第23話 観測者

 それを目の当たりにした人々は、自らの視界を先ずは疑っただろう。それが本当に現実であるのかどうか——ということを、だ。

 さりとて、現実は現実——だ。まやかしや幻の類いなど使えるはずもない。仮にそれが出来たとして、どうやってそれを証明すれば良いのだろうか。そんなことでさえも、分かるはずもないのだから。

 出現した盾は、そのまま地面に落下する。しかし、それは垂直に立っていた。盾は重心的にそのままいずれかの方向に倒れてしまってもおかしくないはずだったのに、この世界の物理法則をさらに打ち破った、そんな形であった。

 理解し難い——そう多くの人々は思ったことだろう。

 しかしながら。

 それは、現実であった。

 例えそれを嘘っぱちだろうと、誰かが流布しようとしたとしても——多くの人々の目には、それが焼き付いている以上、紛れもない現実であるということ、その事実をねじ伏せることは、全くもって出来やしない。

 しかし。

 それが何に使う盾であるのかなど——そこまで頭が回る人間が居たかどうか迄は、定かではない。



◇◇◇



 再び、コックピット。

 心の中の空間——即ち、聡にとっての児童公園。


「盾?」


 少女は首を傾げながら、聡にそう問いかけた。


「攻撃をしたら感電をするということは……、守りながら進んでいけば良い。そう思ったんだよ。つまり、防御は最大の攻撃——とまでは言い難いのだろうけれど、先ずはこれで電撃を封じる」

「封じる、ったって……。それをしたところで攻撃は出来ないのでは?」

「いいや、出来るさ」


 確信があるのかどうかさえも分からない、その自信。

 今はともかく、それをするしかないと、聡はそう思うばかりだった。



◇◇◇



 オーディールが盾を手に取る。

 ずっしりと重量のあるそれは、それが防御だけに使えるものではないことを悟っていた。

 手は今もなお蠢いている。

 或いは、何時ここから少しずつ出てこようか、というタイミングを今か今かと待ち構えているようにも感じ取れた。

 しかし——それを許すことは出来ない。

 それを阻止するために、オーディールが居るのだ。


「……あのロボットは、やってくれるのか?」


 誰かが、言った。

 オーディールからしてみれば、米粒ほどの小ささしかない、ちっぽけな人類が。

 日々汗を流してお金を稼いで生活をしている、草臥れたスーツ姿のサラリーマンが。

 毎日の楽しい日々を過ごして、未来の明るさに何の疑問も抱かない、小さい子供が。

 日々の様々な家事を熟し続けて疲弊している中でロボットに出逢った、専業主婦が。

 一人一人が、そのロボットに——希望を抱いた。

 その希望は、一人一人はちっぽけなものであっただろうとしても。

 それが何人も集まれば——大きなうねりになるのは、最早疑いようのない事実だった。

 誰もが。

 誰もが。

 誰もが——オーディールに勝ってほしいと、そう願っていた。



◇◇◇



 オーディールは盾を持ったまま、動き出す。

 助走を付けて、何処かに飛び込もうといったそんな感じにも見て取れた。

 そして大きく跳躍し——盾で思い切りその腕を殴りつけた。

 怯んだ様子にも見えたその腕を人々は目の当たりにして、沸々と希望がわき上がってきていた。


「……これなら、行けるのか?」


 誰かの言葉、しかしそれは誰の物なのかはさっぱりと分からない。いずれにしても、誰かが発言したことであって、それが誰もが思っていたことであったのは、紛れもない事実であった。

 そして、何度も、何度も、何度も、何度も——盾を腕に叩きつけた。

 叩きつければ叩きつけるほど、腕はその抵抗を弱くしていく。少しずつではあるものの、体力が徐々に消耗しているのだ——それをまざまざと見せつけられる形であった。

 そして——その腕は完全に動きを止め、ゆっくりと出てきた扉へと戻っていった。



◇◇◇



 コックピット。


「……勝った、のか?」


 聡のコックピットであり、願望を叶える装置でもあった砂場においても、腕の消失は確認されていた。


「……消えたみたいね。間違いなく、紛れもなく」


 少女の言葉を聞いて、ゆっくりと一度だけ頷く。

 敵の消失は、オーディールにとっても作戦終了を意味する。

 よって、この空間もそう遠くない未来に消失する——ということを意味していた。


「毎回、思うんだよな」

「何が?」


 聡の言葉に少女は問いかける。


「……何故、こんなことをする必要があるのか、ってことに」

「自問自答する程度なら、それはそれで決行だけれど……。それをこちらにまで回してもらっては困るのよね。分かる? あなたの働きが、世界にどのような影響を及ぼすのか。少しはきちんと自分の役割というのを、理解してから話を進めるべきだと思うけれど?」

「……何だか、急に偏屈になったな」


 存外、それも致し方ないことなのかもしれない——等と聡は自己解決して、消えゆく視界を見ていた。

 そして、視界は完全に黒に染まった。



◇◇◇



 オーディールが戦って、敵を倒した状況を——誰かがモニター越しに眺めていた。

 モニター、というよりかは中空に浮かび上がっているホログラムに近い。


「……如何思う?」

「如何、って?」


 真っ白と表現するほかない、何もない空間には二人居た。

 一人は黒いローブに身を包み、その姿形が全く分からないようになっている。

 そして、もう一人は銀髪の少年だった。


「この世界における試練、だよ? それを全く分かっていない——とまでは言わないけれどさ、だとしてももっと色々と考えることがあっても良いんじゃないか?」

「例えば?」

「例えば——きみが気になるのは誰だったかな?」

「誰、ねえ……。ただまあ、でも、彼が一番気になるよね」


 指さした画面に映っていたのは、聡だった。


「やっぱり?」

「やっぱり——彼は特別なんだろう? まあ、『あれ』に乗ることが出来る時点で特別であることには変わりないのだけれども」

「まあ、そうなるね」


 会話は数瞬途切れた。

 少年は笑みを浮かべて——立ち上がった。


「何処へ?」


 ローブ姿の何者かが問いかける。


「ちょっと、視察に……ね」


 そして、少年はその場から立ち去った。

 ただ——それだけのことであった。

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