伯爵は、王城を進む


「マリ姉。着いたよ」


 やっと解放される。


 思わずそう思ってしまって、ほっとため息をつく。

 まさかずっとエルト君からラケシアちゃんの話を聞かされ続けるなんて思いもよらなかった。


 違う違う。思いもよらなかったわけではなく、むしろ、忘れていた、といったほうが正しい。


 そう、そうなのよ。

 エルト君は、自分の婚約者のラケシアちゃんが、とにかく大好き。小さい頃からラケシアちゃん一筋過ぎて拗らせちゃってるのよね。

 ラケシアちゃんもラケシアちゃんで、そんなエルト君が大好きで、二人が一緒にいると、見えるはずのないオーラが二人から溢れているのが見えてきちゃうという、とんでもない相思相愛なんだった。

 ラケシアちゃんを悪く言っただけで魔剣・ティルフィングが火を噴くくらいだから。うん、物理的に火噴くのよね。


 それを忘れて、私は馬車という逃げ場のない場所で、なにを言ってしまったのか。


 「ラケシアちゃんと最近どうかなのか」と。


 なぜ、言ってしまったのか。


 止まらない止まらない。

 とにかく止まらなすぎて喜々として話をしだしたエルト君の姿をみて、デジャヴュを感じた私は、「あ、やっちまった」なんてはしたなくも思ってしまった。


「マリ姉、今度ラケシアと会いに行くよ。教えてもらったお店で着飾ったラケシアが楽しみだ」

「え……ええ……た、楽しみにしてるわ」


 それは今の私からしてみると、死の宣告のようにも聞こえる。

 どのお店のことを?


 最新のファッションを扱う装飾店?

 それともランページ御用達のお店? ラケシアちゃんもなんかんだでエルト君と婚約できる身分なんだから、私が紹介するようなお店なんて知ってて当たり前だし、私の方こそ教えてほしいのだけれど。


「ラケシアも、マリ姉のこと好きだから、マリ姉の教えてくれたお店ならどこだって喜ぶと思うけどね」



 なんてこった。

 もっとラケシアちゃんに相応しいお店を調べておけばよかった。

 次に会うときにラケシアちゃんのために調べておこう……。



 とか言ってる間、エルト君は女性の扱いもしっかりしている。馬車から降りる際は丁寧に優しく手を差し伸べてくれるし、その後のエスコートもばっちり。


 馬車が去ると、目の前には軍用馬を私の護衛に預けて手持無沙汰のフィンがいた。


「あ、フィン……」


 ぐっ。ちょっと待って。

 まだ心の準備ができていない。


「……エルト。妙に楽しそうだったね」

「いやぁ、ラケシアのことを相談に乗ってもらってね。やっぱりマリ姉に相談するのが一番だよ」


 ちょっとつやつや感さえ感じるエルト君のにこやかな笑顔に、フィンも、二人の仲を知っているからかぎこちない笑顔を向ける。


「はい、フィン兄さん、ここからエスフィ姉のところまでマリ姉をよろしくね」

「え」

「ああ、任せておけ。むしろありがとう」


 そういうと、エルト君は私の腕を離して、綺麗な礼をして去って行く。

 というか、エルト君も、向かうところ一緒なんだけど、なんで二人きりにするの……?


 カンラは戻ってきていない。

 カンラは王城に入る際に厳しいチェックが入る。

 多分、私がフィンに案内されている途中で合流することになるだろう。つまり、それまで私は――


「さて。私に愛しの君のエスコートの権利を頂けないでしょうか」


 キザっぽく、あくまで優雅に演技がかった風に、大げさにフィンは私の目の前で礼をする。


「……あなたをフィンバルク殿下と呼んでよろしいのでしたらいいのだけれど?」

「それは手厳しい。マリニャンにはフィンと呼んでもらいたいのだけどもね」


 互いに譲ることがないことがわかっているから言いあう冗談。

 くすりとお互いに見合わせて笑うと、私はフィンの手を取る。


「あ、でも。王城ではフィンバルク殿下と呼ばせてもらいますからね」

「えー……まあ、しかたないね」


 部分的な勝利をもぎ取って、ちょっと納得のいっていないフィンの拗ねた顔を笑うと、互いにその先へと向かう。



 目の前の、荘厳さを感じさせる、王城へと。












 屈強そうな門番と、四方を取り囲む厚い石造りの壁に囲まれた城。初代帝王の時代にはまだ完成しなかったというのだから、この城壁を作るにはどれだけの労力があったのだろうか、なんて考えながら進んでいく。


 外から見上げても遠くに見えるほどの細長い塔。天空を突き刺すかのように伸びる入口はここだと教える塔は、攻められた時に敵兵が城内に雪崩れ込まないように狭くされている。

 私個人としては、ここを攻めようとしたら少し手間取るかなと思う。

 ……そもそも、攻めること考えちゃダメなんだけども。


 複数人が通る程度の小さな石壁のアーチをくぐると、圧倒的広さを誇る通路がお出迎え。

 壁の一部には色鮮やかなステンドガラスがはめ込まれ、外から差し込む光を受けて美しい模様を壁や床に映し出す。ここ、光が差し込むと、本当に綺麗なのよね。


 その中を歩いていくと、虎の門が飾られた重厚な大門に辿り着く。複数人の門番が身分を確認すると、扉は音を立てて左右に開いていく。

 そこから先は城内の内堀がメインの庭園。

 今まで圧迫感があった石壁は取り払われ、空から降り注ぐ光に庭園の水路が煌びやかに光る。

 内堀に巡らされた水路の上の大きな緩いアーチ状の橋を渡って進んでいくと城内へと辿り着いた。


 城内は広大な大広間。遥か遠くまで続くこの間は、王家主催の舞踏会や晩餐会にも使われる。巨大なシャンデリアが場内を明るく照らし、豪華なタペストリーが壁一面に飾られる。それぞれの紋章が入ったタペストリーは、帝国の貴族の紋章を表していて、玉座へと近づくにつれ、爵位が高くなっていく。


 ランページは、虎の門のタペストリーのすぐ傍に飾られていることから、帝国の中でも重要なポストにいるということがよくわかる。


「……いつ見ても、凄いわよね」

「そうかい?」

「あなたは毎日のように見ているから見慣れているのでしょうね」

「見慣れているというか、このタペストリーなんて、貴族を覚えるのにちょうどいいよね」


 そう言う風には見えないのだけども、言われてみればそうかもしれない。

 今度有効活用させてもらおうかしら。


 大広間の奥、玉座の間を通り、赤じゅうたんをフィンと歩きながら更に奥――王族の居城へと至る道を進む。


 ここには選ばれた人しか入ることができない。なんせ王家専用の道なのだから。

 時代を感じさせる厚みと冷たさを持ち合わせた石畳の通路は、歩くたびにかすかにこつこつと足音を響かせる。ここを歴代の王や王族が通ったと思えば、感慨深くも感じるのだけども、私もフィンも慣れたものである。


 ほぼほぼ一直線の石畳の通路を抜けると、先程よりはこじんまりとした大広間兼応接間が現れる。

 中央には豪華なシャンデリアが圧倒的存在感を放って吊り下げられていて、まるでここだけ昼夜がないかのように常に明るさを保つ。

 のんびりと寛ぎながら世間話をする応接間。王族だけのプライベート空間。


 真ん中に奥へと続く通路があるけども、そこは帝王の寝室へと続く通路。

 フィンはその通路の左側にある通路の先に自室があったはず。反対側が、今回用のあるエスフィ王女の部屋へと通じる道。


「フィン。ここまで案内ありがとう」

「いやいや、エスフィ姉さんにちょっと挨拶もしていくから、最後までエスコートさせてもらうよ」

「婚約について難が起きている私達二人だけの話には参加しないでね」

「ちょっと、話に参加したいのだけども。エスフィ姉と先に少しだけ。マリニャンも聞いてほしいことがあってね」


 あら。フィンも何か話したい様子ね。

 エスフィ王女との話については長くはなりそうだから、先にフィンの話を一緒に聞いてからでもいいかもしれない。


「……あ」


 どうしてフィンがそこまでしてくれるのかと思ったら。多分これ、先に帰ってきているかもしれないカシムール殿下と鉢合った時のためなのね。


「どうかした?」

「なんでもない。……ありがとう……」

「どういたしまして」


 色々考えてくれてることに感謝をしつつ、フィンに案内されてエスフィ王女の部屋へと向かう。







 ―――フィンバルク殿下の考え―――



(なんでこんな中途半端なところでお別れとか言うのか。マリニャンのエスコートならいくらでもやるというのに。エスフィ姉さんとの話についても気になるけど、私はマリニャンから離れる気はないんだけどね……)



 と、カシムール殿下のことをまったく忘れているフィンバルク殿下。




 そんなフィンバルク殿下が面白かったら、清きお星さまをぜひぜひに^^

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