さして古くもない過去の常連 ~ その縁者 ~.5


 主に《鱗茎りんけいBULBバルブ~》と名指されるこの建物は、中央に位置する対応窓口を軸に六方向――放射状に通された通路を境として、六つの区画居室を備えてていた。


 特別な訪問者ゲストの対応および一時逗留とうりゅうの場として機能するものなので、じっくり腰をすえてうち合せできるゆとりの空間が、外郭にテラスも配備した末広がりの様式をもって設計されている。


 マヒアグラシアらが居たテラスと直結するその一室は、受つけ窓口拠点からみて南東に位置し、正式には《二片ふたひら》と名指なざされるものだ。


 表記違いにも貨幣の数え方(ひら)と〝響き〟がかぶることもあり、〝南東〟〝ふたば〟〝〟〝ふたつめ〟〝ひら(かた/へん)〟など……。

 思いつきのままに〝数〟や〝方向〟を基としたニュアンスでも呼ばれる。


〔仲のいい姉弟でしょう? でも、残念なことに姉のほうと彼らの兄は、あまりうまくいっていないの。

 元々もとの折りあいが悪いわけでもないのよ?

 頓着とんじゃくしない彼らの父親の置き土産のようなものでね。……中子なかごのトリーンだけ母親が違う。

 問題はお兄さんの方なんだけれど。

 カエルスカレンも、頭ではわかっていても母親のことがあるから素直には受けいれられないのでしょうね……。

 なにも知らなかった頃は仲がよかったのよ?

 彼らの内実まで知っているとは言わないけれど、親(三人)がわだかまりもなく円満に過ごして見えただけに、そろそろ和解して欲しいものだわ〕


 マヒアグラシアが去った者たちの事情を話しだした。

 彼女が意図する脈絡などみとりようがなかった客人たちは――

 上の空で流したり(小麦色の肌の女子)、

 いちおう耳に入れながら無に徹したり(緑髪りょくはつの少年)、

 さほどの興味もないのに視線で問うていたり(まだら配色の髪の男/疑問の方向性は会話内容ではなく、相手に向けられた不審)、

 聞いてもいなかったり(男の腕の中の少年)――と。

 それぞれに違った反応をみせている。


 いずれも自然、耳に入ってくる話題を、どのようにもあつかいきれずにいるようだ。


〔それにしても、おもしろいとりあわせ……いいえ。奇遇きぐうでしたね〕


 客人らが無言を通していると、マヒアグラシアは楽しげに自身の遊興のを明かした。


〔あの子たちの父親は、そちらの〝先の御当主の旦那さま〟の〝〟でしたから〕


 頭髪がまだらな配色の男が大きく目を見開き、あらためてその情報提供者を見すえた。



 ――〝先の御当主の旦那さまの契約相手の子〟――



 つまりは彼の姉、ルブライヤの夫(ヘーレンドゥンの父)とタックを組んでいた者の子供。


パルフェエール~パフェ~子供か…!〕


 さっき見た者たちの父親は、彼――ルブライアンの義理の兄にあたる男と《絆》契約を成立させた法印士だということだ。


〔えぇ。血の繫がりはなくても、義理の叔父に甥姪、いとこの顔合わせみたいな場面だったとは思いません?

 長子のカエルスカレンもいたらよかったのだけれど、あの子は仕事熱心ですからね。今頃は家のどこかで教鞭をふるっているわ〕


 そのとき。

 マヒアグラシアの語りに耳をかたむけていた白と茶の髪をした男。ルブライアンの視線が自身のふところに降りた。


 そのかいなの内で。

 彼の息子が苦痛を〝うめき〟として表現することも叶わずに、わずかな息遣いとして表現したのだ。

 ルブライアンの表情が曇る。


〔弟のほう、〝パル〟と呼ばれていたでしょう?

 父親が外出している期間にとき産まれて、ヘルメラヘーメが…。

 母親が独断でつけたので、名が父親と一音違いなの。

 誰に似たのか、育てたヘーメかしらね。

 三人が三人、朴念仁ぼくねんじんで、いまだ独り身…(育て親ヘーメが、あの通り、のんびり屋ぽわぽわなのもありそうだけれど)。

 父親のことがあるから、子供たちが必要以上に慎重になってしまっているのかもしれないわね…〕


〔君は、法印士か?〕


〔残念なことに造るほうよ。

 昨今は、こっちの仕事に時間をとられて、ほとんど造っておりませんけれど〕


(暇そうに見えたが…)


 答えた当人――マヒアグラシアがさして残念そうでもなく言いはなったので、確認の問いをなげたルブライアンが腹の底でつっこみを入れている。


つらそうね…。

 …用件のひとつ――最重要は、その子でしょう。

 近いところで、パルフェールを呼びましょう〕


〔ペリでも学生じゃないのか?〕


〔不真面目でも興味が他へ向いてるだけで…、できる子だからかなうこともある。

 対策を練るにしても、応急処置をほどこす上でもね。

 あとは道具でも人材でも、必要に応じて随時対応いたしましょう。

 あなたがたご一家とは、なのかなのかなのかもわからないお付き合いがございますから、人為費は無代無いものとして、無条件でお引き受けしますわ〕


〔当然だ〕


〔念のため、ことわっておきますが、経費(――消費される種類の法具および、滞在において生じる雑費・食費など――)は、そちらで工面くめんしていただきますよ?〕


訪問おとずれたのは初めでもない。わかっている〕


 それと聞きとめたところで、マヒアグラシアが耳元の銀色の法具に軽く指先をそえた。


〔パルフェール、ちょっと来てくれる?

 ――トリーン、ごめんなさい。少しのあいだ、弟を借りる。後をよろしくね?〕


 建物の中央。

 受付の席あたりで、彼女の通達をききつけた者たちがなにがしかのアクションを見せているのかも知れないが、壁の向こうのことだ。この場からは確認できない。


〔ところで、お連れの黒いトカゲのことですが…。北側に残して来られたようですね?〕


〔少し目立つ(し、荷物をガードすまかせる上でちょうどいい)から置いてきた。

 危害をくわえてはいまいな?〕


(少しかしら?)


 見解の相違はあっても、思いを言葉にまではせず…――マヒアグラシアは、それとなげに客人の迷惑行為不届きを言及した。


〔危険なものでなければ、こちらはかまわない……と申しあげたいところですが、あのあたりは、方々ほうぼうからいらした方々が往来おうらい逗留とうりゅうもするので、ああいったものを置かれると周辺が気忙きぜわしく…――那辺に問い合わせが殺到しておりましてね。

 少し前、こちらにも報告が…〕


〔うちの者が行かないと(荷物を負って逃げまわることはあっても)動かないだろう。

 ひとりやる。受けいれを手配してくれ〕


是非ぜひに。

 黒い星トカゲは、野外にお通しする形式でかまわない?〕


〔懸念にはおよばない。あれは

 我々と行動を共にするだろう。ジャイム〕


 指名された黄緑色の髪の少年が瞬間、不本意そうな反応をみせた。


 それでも行くとなれば、となりにいる同行の女性か自分(彼)になるだろう状況が理解できたので、わきまえ顔で視線を伏せたその少年は、従順におとなしく事態を受けいれた。


〔…。わかりました…(一時的にも……〝千魔封じの丘の上~ここ~〟からのがれられると思おう…)〕


 おもて向きは冷静なようでも、やはり渋々といった印象だ。


〔受けつけにいるトリーンに事情を話せば、対応してくれるわ〕


 マヒアグラシアがそれとなく行動を示していると、受つけに通じる内部に向かう北東のドアが開かれた。

 そこから、ひょっこり姿を現したのは、パルフェールだ。

 さっと現場のようすに流されたそのハシバミ色のまなざしが、マヒアグラシアへそそがれる。


「どうしたの?」


「(こちらの子の)不調の原因を確認したいの。力を貸してちょうだいな」





 ▽▽ 予告です ▽▽

 

 こちらまでお越しいただき、ありがとうございます。

 次回、主人公セレグレーシュにもどって、第四話【 友垣ともがき ~かきね結び~ 】に入ります。


 前編は残り19話あります/この後、長めになってしまったところを細断する気にならなければ……です💧

(長めといっても6000字余なので、このまま突っ走りそうです……話の区切りおよび長さの調整、むずいです💦)。

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神鎮め3(前・後編)〈間 章〉よしふ……よしあり ~日常にひそむ様々なきざし ①~ ぼんびゅくすもりー @Bom_mori

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