さして古くもない過去の常連 ~ その縁者 ~.2


 凹状おうじょうの台地として整えられている土地を、気のままに陣形を変えながら歩む一行があった。


 〝フォーメーション〟(陣形)といっても、臨戦りんせん態勢というわけではない。


 問題をおこさぬかぎり危険がないとされる一組織の本拠地。

 住人のプライベートエリアを内包ないほうしたその公共区画に侵入をはたした彼らは、ほかでもない。

 この組織に属さぬ〝よそ者〟だ。


 無断なので、誰に誰何すいかされないともかぎらない。

 ゆえに。それぞれ程度に差異のある警戒心を胸に、ポジショニングを変えながら目的とする場所をめざしていた。


 ひとりはただ、ひたすら前方を見すえ。

 ひとりは興味津々、視界にはいるものをいちいち注目しながら。

 そしてひとりは住人の動向を意識して、頻繁ひんぱんに視線をちらしてはせている。


 一行の主軸と思われるのは、五、六歳の男児を横抱きにした成人男性。

 さほどなく四十代にさしかかろうかという年代目鼻立ちの整った人物だ。


 こげ茶色の髪の中に数カ所、集中する状態に混ざりこんだ白髪が、気まぐれに組みこまれたヘアーエクステンション~エクステ~のごとき小粋な変化を演出して、厳格なようにも見えるその男の印象にいささか個性的ファンキー魅力若々しさえている。


 わずかに遅れがちになりながらも、彼のとなりを行くのは――人間であれば二十代なかばほどに見える小麦色の肌の女性。


 その真珠色の頭髪は、やわらかなおもむきのお嬢さん風にまとめられている。 

 長い総髪の毛先を内巻きかげんにねじり持ちあげ、側頭のきわに固定することで、おり返された部分をその側~右~の肩にゆだねた形状かたち

 目立たないピンや結紐ゆいひもで変化をつけながら丁寧ていねいに整えられている。

 主張がさほど強くないなかにも、そこかとない品位と華やかさを感じさせる髪型スタイルだ。


 さらに遅れたところには、十四、五歳くらいに見える子供。


 萌黄色の短髪をそなえたベリーショートの、すらっとした体型の子で、少女のようなおもざしをしているが、じっさいはどうなのか。


 合計、四名。


 いっけんには老若ろうにゃく、つけいるスキのない麗人の模範もはんのような一行である。


 そこそこ目をひくので、行く先々で衆目を引いたが、しかし。

 部外者それに侵入された側には、これといって大きな動き……混乱や動揺は生じていなかった。


 彼らを見かけようと、平素にうちそのままに受けとめ、どこかに報告に走ろうとする者もなければ、積極的に話しかけようとする者もない。

 せいぜいが、たわいない話題の材料とするところまでだ。


 判断の決め手は、いかにも〝わけあり〟っぽい組み合わせと、とくに助けを必要としてなさそうな対象の動きによるところが大きい。

 この《家》は、基本。騒ぎを起こさないかぎり、よそ者がまぎれこもうと不干渉なのだ。


 いたる方面から客人が訪れることがあたりまえになっていたし、

 そのあたりは、おなじ組織に属していても、必ずしもすべての人間が顔見知りではないという内部事情にもよる。


 そんななか。

 詮索されないのをいいことに先頭をゆく最年長の男が、ずんずん迷いのない足取りで進むので、連れ立つ女性と後からくる子の足は小走りになりがちだった。


〔どうして正面から入らなかったのこんなにまわりこむの?〕


中央に事業を受けつける正式な窓口がある。

 直接、家長いえおさたずねてもいいが……(いきなりへたに訪ねて刺激して、対応を渋られても困る。最低限の礼儀として)――いまはそこを目指す〕


 女性の問いに応じる男の茶色の瞳は、まっすぐ前方にえられていた。

 走りださぬまでも。答えるあいだも(気が)いている彼の足は、ゆるむことがない。


〔なんどか正門舎あそこから入ったことがあるが、どちらかというと、北のあれは入門者専用(の選別機関)だ。

 スカウトを兼ねる情報機関の支所サテライト・オフィスもあって問題を受けいれる機能も備えるあるが、用件によっては対応する面子めんつ・方針・背景が整うまで、かなり待たされる――(利用できると目をつけられれば、無用な粉もかけられる)。

 内容次第では、帰宅も勧められるしりぞけられもする


〔帰るわけにはいかないでしょう〕


〔うん。中央なかで話をつける。

 あそこなら――(いてなかったとしても)一蹴いっしゅうされることはないだろう。

 時間が惜しい〕


甥御おいごさんに声をかけないの?〕


〔あれは応じるか、わからない(この敷地のどこにいるのかも不明だ。指名したところで出てくるかどうか…)。

 頼っても、よけい手間どるだけだろう。

 むかしはおとなしい子だったんだが、ここに来て、性格がひん曲がってしまったからな〕


〔(その子のことは、あまりおぼえていないけれど……)こちらに取り込まれてとられてから、十五年くらいだった?

 虚弱だったからおとなしかっただけで、気質もとが〝やんちゃ〟だったのではない?〕


〔従順で素直な子だった…。粗暴な素振りもけはいもなかったのに、あぁはならないだろう――(契約相手に洗脳されたようなものだな。すましてはいるが、あの白い男~あれ~は、かなりの曲者だ。言葉なりは飄々ひょうひょう正々せいせいとしていても、表情に性格の悪さがあらわれる)〕


〔無用心ですね…〕


 ぽつりとつぶやいたのは、それまで口を閉じていた黄緑抹茶色の髪の子供若者

 瞳がその頭髪よりいくらか黄色味しぶみ感の抑えられた緑色をしている。


 発せられた声はボーイソプラノ調だったので、短髪ながら、女子と見まごう整いの造作をしていても、男子――なのかもしれない。

 そんな彼の歩む動作には外連味けれんみがなく、どこまでもさばさばしていた。


 はぐれぬまでも先を行くふたりから、ひんぱんに遅れをとっては、ちらり、ぐるりと、あたりに視線をはせる。

 あっさり侵入できたことのみならず、すれ違う者がいても見過ごされ、問いただされされもしない事実をいぶかっているようだった。


〔入るだけならやすいが、騒ぎを起こせば後手にも誰かが動く。

 ガードがかたいのは、北の《正門舎》の付近だけだ――(いっけん開放的に見えて、〝ゲート〟という雰囲気ではないが、……目につく障壁囲いもなく、前庭を備えた邸宅風味あの通りだろうとあなどれる場所ではない)。

 いっけん、手薄にも見えるが……あそこから入れば受け入れが成立するまで、おいそれと内部へは忍び込めなくなる~ない~――(おそらく、あの区画か受付で訪問個体よそ者が選別され、と特定されるようになるのだろう)。

 一度いちど出てから回りこんだら、また違ってくるのかも知れないが……。

 あそこが牢固けんろうだから、ここの守備はかたいと誤解されているようだ〕


 ふり向かぬまでも、後ろからくる同行者連れを意識した先頭の男が、さらに言葉を連ねる。


〔多方面から集まる子女をあずかる上で、このは、どうかと思うよ…――(そこのおかしな森もふくめ、人外はこの丘を嫌って寄りつかないという大衆の思い込みに甘えているのだろうが……。いざとなれば動くのだとしても住人の腕や自主性に頼り過ぎ~自信過剰~だろう。問題あることがわかっているのに放置しておくなど無用心うかつすぎる)〕


〔想像していたのと、かなり違う。街の繁華街みたいに、ごみごみ建物が林立してることを予測していたかと思っていた…

 自然な部分と……庭や空間がたくさん残されているのがいいわね〕


 微笑のもと。小麦色の肌の女性は、小気味よさそうに話したが、次いで口を開いた黄緑色の髪の少年(らしい子)の表情は疑念を帯びていた。


〔…こんなにこう…奥にあっては、窓口の意味がない気がします…。…(その受付うけつけには)から直接の動線があるのかな?〕


〔いや…(直線的なものはない)…。むかしは、この家も小規模なものだったというし。このような中くぼみの台地でもなかったようだ。

 《移動法印》は、この庭園付近に通じると聞くから、中の受付ものは、その方面からの対応をしゅとしているのだろう。

 さほど離れてない場所に、〝長の家〟もある〕


 中央に位置する組織最大の庭園を横断し、一、二段、高い位置に設計された小規模の円庭に入る。

 そこで、こげ茶と白の混ざったの男が、ふところの少年に視線を落とした。

 歩みを止めることなくたずねる。


〔ブラン、つらくはないか?〕


 壮年の男~彼~の表情が懸念けねんくもっている。

 そのかいなで、やっと思いを言葉にしているような、かすれがちな声がした。


〔…。いたいのは、いつもだから…(いまは、声がでるし…)〕


〔少しの辛抱だ。すぐ快復するほど都合よくはいかないだろうが、ここにはおまえの痛みをやわらげるすべがあるはずだ――(正直、頼りたくはなかったが……)〕


〔ここに……わたしのいとこがいるの?〕


〔そうだ。あれは産まれた時から身体が弱く、不安定な子だったが、ここに来て……まぁ、なんとかにはなった。

 性格が曲がってしまって、まだ、その類の問題も解決していないが、(これという知らせもないから)元気にやっているはずだ。

 おまえとは人の親子ほども歳が離れているが、根はいい子だ(と思う)から、仲よくできると思うよ〕


 一行が目指しているのは、凹状おうじょう構造をしている組織の敷地の、へこみ内部の西の端。

 《法の家》最大となる中央の庭園の真西にあって、一部、輪郭を重ねて存在する最小規模の《円庭》。

 いましがた彼らが足を踏み入れた区域の中央にある物件。


 天井ルーフも壁も、輪郭のすべてがごく淡い色調の朱鷺色に統一された六角形の建物だ。


 神韻縹渺しんいんひょうびょうとしていながら、白からほど遠くない朱という、その配色にかもしだされるものか、どこかかわいらしげなおもむきも感じられるその物件には、六方向から六ケ所。

 野外から屋内おくない中枢へいたる通路が存在していた。


 そこで一行は、進むほどに近くなった最寄りそのうちのひとつから建物の内部へと踏みこんだ。


〔(もしかして……)裏口だったりは……(する)?〕


 入るともなく。

 胸の内の迷いを口にしたのは、真珠色の髪の女子だ。


〔いや。《鱗茎ここ》は前から正面が定まらない構造こういった造りだ〕


 答えたのは最年長の男―—。

 

 彼らの視界を占めているのは、ごく淡い白濁したシェルピンクの壁面に挟まれた一本の道筋。

 床一面にはチャコールグレイの千花模様ミルフルール

 三人(+ひとり)で通るには、いくらかゆとりが感じられる暗色の動線経路が、一直線に伸びている。


〔…――《鱗茎舎りんけいしゃ》……たしか、応対を余儀なくする外部からの訪問者になぞらえ、《隣卿りんきょう》とも揶揄したいったと思う〕


 緻密に表現された床面の装飾のほかには、これと目につく造形もなければ、家具も棚も、窓口のようなしつらえも存在しない。

 ただ、その突きあたり。

 進めば行きつくだろう通路の終わりに、上面がガラス調に見える弧状のテーブルの一端(中がくり抜きの、円をかたどったカウンターテーブルの一部)がほの見えていた。


〔リセとやらが好んだ〝クロユリ´〟から来ているともいうな。

 建てられたのは、その創始(?)がってから、かなり後になってからだというが……。

 いま何部屋いくつあるのか知らないが、以前の建物~前~がそうだったように、ここにもうけられる空間をニンニク´や球根の類の鱗片りんぺんとこじつけて、来客・接待せったい用の部屋を区切っているのだろう…――(もしくは花弁はなびらだろうか? この構造にクロユリ´の鱗茎――無数の突起状のこぶがつどったような状態――を思わせるところはないからな…。通路の床にこまごまとした絵柄をとり入れようと、由来を言い続けるには類似点に欠ける無理がある……。初期の建物を囲んでいたのは、ヤマユリ´の類とも聞くし……)。

 以前からここは、感覚的に正面おもて裏手うらてがあるようでも特定されては存在してはいなかった〕


〔どこが受付うけつけなの?〕


〔うん。おそらく、向こうに見えているカウンター~あれ~だと思うが…(前の建物が、そんな造りだったようだし。どこから入っても、そこに行きつく通路のこの構造からしても……)〕


〔変な感じ。ここは、中の三つ~庭~の規制円から外れてるようなのに低いままなのね〕


〔うむ。いぜん訪問した時~当時~は、改築が進められていたが……完成したようだな…〕


 最年長の男は、そこでふと。わずかに遅れてついてくる黄緑色の髪の少年が、とぼとぼと、うつむきながら歩いていることに気づいた。


 その連れはこの《鱗茎舎りんけいしゃ》が置かれた土地に入ってから、いっさい、口を開いていない。


 もとから色白な子だが、泥水か洗剤でも飲みくだしたような、色あせた顔色をしている。

 伏せられがちな緑の双眸は、食い入るように歩みゆく先の床面に据えられていて、一歩すすめば、その分だけ先へ移動した。


 目の前のものを凝視して、たしかに目に映しているのに、その意識は異なるものに向けられているようでもあった。


〔どうかしたか? ジャイム〕


〔ここ…。千魔封じの丘来るとき通った土地とおなじで……。

 ふわふわして……地面に吸いこまれそうなのに、(けっして…)吸いこまれないような感覚をおぼえるので……。…………――(その土壌への境界が薄くて、距離的に近いからかな…? ……空域の高みから、地中深くまで…雲か……綿わたか蜘蛛の巣みたいな網目にやんわりおおわれているみたいな、空気の層があるようで、ないような…………おかしな感じが……)〕


〔…。わたしはなにも感じないが、《千魔封じの丘~その~》の上なのだろう。

 感じ方は違っても、人によっては、わかるそうゆうものらしいな〕


わたしもよ(土地の印象が変化したのはわかるけど、そんな風には感じない)〕


〔ブランは?〕


 たずねられた少年が、たずねた男~その~の腕の中で小さく首をふる。

 そうこうしているうちに、テーブルの前に行きついた。


 事実、そこが受付のようなのだが。

 応対する役割をおびた者が内側うちひかえるのだろうドーナツ状のカウンターが配置されているだけ空間には、人のけはいが感じられない。

 その〝あけっぴろげ〟なテーブルの内側や近辺に事務的な機能をそなえそうな小部屋のようなものもなく、静まりかえっている。

 どこを見ても、生きものらしい動く者の動きは感じられない。

 どうやら無人のようだった。


〔誰か居ないのか?〕


 最年長の男が、いくらか声を荒げた。


 すると、あらぬ方角。

 彼らが使った動線北東の通路からみて、六〇度から一二〇度近くも南だろうか?


 六つある通路をさかいとして、六方向。別室がもうけけられているとおぼしき方面から平和そうな女性の高音が返された。


〔はぁい。いまーす、よー〕


 こちら(の男)が、その向こうに届くほどさほど大きな声をあげたわけでもない。

 それなのに、どうやって聞きつけたのかどう伝わったのか…――いささか、距離がありそうなおもむきだ。

 感覚的には、南東。

 その方角に確認できる壁と扉のさらに向こう。

 建物の外角のあたりと思われた。


〔いま、こっちのテラスで、通りすがりの園丁ていちょうさんと、(その)お姉ちゃんとで、お茶しているところなのぉー〕

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