伯爵は、魔物搬入の真相を聞く
「早速だけども。あまり二人の時間もないから手短に伝えると、ちょっと調べてみたんだ」
「……何を調べたのか、私とマリニャンの憩いの場を邪魔してまで話さなきゃいけない内容でもなかったら、ぶっ飛ばすわよ」
腹は違えど実の弟に対しての言い草としては若干物騒さを感じる言葉を発したのは、今、私の目の前でなぜか私に紅茶を淹れてくれている、フィンにもエルト君にも似ている王女様。
艶やかな長い金髪をさらりと流しながら、落ち着いた物腰で紅茶を淹れる様は、どこか上級メイドを彷彿とさせる。
でも、彼女、王女。
帝国でかなり偉い地位にいる、王女様。
エスリフィア・フィルア・ジ・インテンス。
【帝国の美】とまで言われる、王女様。
もっとも。
なぜか今はメイド服を着ているのだけども。だからこそ、余計に従者かと思わなくもない。
だけども、そのキリっとした美しさは、メイド服を着ていようが隠し通せるものでもない。その気品は揺らぐこともない。
「こんなメイド、いるわけないですよ……」
「あら。褒め言葉として受け取っとくわね」
なぜかエスフィ王女は、私が来る時は、メイド服。
なぜなのかと聞いても、私に奉仕したいから、という意味の分からない答えを聞かされる。
それに更に突っ込もうものなら、何時間と、何言ってるか分からないレベルで延々と話を聞かされる。
大体私が頭真っ白になるので理解できた試しはないのだけども。
「いやまあ……エスフィ姉さんのことを思って早速言ったわけだよ」
「なるほど? で?」
エスフィ王女は王女らしからぬ――いや、メイドらしからぬでもあるのだけども、どすりと高級なソファに座ると、威嚇するかのように足を組んでフィンを睨みながら聞き返す。
……まあ、その高級なソファに一緒に座ってるの私なんですけども。フィンがなぜか対面にいるのもおかしい気もする。
後、エスフィ王女。その足組みは、誘惑しているように見えてはしたないですよ。
「……カシムが何をしたかったのかって話だよ」
ため息をついて話すフィンに、私と王女様は動きを止めた。
「私とマリニャンの婚約破棄についての話?」
「ちょっと絡むかもだけども、正確には、なんでカシムがドッペルゲンガーを持ち込もうとしたか、かな」
「……それが、私と何の関係があるのよ。ぶっ飛ばすわよ」
二言目にはフィンを吹っ飛ばそうとしないでください王女様。
王女様がため息まじりに腰を少しだけ浮かした。フィンが「もう少し話を聞いて」と焦っているけど、私は私で被害を被っているので話を聞きたいと思って王女様をなだめてみる。マタタビを嗅いだ猫のようにごろにゃんしてきた王女様がちょっと可愛らしいので頭を撫でてみた。
王女様がこんな言い方するのはフィンとエルト君、キュア王子にだけなのよね。普段はこんな言い方せずに慎ましやかなお方なのだけれど。
「運び込んだのは、三体」
「うち、私達が討伐したのは二体。一体は私に化けて、もう一体は王国の犯罪者、ヤットコに化けてたわ」
「もう一体は?」
「王国方面で逃がしたそうです」
「で、そのドッペルゲンガーがどうしたのよ。早く答えなさい。ぶっ飛ばされたくなければ」
一旦は害が無さそうなので引き上げたけども、王国方面で逃げたと言われるドッペルゲンガーは、アルト・アイゼン平原とか霊峰の森に隠れ住んでる可能性もある。もしこちら側に入り込んできているのならこれから討伐隊を編成しなければならないかなぁなんて思っていた。
今度王国と戦争があったときに紛れ込まれたりしたらちょっと厄介かもしれない、と改めて考える。ありえない話ではないのよね。いつ起きるかわからない状況だし、向こうは名分もある。なんせ、こちらがちょっかいかけすぎだし、なんか逃げ込んできてるの保護してるし。
実は、ヤットコもそうだけど、元王子だけじゃないのよね、向こうから流れてきてるの。
王国の伯爵家次男と三男も来てて、今はカシムール殿下が口利きして王城で兵士やってたはずなのよ。
なんて名前だったかしら。
……確か、ヤッターラとかいう貴族だったかな。
そういう挑発行為ともとれる行動をして、戦争を起こすとか、そういう意図があって連れてきたのかしら。でも、なぜ、が、付き纏う。
……あれ? 全部、ランページが処理させられてない?
「エスフィ姉さん、私、エルト」
「?」
「ちょうど、三人だろ? カシムに対抗している派閥持ちの王族は」
「まさか……」
「そのまさか。私達をドッペルゲンガーとすり替えて、帝国を牛耳ろうとしたみたいだよ」
……馬鹿なの?
思わず、言葉がついで出そうになった。
ドッペルゲンガーは、いくら人を真似るといえ、魔物だ。その魔物をどうこうしようなんて考えを持つこと自体がどうかしている。
あれは、人を食料と考える種の魔物だというのに。
「私とすり替えたら、勇者との婚姻はどうするつもり?」
「さあ? 多分、ドッペルゲンガーを自由に支配できる道具とかがあるんじゃないかな。もしくは考えてないか」
「……考えてない、が濃厚ね。取り込みたい勇者が食べられるわよ。我が弟ながら、行き当たりばったり。ぶっ飛ばそうかしら」
それは賛成。
まさかの、家族をドッペルゲンガーとすり替えようとしてたなんて、とんでもないことをやってのけようとしてたのね。
ちょっと、信じられない。
でも、フィンが言うように、操れるような道具があって、それで計画をたてたっていうのなら、用意周到なのかもしれない。
「さすがにカシムもそれはないだろうと思ったみたいなんだけども」
「? どういうこと?」
「入れ知恵したのが、カース・デ・モロンなんだよね」
あー。
王国を追い出されて帝国に逃げてきた元王子。
嘘で塗り固めた婚約破棄ブームの火付け役ね。
……この帝国って、そういう嘘で煽るの好きよねぇ……。
「……なるほど。そこにマリニャンの婚約破棄が繋がるのね」
「え」
「あの元王子が持ってきたブームに乗って、されたんでしょ?」
「え、いや、それはちょっと違う気も……」
王女様が「可哀想なマリニャン」と頭を抱きしめ撫でてくる。
もう、それでいいです……。
「まあ、それでね。マリニャンが討伐したのでいらなくはなったんだけども、一体残ってるし、念の為これを渡しておこうと思ってたんだ。いらないだろうけど、渡しておくよ」
そう言ってフィンが渡してきたのは、青と赤と緑の液体の入った三つの小瓶。
「赤が仮死状態になれる薬、緑が視界を共有できる薬。あとは、青が姿形を惑わす薬。ドッペルゲンガー対策に」
なんてもの渡してくんのよあんたはっ!
「どう使うか、なんでこれがドッペルゲンガー対策だったのかわからないわね。ぶっ飛ばすわよ」
もう、やっちゃってください、王女様。
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