第10話 研究

「……そうですか」


 雫の言葉を聞いて、少しだけ聡は落ち込んでいる様子にも見受けられた。

 雫も直ぐにそれが分かったためか、問いかける。


「どうしたの、急に落ち込んじゃって。もしかして気の強い女子は嫌い?」

「嫌い、というか……。ちょっと気が重いだけですよ」

「それが嫌いって言うんじゃないのかなあ。……まあ、良いけれど。これから一緒に戦うことになるのだし、しっかりと協力はしてもらわないと困るのだけれどね」

「協力?」


 聡は、雫の言葉を反芻する。


「だってそうでしょう? これからどうなるのかなんて誰にも分からない。けれど、オーディールが活躍するタイミングは、絶対に再び訪れる。この間みたいに単調な戦闘で終わるのならばそれで良いのだけれど、きっと相手も何かしら考えているに違いないのですからね」

「……でも、どうせ戦うのはこっちだ。放っておいてくれたって、」

「放っておいたら、どうするというの?」


 雫の質問に聡は答えない。

 正確には、答えられないというのが正しいかもしれない。


「……分からないです」


 とにかく。

 先ずは会ってみないと分からないのではないか——聡はそう自分に言い聞かせ、無理矢理話を終わらせることとした。

 ただ、それだけのことだった。



◇◇◇



 とあるビルの地下室に、雫と聡はやって来た。


「ここが?」

「そう。ここがオーディールのパイロットと、それに関連する人達を集めた場所。これから、総司令室になると言われているの。まあ、狭い部屋だと思うけれど」


 そう言って、雫はノックをして扉を開ける。

 扉を開けると、目の前に立っていた白衣の女性とぶつかりそうになった。


「あら」

「何があら、よ。雫、集合時間に五分遅れ。既にもう来ているわよ、彼女」

「ごっめーん。ちょっと道が混んでて」


「……彼が、適格者チルドレン?」


 女性は聡を一瞥して、雫に問いかける。


「まあ、そうかな。一応名前もあるけれど」

「……どうも、岩瀬聡と言います」

「名前は知っていますよ。どうぞよろしく。わたしは石狩梓。気軽に名前で呼んでくれても構わないし、格式張った呼び名が良いのだったら名字でも構わない」

「石狩さんは、どんな仕事を? 白衣を着ている、ってことは研究者か何かですか……?」

「それは少々ステレオタイプな気がするけれど、まあ、正解だね。わたしはここでオーディールと、扉の向こうに居た謎の生命体の研究をする。まあ、そうは言っているが実際に始めたのは今日からだし、未だ何の成果も得てはいないのだけれどね」


 梓はそう言うと、再び雫に視線を戻す。


「……ところで、もう一人の適格者は何処に?」


 雫の問いに、梓は一度頷いて、


「もう既に、部屋で待機しているわよ。連れてくる?」

「いや、良いよ。ただ、最初の出会いファーストインプレッションってのは、適格者同士でやらせても良いのかな、って」

「おお、確かに。アンタにしては冴えた回答じゃん」


 急に砕けた会話になったので、聡は目を丸くする。

 そして、直ぐに二人が親密な関係であるということを理解するのだった。


「それじゃ、案内するわ。ついてきて」


 聡は雫を一瞥する。

 雫はにこりと笑みを浮かべて手を振るだけだった。

 即ち、それは——それぐらい一人でやってきなさい、と無言で圧をかけているようにしか見えなかった。

 観念したのか聡は直ぐに諦めて、梓についていくこととしたのだった。



◇◇◇



 永遠にも近い長い通路を、梓と聡の二人は歩いていた。

 誰かとすれ違うこともなければ、薄暗い通路なのもあって薄気味悪さすら感じてしまう。

 そんな中沈黙を保っているというのは、あまりにも大変なことだ。


「……あの、」


 我慢しきれずに、聡が問いかける。


「何かしら」


 立ち止まることなく、梓はその言葉に答えた。


「さっき、研究をしていると言っていましたけれど……。具体的に、それはどういう成果を生み出そうとしているんですか?」

「良い質問ね。先ず、第一段階としてオーディールとその敵が何者であるかの解析を進めなくてはなりません。敵については、先日二人目の適格者が撃退した際に得られたサンプルがありますから、それを元に解析を進めます。それが何処まで行けるのかは、定かではありませんが。ただ、奇妙なことに人間のそれとDNAの構造が似ているのですよね」

「人間のDNAと?」

「ええ。人間は、この惑星にしか存在しない生き物。即ち、高い知能を持つ知的生命体はこの惑星にしか存在し得ない……。長い間、そう信じられてきました。けれど、今それが打ち砕かれようとしている」


 聡は、その言葉が空想にしか思えなかった。

 しかしオーディールとその侵略者は存在している——それは彼自身が最も理解していることを踏まえると、それも強ち空想とは言いづらいのかもしれなかった。


「……最終的には、どうするんですか?」

「さあ? オーディールの技術はこの世界にとっては垂涎ものだ。どんなことをしてでも欲しいと思う存在は出てくるだろうねえ。我が国もアメリカも解析はこれからだと思うが、きっと妨害は出てくるだろう。その技術さえ手に入れてしまえば、きっと世界のパワーバランスは大きく崩壊するだろうから」



◇◇◇



 扉の前に到着すると、梓はぽつりと呟いた。


「……予め言っておくけれど、彼女、ちょっと変わり者というか気持ちが結構ブレブレになることがあってね。そこだけは把握しておいてくれ。小難しいと思うかもしれないけれど、一緒に戦う人間同士、仲良くしてくれると助かる」

「それ、もっと早く言ってくれません?」


 聡の抗議もやむなく、扉は開かれた。

 扉の奥に広がっていたのは、小さな会議室だった。テーブルには六脚の椅子が置かれていて、そこには一人を除いて誰も座っていない。テーブルの上にはモニターも置かれているが、電源は切られており何も映っていない。

 そして、モニターに一番近い席に、彼女が座っていた。

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