の途中で弟が何かに気付き指をさす。

 姉は黙ってその方向に目を向ける。

魔獣であれば大して驚かなかったであろう。この神殿を巣にしていてもおかしくはない。

 しかしそこには何よりも似つかわしくない光景があった。

 白銀の少女。

姉弟は息を呑む。

 柱の1本にもたれるように眠っている少女。

 何故こんな所に少女がという疑問より、そのあまりにも異質で可憐な少女に2人は目を奪われた。

 そして、少女が目を覚ます。

 目覚めた少女の眼は赤かった。

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