伯爵は、自分の未来を考える

「……エスフィ王女のあれは、いったい……」



 フィンが置いて行った三つの小瓶――仮死状態になる薬、視界を共有できる薬、見た目を惑わす三つの小瓶をエスフィ王女がなぜ手にしようとしたのか分からないまま、私は王女様の部屋を後にする。


 暗く長い通路。

 その道で考え事をしながら歩く。


 本当は、明らかに無理をしていつもと同じように接しようとしている王女様を、一人にしてはいけない気もした。

 だけど、私がいたら、より私のことを考えてしまう王女様だから、一人にしてあげるべきだとも思う。

 心の整理がついていないということがありありとわかってしまったから。


 だからエルト君は私を王女様に会わせたかったのかも。

 実の姉が悲しんでいるところを見たくなかったから。私と話すことで少しは気分が晴れることを願っていたのかも。


 だけど、私とのやり取りなんて、気晴らしにもならないくらいに、王女様は落ち込んでいた。

 どういう声をかけてあげればいいのかさえ、分からない。



 そうなってしまうほど、王女様は、キュア王子と仲がよかった。

 そんな二人が恋に落ちた瞬間を見た私が言うのだから間違いない。



 小さい頃から友好国としてよく顔を合わせていた二人。

 キュア王子は、第二王子だから、小さい頃からレンジスタの王は、キュア王子の婚約相手を探していた。国内で済ませるのもいい。だけど、国外に目を向けることで、レンジスタ王国としても、各国との連携を強固にしたかったのだと思う。


 そして、選ばれたのは、友好国でもあり、巨大な国、インテンス帝国。


 キュア王子は国を継ぐわけでもなく、レンジスタ王国の新興公爵家になる予定だった。エスフィ王女も、帝王を継がなければ、そのままどこかに降嫁する予定だった。


 エスフィ王女は国内の権力争いの中でもとても重要なポジションにいた。帝王直系――どこかしらの貴族が王女様を射止めれば、帝王家と親類となれるのだから。

 それは国外でも同じ。

 様々な近隣国がエスフィ王女を狙っていた。

 だから、小さい頃からいろんな顔合わせ、打診、婚約の話があったと聞いている。


 二人とも、親の話し合いには興味がなかったんだと思う。

 エスフィ王女は、まだデビュタントもしていない私が、たまたまお父様に連れられて帝国に遊びに行った日、遊んでくれる約束をしていた。その日と、キュア王子との顔合わせが一緒の日だった。顔合わせ前に気分転換も含めて庭園で私を待ってくれていた王女様が、たまたま庭園に出てつまらなそうにしていたキュア王子とばったり出会った。


 互いに一目見て、顔を真っ赤にして、恥ずかしくて目を逸らしたいけど見たくて目を離せない。そんな二人が見つめ合っている瞬間。

 私は、その二人の間に挟まれていた。

 姉に憧れてエスフィ王女を姉と慕う私が、キュア王子に姉を取られて怒った日でもあったから、よく覚えている。


 そして、その日のうちに、二人の婚約が決定された。



 行き来はできるほどの距離の国。

 だけども、互いが王家に連なる者のため、おいそれと外に出ることはできない。

 デビュタント後は、時折主催のパーティで会う関係。エスコートは常にお互い。婚約者だから当たり前だけど、それまでは、二人は文通で愛を育んでいた。


 そんな二人の文通を、私が、何回かキュア王子に文句を言うために運んだりもしたのだから、キュア王子のこともよく知っている。むしろ、戦友だったりもする。


 ランページとしてあらゆる状況に耐えて慣れておくためという教訓に、私は時折護衛を連れて他国にも行っていたから、そのついでで手紙を配達していた。

 道中いろんな魔物とも戦ったのもいい思い出だし、キュア王子と賊討伐したのもいい思い出。

 デビュタント前に何をさせられているのかと思うけど、見習い騎士として同行すれば令嬢とも思われないから楽だったりもした。

 ランページ騎士団一同から、すっごいちやほやされてる見習い騎士、だったけどね。当主より、騎士のほうがほうが私には合ってるかもしれないけど、ランページだから周りが気を配っていたんだろうなと思うと、今のような当主のままでいいなとも思う。


 キュア王子なら、エスフィ王女を任せることができる。なんて、小さいながらに思ったのもいい思い出。

 それをキュア王子に言ったらすごい喜ばれて頭を撫でられた。キュア王子からしても、私はいい妹扱いなんだと思うと、兄が出来たようで嬉しかった。


 学生になって外に出ることもなくなって、お父様が亡くなったから当主となったこともあって、忙しくなったからここ数年はキュア王子と会うことはなくなったけど、それでも二人は仲がいいままだったのは知っている。

 だからこそ、こんな結末になったことが、私は、許すことができないし、それを止められなかったことを悔やむ。


 その想いは、どこか政略結婚なんてそんなものだと思っていた冷めた心があったから、実際王女様と会うまで心配という心は残っているものの、そこまで重要視していなかった。だけど、あのような行動をとる王女様を見ると、心に傷を負ってしまうほどに、王女様も辛いのである、と。

 誰にも言えず吐露したかったのかと思うと、その漠然としていた想いは、深く私の心を支配していく。


 それはきっと。

 私にも通じるものがあるから。


 あの姿は、私の未来の姿。

 ムールと政略結婚をした後の姿であり、カシムール殿下と政略結婚したら辿る、私の未来の姿。


 そういうことなんだと思う。

 だから、みんなが、私に言ってきていたのかもしれない。


 その相手がフィンなのも、多分みんな、私がフィンのことを好きだってことが分かっていたのかも。


 そう思えばこそ、王女様は私のためにも泣いてくれているようにも思えてしまい、なんとかしてあげたいとも思った。






「――カシム王子。今戻ったのかい?」

「これはこれは。勇者殿。いや、未来の義兄、と呼んだほうがいいか?」

「っ!?」


 もうすぐ応接間、というところで、声が聞こえた。

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