第三話 二人目のチルドレン One meets her
第9話 出勤
翌日。
思ったより寝付けた聡は、その寝付けた自分に驚きつつも、リビングへと向かっていた。
リビングでは、既に朝食を取り始めていた雫と目が合った。
「おはよう。良く眠れたようで何よりだよ」
「……自分でも驚きですね。枕を変えるとなかなか寝付けないこともあったのですけれど……」
「まあ、それぐらい疲れていたってことだよね。コーヒー飲む? インスタントだけれどね」
「贅沢は言いませんよ」
コーヒーの粉をマグカップに入れて、保温しているボトルからお湯を注ぐ。
直ぐにコーヒーの香しい匂いが、周囲に広がった。
直食のメニューは、ベーコンエッグとサラダ(キャベツとトマト、彩りに玉葱)、それにポテトサラダまでついてきている。パンは食パンではなく、フランスパンを少し厚切りに切ったバゲットみたいなものだった。既に雫が食べる分は焼かれていて、茶色い焦げ目がついている。
「パン派? ご飯派?」
「パンで大丈夫です。どちらでも良いですけれど、どちらかといえばパンというぐらいなので」
「あら、そう?」
そう言うと、未だ焼いていないバゲットをオーブントースターに入れていく。
適当に時間を決めているように見えるが、恐らくは長年の経験から決められた時間なのだろう——聡はそう考えていた。
トースターがチンと音を鳴らすと、焼き上がり。
お皿にそれを置いてくれた雫に、聡は頭を下げて感謝の意を表明する。
そして、
「それじゃ、いただきます」
「いただきます」
サクッ。
パンを一口頬張ると、ちょうど表面がサクサクになっていた。しかし、中身はもっちりとしていて、小麦の味や香りを感じられる。大抵パンにはジャムやバターを塗ることが多かった聡だったが、しかしこのパンは何も塗らなくても十二分に美味しい。
「……このパン、美味しいでしょう? 近くにあるパン屋さんがいつも焼いているのよねえ。なくなったら困っちゃうぐらい。まあ、このパン以外にも美味しいパンはあるのだけれどね。あんパンやカレーパンも美味しいし、サンドウィッチも美味しいんだから。食べるとはみ出ちゃうぐらいのボリュームで、多分お昼にそれを一個食べたら充分なんじゃないかな、ってぐらい」
「まあ、確かに美味しいですね」
「……何か反応薄いなあ。美味しいご飯を食べたのなら素直に美味しいと言って良いんだぞ?」
「美味しいですよ、凄く」
——父さんはこんな料理を朝から作ってくれることなんてなかったな。
聡はそんなことを思いながら、サラダを食べ進める。
ポテトサラダはマヨネーズの味が非常に濃かった。適当に潰されているジャガイモと相まって、ボリュームがある。他の具材は人参とハムだけという非常にシンプルかつスタンダードなポテトサラダだと言えるだろう。
「……なかなか、これを一人で作るのって大変じゃないですか?」
「まあねえ。でも、趣味ってもんがこれぐらいしかないし。最近は凝った料理を作るようになっちゃってさ」
「因みに得意料理は?」
「肉じゃがとカレー。カレーは香辛料から作るよ」
「マジですか。……想像以上に、凝っているじゃないですか」
まさかそこまでとは思わなかった聡は、勝手に感心していた。
食事を終えると、そそくさと雫は片付けを始める。
「そういえば、今日はまた出掛けるんですよね。何処へ?」
「急ごしらえだけれど、作戦会議を出来る場を設けたのよねえ。だから、そこに。それと、昨日話したのを覚えている?」
「?」
昨日は沢山色んなことが起こりすぎて、何があったのか聡は曖昧に覚えている程度に過ぎなかったが、
「……まあ、忘れているのも致し方ないか。今日は二人目のチルドレン、その子に会いに行くよ。彼女も暫くはここに一緒に住むことになるだろうし、仲良くしてよね!」
◇◇◇
今日も今日とて赤いスポーツカーに乗って東京の街を走っている。
最初は目立つものとばかり思っていたが、意外とこれ以上に目立つ車が多くある東京に、それが溶け込んでいた。
「……皆、忘れているみたいですね」
「そう? 日常を享受していると言えるんじゃない? 人々は、毎日のようにそれを全員が理解し続ける訳ではないのよ。そりゃあ最初の数ヶ月は、限られた人間は悲壮感に包まれるでしょうけれど。でも、大多数の人間は生活が大事だからね。それを、永遠に感じている暇がないという訳」
「そうですかね……」
「復興を進めているのは、紛れもない事実よ。今日も総理は臨時国会を開くと発表したし、これから昼夜を問わず忙しくなるでしょう。恐らく、オーディールの管轄も追々決まっていくことになると思う。総理直轄になるのか、自衛隊等に組み込まれるのか……。まあ、そこについては既に総理が先手を打っているけれどね」
「先手?」
聡は、カーナビに表示されているテレビを見る。
ニュース番組は常に速報を流し続けていて、どれが速報なのかさっぱり分からない領域まで陥っていたが、今何度目か分からない速報がテレビ画面に掲出された。
——日本政府、謎の襲撃者対策本部を米国と共同設置の方針。
「……これって」
「良く考えた話よね。米国と我々は一蓮托生と言っても過言ではない。強固たる関係で結ばれた同盟国よ。時折米国のいいなりになるな、等と批判されることもあるけれど、多分今回はこちらが先手を打ったのだと思う。米国も世界最強だけれど得体の知れない兵器を手に入れたからといって、これを戦争に用いるなんていう短絡的な考えはしないはずだから。幾ら、大統領が替わったからと言ってね」
「それじゃあ、ぼく達はこれから——」
「そ。政府直属の秘密組織になるって訳。名前までは知らないけれど——先ずは、組織の拠点に行って、そこで色々と説明をしましょう。きっと恐らく、もう彼女も東京に到着しているでしょうし、最初の出会いってのは何かと大事にしないとねえ」
そう言って、雫はアクセルを踏み込む。
東京の街を、赤いスポーツカーが駆け抜けていく。
◇◇◇
地下駐車場に到着して、そこから別の車に乗り換えた。
「地下鉄を使うんじゃないんですね」
「あれは首相官邸にしか直結していないし。色々と接続するとデメリットの方が強くなったりするんだって。わたしも面倒だけれど、それがシステムというのなら、致し方ないのかなって」
運転しているのは雫だ。
車だけを変えた状態である。
車は、黒いスカイライン。良くある車に変えたのは、恐らくカモフラージュの役割も担っているのだろう。
「……ところで、もう一人のチルドレン? ってどういう人なんですか」
「同い年の少女、ってのは聞いているけれどね。多分気が強いんじゃない? 福岡とか、九州の女性ってそういうイメージあるよ。あくまでも、わたしの近くに居る人間だけなのかもしれないけれどねえ」
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