伯爵は、王女の心の闇をみる



 フィンは、「おー、怖い怖い」と笑いながら、エスフィ王女から逃げるように自分の部屋へと去っていった。

 残った私とエスフィ王女は、さらっと扉の先へ逃げて行ったフィンがいなくなった後も扉をじっと見続けると、互いに大きくため息をついて視線を戻す。互いに、フィンが置いて行った机上の三つの小瓶が視界に入る。エスフィ王女が、指で薬をさして聞いてきた。


「どうやって使うものなの? これ」

「ドッペルゲンガー対策と言えばそうなのですが……。仮死状態になれる薬は、仮死状態になることでドッペルゲンガーに情報を奪われることがなくなります。視界を共有できる薬は全員が同じ目線になれるので、誰がドッペルゲンガーなのかが分かりやすくなりますね。共有できなければ魔物の可能性も高く、その視線がおかしければまた判別もつきます」

「情報を奪われないって?」

「死んだ相手から情報は奪えないですから。……でも、目の前で使おうものなら、餌でしかありませんけどね」


 ドッペルゲンガーが出てくる地域なんて、魔物犇めく場所だから。

 そんなところで仮死状態になったら食べてくださいといってるようなものだけども。仲間がいることが条件なのよね、この薬を使うのは。なので、ソロのときやそれ単体で使うものではなく、残りの薬と併用することが重要なのよ。


「あと、見た目を惑わす薬は、ドッペルゲンガーが変身できないようにするものです」

「ふーん……」


 そう言って、興味を失ったのか、エスフィ王女は薬から目線を外した。

 呆れ、とも言えるのかもしれない。その薬のことも含めて。

 簡単に用意できるものでもないし、会わないかもしれない魔物のために常備しても、使ってない時に変身されれば意味ないし。なかなか、使い所も微妙なのよね。

 何かの役に立つかもだから、ありがたくはもらうけどもね。


「……マリニャン。本当に、大変だったわね」


 話を切り替えるように、エスフィ王女は紅茶を口に含む。

 フィンの言ったことが本当だとしたら、カシムール殿下は、とにかく酷い。

 家族を何だと思っているのだろうかと、怒りが沸いてくる。


 でも、そんな、他人ではあるけど、家族として扱っていたマリアベルに、私も婚約者を奪われているのだけども。


「家族、というわけではありませんが、見知った相手に裏切られるとういうのは辛いものですね」


 思わずそんなことを言うと、涙目になって頭を撫でられ抱きしめられた。

 むしろこれから裏切られる予定だった王女様のほうが――更には、つい先日まで、愛するキュア王子と婚姻を夢見て、そして夢がかなうところだった。それが儚く崩れ、私以上に傷心しているはずなのに。


「エスフィ王女、これからどうされるのですか?」

「……どう、ね……」


 そう呟くと、エスフィ王女は私から離れて対面に座ると、大きなため息をついて俯いた。



「キュアとはね。本当に。……私にとって、とても大事な人だった」



 二人を見ているとわかる。

 それは、とても幸せな光景だった。

 互いが互いを想いあい慈しむ。会話をしていなくてもお互いが想っていることがわかる。その目、その仕草だけで互いが理解し合っている。

 私が思い描く理想。

 二人がそれであった。


 鈍いと言われる私でもわかる二人なのだから、お互いはもっと理解しあえていたのだと思う。

 だからこそ、その二人が結ばれることがなかった、という状況に。そしてその状況を作り出した張本人に。


 怒りが、湧かないほうが、おかしいのであって、そんな相手に婚姻を迫られたこともまた、受け入れることなど到底できることではない。だけども、彼は、受け入れざるを得ない状況を作り、それをさらっと実践した。



「……すごい顔してるわよ、マリニャン」

「……すいません。でも……」

「私のほうは、過ぎた話よ。問題は今。あなたよ、マリニャン」

「……?」


 自分のことについては話をそらす。普段の王女様は、どちらかといえば、自分のことは話すタイプだった。


 話したくない話題なのかもしれない。

 そりゃそうよね。

 私も、好んで婚約破棄を話したいとは思っていないし、嫌いな相手とくっつきたいと思っているわけではない。


「……カシムに、妻になれって言われたんだって?」


 その情報はどこから得たのだろうか。

 数日前の我が領内で起きたことを、なぜ知っているのか、なんて無粋なことを考えて聞くのもいかがなものか。あらゆるところに【目】があるであろう帝王家なのだから。


「言われましたが……」

「答えるの?」

「王権を振りかざされれば、仕方のないことかと」

「それでいいの?」


 いいわけがない。

 そう言いたい。だけども、その王権によって恋破れたのが目の前の女性だ。そんな人を前にして、言えるわけもない。


 それに、私には、そういう相手も今となってはいない。

 ムールがそうであったのかと思えば、あれも政略結婚のための婚約であった。長かったからこそ、そこには少なからず愛はあったと思いたい。

 そういう恋があってもいいのではないか、とも思ってみたものの、



「フィンはどう?」

「なぜ、フィンを……」

「だって、あなた、フィンの事好きでしょ?」

「……はい?」



 私が、フィンを?

 なんて。今更思うような仕草をしたところで、王女様には分かり切ったこと。


 私は、きっと。


「好きですよ」


 彼のことが、好きなのだろう。

 そう思わず、友人と考えていたかっただけで、実のところ、そうでなければ、冒険者として共に活動だってしなかったし、学生時代に守ったりなんてしなかった。


 常にそばにいてくれる相手。

 私を私として、見てくれる相手。

 そばにいて、嫌な気持ちにならない相手。

 安心できる相手。


 そんな、些細なところが、好ましいのだと思う。


 ……これのどこが、マリアベルとムールを、責めることができるのか。

 肉体的接触がなくとも、結局は私も同じなのだ。


 婚約しているから。

 ムールがいるから。


 ただ、それだけで。考えないようにしていただけ。

 中立を守るランページの教えも含めて、蓋をしていただけ。

 気づいたら、きっと、ムール達と、同じことをしてしまうから。


「でしょうね。あなた達、相性いいと思うわよ」

「それでも、ランページは、王家とは関わりをもつことは」

「だったら、カシムとも王権振りかざされてもそうならないでしょ」


 王女様は「矛盾してるわよ」と笑う。


 所詮は言い訳。

 だけど、私は、ランページのこれまでのルールを、曲げたくない。


 当主だからである。当主ではなければ。それこそ、もしマリアベルが本当の妹で、継承権があって、私が王家に嫁ぐことでマリアベルに渡すことができるのであれば。

 なんてことも、考えたこともあった。

 単なる夢。希望。それだけ。そんなわけないし、マリアベルに私がランページを渡すわけがない。



   たとえ、彼女が本当に妹だったとしても。



 私は、私がランページであることに誇りをもっているから。



 だから。


 ランページが、

 王家と関わらないというなら、私は――



「ランページ不可侵法は、取っ払うからね」

「……え」

「だって、それしないと、マリニャンとフィンが、くっつかないじゃない」

「どうして……」

「それを、私が求めているからよ。未来の妹ちゃん」


 笑顔を向ける。王女様。

 だけど。


「……エスフィ王女。本当に、大丈夫ですか」


 その笑顔は、痛々しさが、目立つ。



「……大丈夫よ」

「大丈夫じゃないですよね。……そんなに……」

「ああ、違うわよ。彼はね、私なんて眼中にないのよ」


 彼。王女様がいった彼は、マサト・インカワという、私界隈では誰にも求められていない、異世界の勇者のこと。

 私は王女様が、キュア王子と添い遂げられなかったことが悔しくて、そんな彼のことなんて私がまったく眼中になかったところに言われて、疑問符が頭の上に出てしまった。


「彼はね。一人の女性を――召喚されたときに一緒にいた人を、ずっと想っているのよ」

「それは……」


 つまり。もう、死んでいる、ということなのかもしれない。

 異世界人が召喚された後、ほとんどが亡くなったと聞いている。

 その中の一人が、マサト・インカワの大切な人だったとしたら。


「だから、尚更。私と彼が婚姻することが、空しくてね」


 勇者とも話をしたのかもしれない。

 当事者が得をしない婚姻。

 発表されてしまったのだから後戻りもできない。


「亡くなったかもしれない相手を想い、生きている相手を見ない。……私は。生きている、通じ合えた相手にもう、会えない」

「エスフィ王女?」

「ただ、子を産めと言われて、欲だけの相手として。想い通じあえたあの人に知られながら、遥か遠くで彼に知られながら、王家の利のために、生かされ、生きていく」

「――っ」

「虚しいわよね」


 それは。

 恐らくそれは。


 私が、辿ったかもしれない、道だ。

 そう思った時、


「――エスフィ王女。なぜ」


 さりげなく。当たり前かのように。

 王女様は、フィンが置いて行った仮死状態になる薬を、取っていた。その手を、思わず掴んで引き留める。


「これを飲んで、いっそのこと、死ねたらいいのに」


 エスフィ王女は、死を、望んでいた。











――――

そんな王女様が死を望んだところで10万字突破です(●´ϖ`●)


なげぇなぁと思いつつ、もうちょい話が続きます。

コンテストに参加中の作品ですので、よかったらお星さまをよろしくお願いします(≧∀≦)

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