さして古くもない過去の常連 ~ その縁者 ~.4


職務怠慢しょくむたいまんではないのか?〕


 抗議されたことでようやく、マヒアグラシアの注意が訪問者へ向けられた。


(――該当がいとうしそうなきざしがなかったとは言わないけれど……)


 黒と群青のコントラストをみせる彼女のさかしげなまなざしが、そっと伏せられる。


〔どの報告にも(訪問が)〝確定されているもの〟はなかったもの。

 〝職務外〟か〝内部の者〟か、〝段取り踏み倒しの乱入者〟に決まっているものよ〕


 ふたたびひらかれた彼女の明眸めいぼうが、足を止めている面々をしかと視界に捉える。


 彼らのかたわらに根づく常緑低木アベリア´の垣根は、いま、鐘状しょうじょうの薄ピンク色の小花をふんだん咲かせ華やいでいた。


〔(それ)としても、ずいぶんとなつかしいお顔なのでは? だっこされてる子は、あなたの息子さん?〕


〔……。君は? 面識があったかな?〕


〔さしてむかしでもありませんし、こちらに勤めるはいる上では拝聴耳にすることです――これは〝〟ので…。

 直接まみえたことこそありませんが、南の群島神奈備る郷里からいらっしゃアールヴレズル家の御当主か……もしくは関係者では?〕


 それと確信しながら探りをいれるマヒアグラシアの表情は涼しげかつ恬淡てんたんで、粘着性をまるで感じさせない。


 あっけらかんと二重敬語をもちいて場をちゃかす、くだけた態度は、地なのか嫌味か。

 おちゃめにりあげ重ねた礼節なのか。

 反撥はんぱつまがいの冷やかしか。


 ともすれば無知を指摘され、あなどられかねないのに、どう出るか相手の度量を試しているようでも、品定めしているようでもある。


 堅苦しさを蹴倒しがちな性分のようにも見えたが、しかし。

 訪問者の反応に目を光らせている事実をこれというように如実にかもし、脅しをかけているようなふしが見え隠れしているので、どうも油断がならない。


〔違っていたら、ごめんなさい。でも、こんなふうに押しかけてくる者など多くないので…――(その血が薄くない親族ね。その類型であっても、そこにいる面々に過去の常連がひとりもいないのなら、けっこうな無作法――厚かましさだけれど)。

 黒いトカゲ移動住居モービルホームかせて、街道を騒がせてきたのは、あなたたちでしょう?〕


〔情報をつかむのが早いな〕


〔(あんなところに停められたのではね……)――不審な情報は早く伝わるものです〕


アールヴレズル~うち~の正統をいうならおいだ。

 当主というのかもわからないが(家系家内の総括継いだ負ったのは姉さんだから、主筋はあの子だろう)……代理や臨時と受けとってもらって問題はない〕


〔お目当てが、その甥子おいごさん…と、いうこともなさそうですが……〕


 マヒアグラシアが黒い双眸(瞳孔は群青色)を細くし、言葉を微妙ににごした。

 そこで、なりゆきをうかがっていたトリ―ンこと、カトリーンが、彼らの交流に水を差す。


「マギー。穴がふさがるまで受付には私とパルが入るから、中に入ったら?

 テラスここでやり取りすることではないでしょう」


「いや。俺はやることあるから、もう行くよ」


 姉に次の行動を確定されたことで、その弟がそそくさと退出の気配を見せた。


 事実、やろうと思えばいくらでもすませたい作業があるのかもしれなかったが、これまでのようすを見るかぎり、そこまで急がなければならないことではないのだろう。


 弟の反応を見た姉の双眸が、すっと座った。


「ちびの私じゃぁあなどられるから、いちおう大人にあなたも入るのよ」


「トリーンの方が四つも上だし、みんな、知ってるよ!

 俺が受付に入ったら、今度は庭師がなにに浮気してるんだって、からかわれるのがオチだ。

 トリーンが見た目で誤魔化せるほど中身なかみ若くないのなんて、その瞳孔と態度を見れば…」


「パル。例の線虫感染したムシ対策の法具だけれど、あなたに協力する気があるなら、製作攻略、考えてもいいわ」


「乗った! 必要いるなら血でも髪でも、もって(い)け!」


 俄然がぜん、乗り気を見せた弟をそのへんに。

 テーブルの上を片付けはじめたカトリ―ンが、カップるいを集め乗せたトレイを手にして立ちあがる。


「前にも言ったけれど、害虫に害獣……環境対策はデリケートだから、あまり触りたくないの。

 自然相手だから細々とした規制があって、うるさく言われるのは知っているでしょう?

 敷地内に限定・門外不出にするなら、もしかしたら許可がおりるかもしれないけれど、それも節度をわきまえていたらで…――

 判ってると思うけど、覚悟はしておいてね。

 仕上がったものの性能次第では没収されて、徒労に終わるかも知れない」


「だからさぁ、菌でもウイルスでも。竜巻でも粉塵ふんじんでも、雑草でもなんでも!

 法印構成で追っぱらうのはいいのに、道具にそういった性能つけて効果持続させるのは、なんでダメなの? (やることは、おなじなのに)

 やつらだって環境適応して進化するんだ。

 追いはらうだけで、撲滅ぼくめつしようっていうんじゃないのに…」


「それじゃ、ここは良くても近場ちかばに被害が拡散集中するでしょう。

 ご近所トラブルの原因になるし、ともすれば生態系が崩れだす。

 対処することそのものを非難しているわけじゃないもの。道具として手段を生みだすのと、その場その場で対応するのとでは、後世へ事の後の影響度合どあいが違うの。

 法具にかぎらず、武器兵器にも政治手段にもなってくる」


「どうせ開発手段根っこはおさえてるんだし。

 近場っていったって、外森そともり(を)抜けるまえに淘汰とうたもされて、適当テキトーに分散されるさ」


「それでもだよ。

 技術が確立されれば、外にれる可能性が出てくる。

 時がてば状況も変化する。いつまでも優位な条件が維持できるともかぎらない。外の森があんなあーだからといって、確実性の保証はないもの。

 結果、しゅの形質に変化が起きることもある。

 邪魔だからって抹消まっしょうすれば、それに関わって生きているものに影響がおよぶものだし、守られたものの耐性・抵抗力も消えていき、弱くなる。

 そこにあらぬ弱点……環境に対する脆弱性ぜいじゃくせいうまれたり異常がしょうじたりするでしょう。

 殲滅せんめつするにせよ追いはらうにしろ、の連鎖の始まりね。

 存在の可能性やバランス上限を読みくのは難しいの。

 失敗すること…どうしようもない事柄・事情もあるけれど、極力、力や道具を凶器にしないのがここのやり方で……」


「それはわかるけど、なにかに望まれて成立したものが望むものがいなくなった時、存続できなくなって絶滅してしまうのなら、それも自然だろ。

 それいうなら栽培に飼育、品種改良するのもダブーになって、おいしいもの・体にいいものも追求できなくなる。それだって……

 法印(を)置くのだって、どれもこれも利己ですることだ。

 やみくもな維持は停滞を呼ぶ。

 生きものは、より良く生きるために戦うものだ。

 あてつけでもやつあたりでも、思いつきでも、不安でもなんでも……自分たちに不都合が降りかかってくれば人間さわぎだすけどさ、

 その場の都合的な干渉はそんなの、生きものが川せき止めたり穴彫ったり、縄張り築いたり、整地して家建てたり、住みやすい場所目指してさまよって住処すみか変えるのと大差ない。

 自然の摂理せつり理法りほうのうちだ。

 〝負の連鎖〟とかなんとか言われるとへこむけど、俺にも守備範囲がある。

 守りたいところは、やっぱり死守したいわけで…」


「生きものは増えすぎると、やり過ぎるのよ。

 必要によるものか・贅沢ぜいたくなのか・自己保身によるものかは、さほど問題じゃない。

 懸命に考えたからといって、必ず正しい選択ができるわけでもない。

 だからこそ過去の失敗は失敗、間違いは間違い、手違いは手違いとして、自分たちが極力その原因にならないように。選びとらないように……」


「そんなの! 言い訳してなにもしないのは〝逃げ〟だし、偽善ぎぜんだよ」


「こと、これに関しては、偽善だろうと回避だろうと理想だろうとこじつけだろうと、まわりの生態がどうあろうと関係ないの。

 人がより良く永続してゆくための知恵。

 混乱、よどみを生むことなく置かれた環境に順応して続いてゆくうえで必要になってくるひとつの方法。

 方針。手段。余儀なくされる手心。

 個や局所だけが得をする場当たり的なものじゃない《しゅ》としての〝究極の利己〟であり、選択よ。

 人間も動物だもの。強くはないから環境に翻弄ほんろうされて刹那的な考えや目先の利益に流れてしまいがちだけれど、より思考する力・あらがう手段・可能性をそなえた生きものとして…――生物せいぶつの本質・方向性を鑑みてみても最終的に選びとるなら〝子々孫々・未来の安寧あんねい〟なの。

 画期的なものを発明したからって、悦楽歓喜・狂喜ばかりはしていられない。

 時間は待ってくれない。もたもたもしてはいられないけれど、暴走して足もとをガタガタにしたのでは意味がない。

 現在も大事。おろそかにできない。でもだからって、思いつくままにやりすぎると失敗する……。

 世界は人を基準にできたものではないから間違えてしまうのは、むしろあたりまえ。

 よかれと思って行動しても失敗することがある。

 でも、だからこそなにも考えない理由、暴走するいいわけにはならない。

 どんなものだろうと、道具と情報と知恵と手段は使い方!

 人類のなけなしの武器だけれど、ひかえなければならないところ・我慢しなきゃならないところで、個人の利や都合、傲慢なエゴで楽な方向ほうに流れたら混乱を生むの。おかしなことになって、にっちもさっちもいかなくなる。

 それでも目指すのはけっきょくは生きものとしての利益だもの。できれは楽な方がいいのだし、情や功利こうりを考えるなと言っているんじゃなくて、バランスや程度の問題。

 価値観の違い・移行で、物事の方向性は激変するし、先はなかなか読めないものだけれど、目先の利や感情に流され過ぎない慎重さ・たゆまぬ思考努力・足固めが大前提。

 環境には順応するもの、対処方法を攻略し寄りそうもので、戦いをいどむ対象ではない。

 多頭社会は思惑が衝突し迷走しがちで、ままならないものだけれど……」


「たかが虫よけで、そこまでハナシ大きデカくするなよ」


「大きくなんてしていないわ。そこに通じる内容はなしよ。じゃない。

 負けそうになったからって、うやむやにして論争消去しようとしないでよ」


「そもそも、抗議した苦情いっただけでそんな論争したいんじゃないから争ってないから!」


 意見を戦わせながら遠退いてゆく姉弟を見送るともなく。

 微笑ましげに頬をゆるめていたマヒアグラシアが座席から重い腰を浮かし(※ けっして、体重が重いという意味ではない)、客人たちに向き直った。


〔――行きましょうか…〕


 傍観ぼうかんするにてっし、とくに言葉を発しようとしていない客人ともども最寄りの部屋へ足をむける。

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