伯爵は、王女のために駆ける



「カンラ!」

「え、あ、お嬢様!?」


 王城を出てすぐ。

 私を探して追いかけてきたカンラに声をかける。

 カンラは酷く驚いた様子ですぐに近づいてきた。


「な、なにがあったのですか? 先程フィンバルク殿下が――」

「あの馬鹿はどうでもいいの。すぐに早馬を」

「ば、馬鹿……? え、本当に何が……」

「いいからっ! 今すぐこれを持って――へ向かって!」

「っ!?」



 先程書き切った殴り書きの手紙をカンラに渡すと、私はタウンハウスへ向かう馬車を摑まえる。


「お、お嬢様!?」

「時間がないのっ! 私は私で動くからっ! 渡せたらすぐに戻ってきて!」

「お、おじょうさまぁぁぁっ!?」


 ランページであれば王城で馬車をすぐに用意もしてくれるだろうけど、そんな時間さえも惜しい。


 急がなくてはならない。

 あの様子だと、勇者はすぐにでもエスフィ王女を手に入れようとする。

 その前に行動しなければ。


「エスフィ王女には、しばらく自室にこもってもらうようにした。後は……」


 そんなの気休め程度の、ほんの短い時間だけの効果。

 私が、どれだけ早くドッペルゲンガーを手に入れるか。

 そして、エスフィ王女のドッペルゲンガーと王女様をすり替えるか。

 まさに時間との勝負。


 幸いにも、無傷のドッペルゲンガーが霊峰の森の近くにいるはず。王国寄りではあるけど、きっとこちらに向かってきているだろうと信じる。信じるしかない。

 そのドッペルゲンガーを捕まえる。

 だけど、捕まえるときに、誰かに変化されても困る。


「……最初はこれを渡されてどうしたものかと思ったけど、フィンには感謝ね」


 私は、ポケットの中に入ったままの、薬瓶をぎゅっと握った。


 仮死状態にする薬は今回は使わない。ランページ邸に戻ったら、ヨモギにでもあげよう。

 視界を共有できる薬も今回は特に使わないからこれもヨモギに渡しておけば有効活用してくれるはず。

 もう一つの、姿形を惑わす薬。

 これを使うことで、ドッペルゲンガーの変化を防ぐことができる。これを使って、変化前のドッペルゲンガーを捕まえる。



「……後は、どうやって、王城にドッペルゲンガーを運び込むか、よね」



 でもそれは、恐らくは簡単な可能性がある。

 なぜなら、元々王城にドッペルゲンガーを入れようとしていたのは、カシムール殿下だから。

 どこかに搬入するためのルートがあると思う。

 それを使って、内部にドッペルゲンガーを入れる。

 ……王城に魔物を招き入れるとか、見つかったら処罰ものね。

 そういうルートが使えなかったら、いざとなったら強行突破することもやむなしね。



 考え込んでいると、時間は早く進む。

 気づけばタウンハウスへと到着していた。


 すぐに降りて屋敷へ。こういう時に、王城用で王族に会うためのドレスは邪魔で仕方ない。丁寧に降りないと汚しちゃって怒られるから。

 迎えに来たメイドのアイラに声をかけて馬の用意と着替えを用意させる。

 こんなひらひらしたドレスで馬に乗っても思うようにスピードが出るわけがない。


「ごめん! アイラ、カンラが戻ってきたら、伝言をっ! 王城に忍び込む最短ルートを調べさせて!」

「は、え!? お嬢様!? 王城に忍び……何をされる気ですかっ!?」


 そんな慌てるような声を聞きながら、私はすぐに馬に跨る。さすがに帝都の中で走り回るわけにもいかないからかっぽかっぽと静かに、でもできるだけ早く移動し、帝都の防壁の門を潜り抜けたら、一気に馬で駆ける。



 急ぐ。

 本当はランページ邸にいるミサオとマオに事前に声をかけられればよかったのだけども、今は一緒にいないからカンラくらいしか頼れない。


 エルト君に会えたらとも思ったけど、エルト君に会えたとしても手伝ってくれるとも思えないし、逆に「危険すぎる」って止められてしまうかもしれない。

 それに、エルト君には、エスフィ王女を見てもらわないと。

 あの状況をいいとは思ってないから、様子がおかしいエスフィ王女のことを守ってくれるはず。



 ――一瞬誰かのことが頭の中に浮かんだけど、頭を振って振り払う。


 とにかく今は急がなければ。

 馬が潰れる可能性は高いけど、それでも走るよりは早いのだから、一気に駆け抜ける。

 ランページについたらゆっくり休んでいいからねと、謝りながら、頑張ってもらう。





 適度な休憩を挟みつつ、次の日の朝には伯爵邸につくことができた。











「ミサオ、マオはいる!?」


 今にも倒れそうな馬に労いの言葉をかけて、私に気づいて慌てて出てきた騎士の一人に馬を渡すと、私はすぐさま屋敷の中へ。


「え、姉さん……? ど、どうしたの?」

「ヨモギ、これあげる!」

「お、おわっと!? これなに!?」

「仮死状態になる薬と、視界共有の薬!」

「いや、なにとんでもないものさらっと投げ渡してんの!?」


 驚いている皆を尻目に、ヨモギにお土産を渡した。

 屋敷の中にはいない。だったら訓練場ね。



「ミサオ、マオ!」


 訓練場に屯している二人の後ろ姿を見つけて声をかける。



「おー、マリニャン。早いお帰りー」

「どうしたのぅ? そぉんなにあわててぇ」

「手伝ってほしいことがある――……の?」


 二人に協力を依頼しようとすると、マオが手のひらを私に向けてきた。たぶんこれは、待て、ね。


「その前に、マリニャンに見せるものがある。これ飲んで付いてきて」

「え?」

「はぁいはぁいぃ〜、ごくっとぉ〜」


 ミサオに急かされ、マオに渡された青色のどろっとした液体を流し込む。不味い。なにこの薬。


「さぁさぁ〜。のぉんだらぁ、とっととあるくぅ」


 なに、なんなの?

 私、どこに連れて行かれるの?


 背中を押されて歩かされ、到着したのは訓練場から少し離れた窓のない倉庫。

 確かここは、魔物を捕縛したときとかに使う納屋兼牢屋だったはず。


 窓のない、堅牢な納屋の扉をミサオが開けると、中に蠢く何かが鉄格子の先にいる。


「まさか、これ……」

「捕まえといた」

「うそ……」



 そこにいたのは、真っ黒な魔物。

 人型で何者にも染まってない、身動きを封じられた、魔物。




       ドッペルゲンガー。



 見ようによっては、拉致された人みたいに、動けなくされたその魔物は、私が今一番必要なものだった。



 なにこの子たち……。

 優秀すぎない!?



 二人は私がやろうしていることを知っているわけじゃない。それこそ、王城にいたときに思いついたことで、王女様以外に伝えたわけでもない。


 偶然。だけども、なのに。


 とんでもない時間の短縮というサプライズに、うれしくて思わず二人を抱きしめてしまった。










――――――

途中飲まされてる青色の液体は、姿形を惑わす薬です。


さて、このお話とは全然関係ありませんが。

正月に正月用のお絵描きをしていましたが、ボツにしたお絵描きも色塗ってみました。

よかったらどうぞ^^


■正月のお絵描き

https://kakuyomu.jp/users/tomohut/news/16818093091313324254


■没絵

https://kakuyomu.jp/users/tomohut/news/16818093091480765792

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2025年1月10日 08:03

伯爵様は帝国から抜け出したい ともはっと @tomohut

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