伯爵は、友人とすれ違う
それは、私がエスフィ王女の部屋へと続く一本道を歩いて、応接間に辿り着く直前に聞こえた声だった。
応接間でくつろぐ二人。
その片方の声に、聞き覚えと嫌悪感が溢れてしまって、すぐに身を隠す。
とはいっても、身を隠せる場所なんてほとんどない。
強いて言うなら、王女様の侍女の待機場所としてある小さな部屋くらいしかないけど、扉を開ける音がしようものなら誰かがいると分かられてしまう。
「どっちでもいいけど、今はまだガードが固いから、そう呼ばれるのもどうなんだろうね」
「ん? ああ、君はまだ、姉上に手を出してないのか」
「じっくりゆっくりと、楽しみたいじゃないか」
……もう一人の声は聞き覚えがない。
だけど、カシムール殿下が勇者といったことから、相手は異世界人――マサト・インカワなんだろう。
社交辞令から始まった話は、次第にエスフィ王女の話へと変わっていく。
女性をなんだと思っているのかと思うような発言があるものの、まだ男同士の会話というものは、そういうものなのかもしれない。
「しょーじきさ、こっちにきて、いろんな女性を相手させてもらったけど、まだ王女様とかって食べたことないから、楽しみにしてるんだよ」
「はっ。極上な相手であろうな。私は卑しい身分ではないので最初から高貴な者しか相手にしないが」
「卑しいって……。まあ、君たちみたいな王族からしたら、平民なんてそんなものなのかもね。僕も勇者って言われているけど所詮は平民だし。だけどさ、こっちに来て色とりどりの髪色してたり、もふもふだったりを相手にするのも、すごい楽しいんだけどな。それを知らないカシム王子も可哀想なものだけど?」
「いや、それが楽しいのは知った。カース王子と娼館に遊びに行っていてな。最近はこっそりと城を抜け出していくのが楽しみになっている」
「色狂いしてるじゃないか。……卑しい者も、捨てたもんじゃないでしょ」
「最終的には捨てるがな」
……なんて会話をしているのか。
どんどんと酷くなっていく会話に、私は吐き気を催してくる。
さっき、話しているときに、王女様は言っていた。
――勇者は、一人の女性を想っている
と。
今の話のどこにそんな話があったのだろうか。
本当に?
だったらどれだけ救いがあったのだろうか。
もしかしたら、そのように一途な相手であれば、いつかエスフィ王女の心も癒されるのかなんて思ったけど、そんなわけがない。
そんな相手が、殿下とあんな話をするだろうか。
……違う。王女様は、きっと、うっすらとわかっているんだ。
だから、欲だけの相手として見られていると言っていたのね。
男同士の会話がそういうものだと一瞬でも思った自分が情けない。
下世話な話を応接間で大きな声で話す二人に、心底嫌気が差す。
こんな相手と婚姻を強制されるなんて。なまじ、キュア王子が優秀すぎて、互いが想い合えていたから落差が酷いわ。これは、辛いわね……。
王女様が塞ぎ込むのが分かる気がした。
「カシム殿下のおかげで、僕ら界隈で言う寝取りみたいな感じになってて、すっごい興奮するんだよね、王女様を見てると。そろそろ食べるのもありかなぁとか思ってるんだけどさ。婚前交渉とかってあり?」
「そんなものを守っている相手は滅多にいないと思うが? それより、ネトリというのはなにか教えてほしいな。それはそこまでいいものなのか?」
「人によるよ。カシム殿下ならはまると思うけどね。……そっかぁ。近いうちにエスフィリア王女には、僕の相手でもしてもらおうかな。モノにした後、その元婚約者のキュア王子の前で仲良くするのも楽しそうだ」
立ち上がる気配がした。カシムール殿下と軽い挨拶をして、こちらに向かってくる気配を感じる。
まずい、見つかる――
「――っ!?」
ふいに、背にしていた扉が開いて、私は奥の部屋へと引っ張り込まれた。
そして入れ替わりに、誰かが外に出ていき扉が閉められる。
中にいた誰かが、私を助けてくれた?
「あれ?」
エスフィ王女の部屋へ向かう通路。扉の前で勇者が立ち止まって誰かと話をしだした。
私は扉に耳をつけ、扉越しに私を助けてくれたのが誰かを確認する。
「フィンバルク殿下じゃないか。こんなところで会うなんて珍しい」
「ああ、勇者殿。どちらへ?」
「この道は、僕の婚約者の部屋にしか繋がってなかったはずだけど?」
「確かに」
「あなたこそ、その部屋でなにを?……――あー、ごめんごめん、お楽しみだったか」
「お楽しみ?」
「いやいや、王子様もそういうお手付きするんだなって。なるほど。そうだよね。カシム殿下もそんな感じだし、あなたもそういうことやらない風に見えて、結構楽しんでるんだね。いやぁ、王子っていいご身分だねぇ。僕もその一員になったら楽しみたいものだよ」
「……この部屋にいる侍女たちはその相手の側近だ。君が今から向かう部屋の王女は、私の姉でもあるのだから、そういう話は姉周りには聞こえないようにしてほしいものだね」
「ああ、やるならこっそりとさせてもらうよ。あなたのように、ね」
「姉は今日は体調が悪いそうだ。後日に会ったほうがいいと思うと忠告しておこう」
「そっか。まあ、今日はやめておこう。うん、また今度にするよ。これ以上あなたのお楽しみを邪魔しないほうがよさそうだ」
そう言うと、また勇者の気配が遠ざかっていく。
恐らく、今日は、向かわずに帰ったのだろう。
さっきの会話を聞いていたから、王女様の部屋に勇者が向かわないことにほっとした。
「……大丈夫。彼はもう行ったよ」
扉が再度開いて、私を助けてくれた相手――フィンが、部屋に入って早々安堵のため息をついた。
「……フィン……」
「マサト・インカワはああいうやつなんだ。だから、君に会わせたくなかった。当たり前のように王族の居室にも入り込んでくるからね。たぶん、カシムが許可したんだろうけども」
「そう……」
フィンは、なぜ、ここにいたのだろう。
助けてくれたフィンにお礼を言いたいのだけども、勇者が言っていたことが気になって、頭から離れない。
ここは、エスフィ王女の侍女の待機場所。
王女様の侍女と、会っていた?
<いやいや、王子様もそういうお手付きするんだなって。なるほど。そうだよね。カシム殿下もそんな感じだし、あなたもそういうことやらない風に見えて、結構楽しんでるんだね。いやぁ、王子っていいご身分だねぇ。僕もその一員になったら楽しみたいものだよ>
なぜか。
<ああ、やるならこっそりとさせてもらうよ。あなたのように、ね>
<これ以上あなたのお楽しみを邪魔しないほうがよさそうだ>
勇者が言っていたことが、頭から、離れてくれない。
「……」
「フィンは」
思わず。
「フィンも。ああいうこと、を考えているの?」
「え?」
「カシムール殿下みたいに、ランページという権力を手に入れるために。……私を――女性を、ああいう風に、思っているの?」
「……なにを」
聞いてしまった。
でも、違う。
「君は、ランページという力が、どれだけのものか、分かってないんだね。本当に」
聞きたいことは、そう言うことじゃない。言いたいことも、そう言うことじゃない。
本当は――
――だけど。
フィンのその答えに、私は、酷く、心が傷ついた気がした。
「……エスフィ王女」
フィンと別れて、私は、すぐに王女様の部屋へと戻った。
「……どうしたの? マリニャン」
泣いていたのか、エスフィ王女の目は、赤く。目は腫れてしまっていた。
「……ここから、逃げませんか?」
なんとかしてあげたい。
そう思った私は、王女様にそんな提案をしていた。
咄嗟に思いついた計画。
だけどもそれは、うまくいく。
カシムール殿下が行おうとしていたことを、逆手に取る方法。
ドッペルゲンガーを使って。
王女様の死を偽装すること。
なんでこんなことをしたいのか。
そんなことは、頭の中がぐちゃぐちゃで、分からない。
だけど。
この、政略結婚として生贄のようにほとんど知らない相手と、女性を抱くことしか考えていない相手に嫁ぐことになった、姉と慕える女性を、救うことで。
それをすることで、私が救われるのかもしれない。
なぜだか。
そう思ったから。
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