第19話 避難命令
……何というか、ちゃらんぽらんな人間だな、と聡は思った。しかし発言が全てダメであるというとそんなことはなく、かといって全て信用しきってしまうのも良くないような、そんな危ういバランスの上で成り立っている感じだった。
「さあさあ、食べないと冷めちまうぜ? どんな料理でも冷めると美味しくないけれどさ、チーズハンバーグなんてその極地にあると思うんだよね。ほら、溶けているチーズを食べている時は幸せで仕方ないのだけれど、それが冷めて固まってしまったら——あんまり良い気分にはならないよね」
「そりゃあ、まあ」
そうかもしれないけれど、と聡は思った。
「お待たせしました、ルーローハンになります」
次に店員が持ってきたのは、女性の分の料理だった。ルーローハンは、台湾で良く親しまれている丼料理だ。ほろほろになるまで煮込まれた角煮が特徴的である。ソースも醤油ベースというか、花椒などの香辛料もたっぷり入っていて、独特のニオイを放っている。
スプーンを取り出すと、それを一気に掬って口の中へと運んでいった。
咀嚼している表情が、恍惚としたようなそれで何処か見ていて恥ずかしささえ覚える。
「……どうしたんだい? 別に、変な表情をしているつもりはないのだけれどね」
「いや、ちょっとその……」
「美味しいご飯を食べているのに、美味しそうな表情をしないわけはないだろう? 周囲が見ていて、自分も食べたいなと思わせる——なんていうと、お店からお金をもらっているのか、なんて言われそうだけれど、まあ、そんなことはないのだけれどね」
「何処まで真実を言っているのですか?」
「さあ、何処までだと思う?」
質問を質問で返して来るのは、一番の悪手だ——聡はそんなことを考えながら、ハンバーグを口に放り込んだ。
◇◇◇
食事を終えて、ドリンクバーのコーヒーを嗜みながら、さらに二人は話を続けていた。
「何をしようたって、難しい話であるとは思うよ。わたしだって、あんまり未来のことを考えたこともないし、考えようとも思いやしなかった。考えたところで、自分には関係のないことって思っていたから」
「……はあ、」
終わりの見えない話し合いに、少しだけ聡は疲れてしまった。
逃げたくて逃げたくて仕方がなかったのに、逃げた先が夜中のファミレス。それも、見ず知らずの女性と一緒に食事をしている——正直理解し難い。し難いけれど、今はそれを受け入れるしかない。そう、聡は思っていた。
「まあ、難しい話をああだこうだと続けるつもりはないよ。少年、逃げたくて逃げたくって仕方がなかったんだろう?」
いきなり。
いきなり芯をつかれた発言をされ、目を丸くした。
油断していた兵士が、首元に剣を刺されそうになったのと、ちょうど同じ状態だ。
いつ殺されてもおかしくはない——というのは言い過ぎだろうが、しかしながらそれに近しい状態であることは、紛れもない事実だった。
「な、何ですか。急にいきなり……」
「別にいきなりその話をし出したつもりはないよ。急激な方針転換をするつもりはないからね。物事にはどんなものだって順番と手順が存在する。わたしはそれに則って話を展開していった……ただ、それだけの話」
「……何か、難しい話ばかりですね。直ぐには答えが見出せないような、そんなものばかり」
聡は少し達観したような様子で、女性にそう言った。
「そうかな? 子供には難しい概念ばかりであることは否定しない。けれど、これは誰しもが感じる日常の連続性を保ったままの疑問である——ということだね。それは、分かっておいた方が良いと思うけれど」
会話がちょうど途切れた——そのタイミングだった。
二人の持っているスマートフォンがけたたましいサイレンを鳴らした。
いや、二人の持っているものだけではない。ファミレスに居る客の全てのスマートフォンから、同じようなサイレンが鳴り響いていたのだ。
マナーモードだろうが関係なく鳴り響くサイレンは、最早この国に住んでいる人間であるならばそれが何であるかは、容易に想像出来た。
「……地震、ではなさそうですよね」
スマートフォンを手に取り、画面を見る。
そこには一つ通知が表示されていて、こう書かれていた。
——東京湾上空に、未確認生命体の出現を確認。該当するエリアにお住まいの方は直ぐに最寄りの避難所に避難して下さい。
◇◇◇
「遅かったわね、総司令」
雫が出動命令を受けてグノーシスに到着したのは、それから二十分後のことだった。
梓から皮肉交じりに声を掛けられた雫は、息を整えたのち、
「道が混雑していてもこの時間に辿り着いたことを褒めてほしいぐらいよ……」
「敵は?」
隣に立っていた瑞希が梓に問いかける。
「東京湾上空に扉が出現しました」
言ったのは松山だ。
「敵からの行動は未だありません。しかしながら、場所が場所です。もし海面に着陸しようものなら、大きい津波が発生し沿岸部に壊滅的な被害をもたらします」
「つまり……着地する前に敵を撃破しろ、ってこと? たった一人で? 何とも無茶を言うわね」
「そういえば、もう一人は?」
梓の問いに、雫は少しだけ表情を曇らせる。
「……目を覚ましたときには、部屋に居なかったのよ」
「パイロットの管理も、あなたの仕事であったはずだけれど? 雫」
「…………五月蠅いわね、分かっているわよ、それぐらい」
一息吸って、話を続ける。
「居ない人間のことを考えても、先には進まない。先ずは、居る人間だけで目の前のことを片付けましょう。……瑞希、行ける?」
「お茶の子さいさいよ!」
瑞希は直ぐに答える。
それを聞いて、雫は大きく頷いた。
「それじゃあ、作戦を考えるわ。先ずは、瑞希は現場に急行して頂戴」
「行きましょうか」
瑞希は萩に連れられて、そのまま会議室を後にしていった。
「……それにしても、本当に何処に行ってしまったのやら。色々と起きたから、オーディールに乗ることを怖がって逃げてしまったのかもしれないけれど」
雫の言葉には、誰も反応することはなかった。
そして、グノーシスは襲撃者に立ち向かうべく、動き始めるのであった——。
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