さして古くもない過去の常連 ~ その縁者 ~.3

 

 …――《鱗茎りんけいしゃ》――


 それはかつて《リセの家》の一区画として存在し、方々ほうぼうから訪れる不特定多数を相手に利用されることもあったもの。


 組織としての体制が整い、勢力が増してゆくなか。《家》の機能は中央から、さほど離れてもいない周辺の土地(台地)へと、目的の分権化・整理整備がおし進められていったが――…

 そういったふり分けの決着がほぼついたとされるいまも一部機関は、利便や都合、形式、慣例的な事情から中枢界隈に残されたままになっている。

 《鱗茎りんけいしゃ》は、そんな施設のうちのひとつだった。


 千客万来。有象無象うぞうむぞうに適者精鋭。

 入門希望者や細々とした相談・厄介事トラブルが押しよせ、対応を迫られる――そんな日常的な業務を処理する北の窓口との差別化が図られるなかにも、この建物は一般基準から外れる事例をあつかう部署として。組織の深部に隔離された正式な〝外来がいらい受付うけつけの本部〟というポジショニングで機能し、おとずれた賓客ひんきゃくの〝臨時の一時滞在場所〟〝待ちあい施設ラウンジ〟〝貴賓きひん室〟のようにも利用される。


 いささか軽度なもの、デリケートなもの、険難けんなん案件までをうけ持ち、問題の性質や進み具合・混雑状況によっては、経過処理を周辺施設に移行することもあったが、やんごとない一派、要人、貴人、さらには闇人の類系が持ちこむ事象は、一度はこの建物に持ちこまれ、対応・管理されるのが通例となっている。


 昨今さっこんは訪れる者もまばらになり、比較的安定した情勢がたもたれていたが――…

 過去に一時期は諸勢力の調整場所として、殺伐と混みあうこともあった場所である。


 大きな動きがなければ安穏として無用フューティリティ感もただようが、いつ何が変化するとも、勃発するかもわからないのが現実というもの。

 いまだ解決されぬまま、くすぶり続けている往年の問題も少なくない。

 対処したくてもなかなか手を出せない厄介な事柄というものも存在しているのだ。


 かたの子細や建物の意義存在価値がどうあれ。


 柔軟かつ臨機応変な対応を求められることから、自然、この部署には、そうおうの者――非常時には複数ともなるが、主に先導師陣老師――が常駐することとなる。


 しかし、あつかう事業の大半を北の施設に委譲いじょうし、新規あらたに持ちこまれる課題が一日に一件もないのが平素ざらとあらば、そこに配置された人間は(とうぜん)暇をもてあますことにもなる。


 まかされた者が自前の仕事を持ちこむことなく休暇気分でおよんでいるのんびり過ごそうとしているのであれば、なおさらだった。


 その本日の担当者はいま。

 建物の南東の部屋区画のテラスを陣どり、その日たち寄った姉弟を相手にしながら、悠々自適にくつろいでいた。


 ほどよい広さを具えたその露台を利用しているのは、かなり年齢層がばらついて見える男女が三名。

 かたよった位置に配置されているのは、こころもち小さめの六角テーブルだ。


しょうにあってるから、やっぱりこれ、本業にするべきだよな…」


 露台オープンテラスの片側。フェンスの縁に背中をあずけながらしみじみと告げたのは、ハシバミ色の目をした茶髪の若者。


 肩越しに外部へ向けられているその瞳孔は黒い。


 ともすれば十代ととられかねない未完成さも感じさせるが、じっさいは、二三を数える洒脱な風体の男子である。


 彼が手にしているのは、水……もしくは酒気だろうか?

 下手したて持ちに中の指と親指の二本で支えられているグラスは、透きとおった飲みものでなかば満たされていた。


 そんな彼の言葉を受けとめひろったのは、かなり小柄な十代半ば弱……十三か、せいぜい十四歳ほどに見える少女だ。

 ことりと。

 口もとからおろした紅茶カップを視界の先――テーブル上に手放し、

 ともなく。その動作をこなした右腕を自分の身にひきよせるような位置ににして横たえる。


「パルがそうしたいなら、いいんじゃない? 反対はしないわ」


 とりすまし肯定した少女の眼睛がんせい黒目瞳孔)は、青黒い。

 健康そうな黒い虹彩に純朴そうなきらめきを宿してもいる。


 囲むテーブルについて行儀よく姿勢を正し、したたかに心を武装している印象なのだが、その女子ものごしには、つけいる隙が多分に存在した。


 外見相応の頼りなさ・女性らしい繊細ナイーブさ・素地そじをすべて隠しきれてはいなかったので、意識しておちつきをはらおうとしていても、かなり背伸びしている印象なのだ。


「学生さんになにを言ってるの。講義は、ちゃんととって受けなさい」


 たしなめの言葉を発した残りのひとりは、漆黒の髪をアップにした見目みめうるわしい大人の女性。


 たしかな経験の蓄積ちくせきと気丈夫さが見いだせるその容貌は、とうに少女の域を過ぎていて、三十代もきわみ…――ともすれば四十不惑を数えることも憶測させた。

 しかし。

 その肌は、いぜんとしてろうたけたみずみずしさをたもっている。


 年齢不詳気味なその女性のよわいは、外側からたやすく見抜けるものではないのだろう。

 そんな彼女がそなえているのは、《天藍てんらん理族りぞく》に共通する――黒い虹彩に群青色の瞳孔。


 先の少女とも類似するその特徴は〝只人人間〟と〝闇人〟の類の混ざりもの。

 ――《亜人》である事実ことの証明にもなる。


 平素は余暇よかをもてあましがちになるこの建物にあって。

 この日のこの時間。業務を総合的ににな当番立場にあるのは、ほかでもない。その年長の彼女女性だ。


 この組織を導く先導師陣にも名を連ねるいち女子で、さきほど客人の声を、居場所を知らしめるように声をあげた女性ひと


 その名を〝マヒアグラシア〟といった。


 壁も距離もあるなかに、その彼女が遠方のやりとりを聞きとめられたのは、聴力の特殊さでもなんでもない。

 その役割を担う者が所持する法具装具による。


 持ち場を離れても、窓口付近で交わされる音をひろえる種類の利器。

 いま、彼女が右の耳たぶにめている白銀しろがね色にして矩形くけい装具アクセサリーは、曲げ伸ばし可能で、余力心力くわえれば、さして違和感なく肌に吸着させることも可能なタトゥシールにもなる品である。


 身に着けるポイントは必ずしも、耳や肌でなくてもよいので、利用する者の発想や気分によっては、私物に組みこみ、ネックレスやブレス、ピンブローチのようにあつかわれる。


 《法具》なので心力の充填じゅうてんなしには機能しないものだが、それを所持し動作させていることで、この建物の受付における音の収集が可能になるのだ。


 主に収音に特化してもちいられがちな盗聴器めいた小道具だったが、状況に応じたON・OFF可能な通話機能も備えてもいる。


 遠隔的に意思を伝えるには、その機能を作動させる必要が出てくるが……――

 彼女は、訪問者を案内するどころか、自分たちの居場所を明確に伝え導く知らせる手間まではぶいたのだ。


 見えない位置からの呼びかけで、こちらの所在を見当つけられるかどうか……

 無視しないまでも、そのへんの採択・行動判断。対応を相手に丸投げしたようなものなので、親切とは言えない。

 かなりな対応である。


 多忙を極めていたり、手が離せないという場面ではもちろんなく、多少、心力消費が進むとはいえ、燃費が壊滅的な極端に悪い道具でもない。

 彼女自身に活力心力の補充が叶わなくとも、必要となれば、に使える適当な使い手コマもあったのだ。


「でも、つまないんだ」


 マヒアグラシアにたしなめられた青年が、不服と主張を表情と声で表現した。


「覚えたいと思わないものは、頭に入らないよ。

 俺は、ガーデニングこっち(庭師)が天職だ。

 うちからはカレンが出ているんだから、もういいじゃん」


「兄さんがどうでも、パルには関係ないと思うけど……」


 聴かせるともなく呟やいたのは、背伸びしがちに年若な少女だ。

 次いで、少女のはす向かいの席をめていたマヒアグラシアが、再度たしなめの言葉をはなった。


「中途半端はいけないわ。こっちの手は、いつだって足りていないのだし……庭を整えるのにも、ここの知識は有用でしょう」


「半端って……俺が選んだんじゃないよ! 産まれた時からここにいるんだし。

 どんなものか、ある程度知らなきゃ選ぶなんて無理だ。

 なんかは、なんだかんだ言いくるめられて、その道、入るの、あたりまえみたいに押しつけられたしさ。

 トリーンは、後で迷わなかったのかって……あー…なんてって。聞くだけ無意味か…」


 〝トリ―ン〟と呼ばれた少女が、少し離れたところに立っている弟のようすをちらと見る。

 それは、いっけん十代半ば未満にしか見えない彼女の通称。

 正名の初めの〝カ〟の音が省略されて、日ごろ(から)多用されている愛称だ。

 ――正式名はカトリ―ンである。


愚問そうね。外に住んでいたら、明らかにはみだしていたもの。才能も活かすに活かせなかったかもしれない。

 本場にあって、ほどほど自由なのがいいんだよ」


 🌐🌐🌐


〔こっちに来るけはいがなさそうなのだけど……(どうするの)?〕


〔…。いいさ。こちらから行こう〕


 🌐🌐🌐


「〝ハイディス〟とか〝神奈備かむなび〟なら、ちびで、歳くっていても溶け込めるよ」


「パル……パルフェール。あなた、ちびって言ったね…(しかも、って……)」


 指摘された少女は、意図して対象の正名を名指しして強調したが、相手の青年は、けろっとしたものである。


「うん」


 たとえ年少者が、より年上に見えようと慣れ知った姉弟していかんのやりとり。

 くわえて弟の方は母親が異なるので、混ざりのない人間である。


「おまえは鎮めになりなさい」


「って、いきなりなに言ってるの。なれっていわれたって、そんなの、なれるものじゃ…」


「パートナーなんて、私が探しだして威しハナシつけてあげるわ」


「ぅわ…(コワイおっかない)」


「法印使いとして、一生、家にくしててなさい」


「庭師さんは、唯一の賛同者を無くしたわね」


「唯一じゃないよ。母さんも賛成してくれてる。俺にだって、選択する権利が……あ!」


 そこで彼、パルフェールが、こころもち身を乗り出した。

 視界のはしに変化を見たことで、そのハシバミ色の瞳の焦点が、あっちからこっちへ、こっちからあっちへと揺れ動く。


「マギー。――マギーが行かないから、お客さん、向こうからきたよ」


 マギーと呼ばれた彼女。マヒアグラシアは、近づきつつある客人をそう遠くない側面そくめんに意識しながら、すぐには注意を向けようとしなかった。

 対象がそこにあることを否定することもなく受け流し、気にかけるようすもない。


 足を運んだ現場の雰囲気から、それが目標と判断したのだろう。

 客人の筆頭。

 茶と白の斑頭をした年長者~男~が、そこでマヒアグラシアに視点を定め、低く抑えがちな音吐おんと声音こわね)を発した。


職務怠慢しょくむたいまんではないのか?〕

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