すれ違いと気づいた気持ちと別れは進む

伯爵は、帝都に戻る



「マリ姉さ、フィン兄さんと一緒にいかなくてよかったの?」


 帝都へ向かう馬車の中。

 私は、エルト君を伯爵家の馬車に乗せて、共に向かっている。

 話の話題であるフィンは、今は馬車の外――私の護衛と一緒に馬上の人になっている。




「……ちょっと、今はあまり……」

「ええ!? フィン兄さん、なにかやらかしたの!? この短時間で!?」


 違う。

 違うのよ、エルト君。


「ちょ~っと、今はあまり顔を見たくなくて……」

「なんで!? あんなに仲よかったのに!? 自分で言うのもなんだけど、カシム兄からマリ姉を助けに来たタイミングなんて、狙ったわけでもないのに結構絶妙なタイミングすぎて、フィン兄さんの造形であれやられたらそこら辺の令嬢が倒れるレベルだったと思うよ!?」

「ああ、うん。なんか、それ聞くと、ちょっとヒくんだけども……。王子様らしく王子様だったわよね」


 いや、それ、だからなのよ。

 少し、フィンを意識してしまう自分がいて、ちょっと困っている。というのが本音にあるのだけども、それをエルト君に言うのも憚れる。さすがに自分の隠し通していたい気持ちを告白するのも憚れるわけで。


「あー、まあ……僕たちに対しても思うところがあるってところかな?」


 言い方が悪かった、と思って訂正しようとしたところでそう言われて、どきっとした。

 そう。フィンのあの行動に意識してしまっただけでなく、帝国の王子――カシムール殿下の行動について、思うところがある、というのが正直なところだったりする。


「いくら私が、ランページ不可侵法という法を知らなかったにせよ、よ。ランページが中立を貫いていることは確かで、私もそれを守りたいと思っているの。その法は国のことを想う法であるから尚更ね。……なのに、それを無視して王権を振りかざして婚姻を求めてくるところがやっぱり……」


 私は、こと戦うことについては、強いのかもしれない。

 それこそ、王国から帝国を守っている自負もあるからこそ、それは間違っていないのだとも思う。


 だけども、そうだとしても。

 私は私で、一人の女性である、というところも、少しはわかってほしい。


 長年連れ添ってきた……というと語弊があるけども、それでもこんな戦うことしか能のない相手の婚約者をしてくれていたムールに、婚約破棄を突きつけられた。マリアベルという妹でもない、一人の女性に、魅力で負けて、奪われた。

 婚約破棄も、向こうができる立場ではないため、私が自分で破棄しなければならない状態に陥った。それについては、フィンがやってくれたからいいのだけども、それはそれで、王権をかざして行ったことだと思うと、やはり、帝王家に対しての不信も出てくる。


「フィンはよかれと思ってやってくれたのはわかるのよ。だけど、カシムール殿下のことがあった後だったから……」


 カシムール殿下の一件がなければ、きっと私は、フィンは好意で行ってくれたのだと、素直に受け入れたんだと思う。私は、フィンのことを嫌いというわけでもなく、少なからず想っているのだから。


「だけどやっぱり……自分で、区切りだって、つけたかったじゃない?」


 私自身が、しっかり心を整えて、婚約破棄を行いたかった。

 それがないままに今に至って結婚を求められたりしたら、それは、辛い。


 ……ああ、だから。

 だからムールに対して、怒りが沸いて来たりもするのね。

 私はたぶん、ムールのことを、情というだけでもなく、好きだったのかもしれない。婚約者として認めてた。だから、ムールと子を育むということも嫌ではなかったのかもしれない。


 さすがに、今は冷めてるけども。

 話に聞く限り、本当にムールは酷い相手だったみたいだしね。今はよかったとも思ってる。


「……フィン兄さんも、余計な事やっちゃったなぁ……」

「え? なにかいった? エルト君」

「何も言ってないよ。――フィン兄さんはそんな気持ちでやったってことじゃないことだけは理解してほしいな、弟として」

「そう、よね……」

「……いや、ん? あれ? えーっと?……んん? 考えてみたらカシム兄さんとそんな変わらない??」

「え」


 エルト君が自分の言ったことに混乱している。

 しかもフィンもカシムール殿下と一緒ってどういうこと?


「ああ、まあ。うん。そこはほら、今度フィン兄さんとしっかり話し合ってよ。うん、僕が出るところじゃないし」

「なによそれ」


 なんだかすごく焦って話を変えようとするエルト君が面白い。思わずくすりと笑ってしまう。エルト君もどこか恥ずかしそうに笑ってくれる。


 ちょっとだけすっきりした。

 まだ色々と悩むところはあるとは思うけども。それでも少しでも話が出来たのはいいことだったかもしれないわね。


「そういえば、エルト君、ラケシアちゃんとは仲良くやってる?」

「あ、そうだ。そうなんだよ! そこも相談したいことがあってさ。聞いてよマリ姉。実はさ――」







 ――今はまだ、気持ちの整理がついていない。



 ムールのこと、少なからずは好きだったんだなって気づいたからこそ、悲しくなる。魅力で負けたってのもまた、女性としても凹むことなのかもしれない。

 でも、繋ぎ留められなかった自分が悪いのだと思えばこそ、次に進むべきなんだとも思う。




 ムールとマリアベルによって私の婚約は終わり、フィンによって婚約もなくなった。


 私がフィンに感じているこの感情に言葉をつけるのなら、好き、という言葉なんだと思っている。


 婚約破棄してすぐに別の人と仲良くなるというのもおかしい気もする。それに、ランページは常に中立を守るべきであり、特にランページ不可侵法があるのなら、なおさら、国のためにも、王家と関係を持ってはいけないのだと思う。


 エルト君の話を聞きながら、私は、この気持ちに蓋をするのではなく、もう少し前向きになろうと思い、近づいてくる帝都を見る。



 その法がなくなったのなら、私は――















――――その頃のフィンバルク殿下――――


「……楽しそうだな……羨ましい……」


 馬上より。

 馬車の護衛のように、カンラ含むランページの騎士数名と同行中、ちらりと窓から見える馬車内のエルトとマリーニャを見て、じとっと睨むように見続けて前方不注意なフィンバルクの一言。


「……フィンバルク殿下……。エルト殿下に嫉妬はさすがに……」

「だ、ダーナ嬢!? わ、私はエルトに嫉妬なんてしてなんかないよ!?」

「殿下……私はミサオ様、マオ様と同じく、お嬢様と殿下推しですので、お嬢様について相談を私達にしてもらっても問題ございませんよ。本当にお嬢様のことになるとポンコツになられますね……」

「え。推しってどういう意味なのかはあまり聞かないほうがよさそうだね……」


 と、フィンバルクが、なぜかカンナ含む護衛仲間達にうんうんと頷かれて心強い味方を得てたりするのをマリーニャは知らない。

 ただし、傍から見ると、女騎士団なのでハーレムを引き連れているようにも見えなくもないフィンバルク殿下。

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