第8話 一日の終わり
「……えっ?」
雫の言葉を聞いて、思わず聡は耳を疑った。
しかしながら、雫はそれを無視して、
「先ずはお祝いをしないとねえ。中華料理、大丈夫?」
「いや、まあ、大丈夫ですけれど……」
「よし、それじゃあ出発!」
せめてこちらの話を聞いてほしかったなあなどと思った聡なのであった。
◇◇◇
マンションの一階にある中華料理屋。
中に入ると、スキンヘッドの男が片言で挨拶してきた。
「いらっしゃい! あいや、今日は連れが居るねえ。子供?」
「んな訳ないじゃん。ルーローハンある?」
「あるよー。麻婆豆腐もあるけれど、どうする?」
「それじゃ、そうしようかな!」
「あいよ!」
夕方ということもあり、お店は混雑していた。
オーディールのパイロットであるということを隠さないといけないはずなのに、このような場所に居て良いのだろうか——などと聡は考えていたが、
「さあさあ、先ずは乾杯と行こうじゃないか。あ、ジュースで良いよね。カルピスってあったっけ?」
「あるよー」
「じゃあ、それで! わたしはビールを頂戴」
因みに、車は既にマンションに仕舞ってきているため、仮に酒を飲んだとて問題ないことは事実だ。
直ぐにカルピスとビールのジョッキが運ばれてきて、二人の前に置かれる。
「はい、お待たせ!」
「ありがと! それじゃ——」
二人はジョッキを持って、それを少しだけ掲げる。
「かんぱーいっ!」
雫の言葉を合図に、二人はジョッキをカツンとぶつけた。
ごくごくごくっ。喉を鳴らす音がする。
ジョッキの三分の一程度飲み終えたところで、漸くジョッキと口が離れた。
「くうううっ! やっぱり仕事を終えた後のビールは最高だねえ」
「……そうですか」
「子供には分からないだろうねえ。あと数年といったところかな。ってか幾つだっけ?」
「十六歳です」
「ということは高校生か。学校は……まあ、暫くは難しいかなあ。やっぱりなかなか出歩けないしね。一応工面してくれているから問題ないと思うよ。ただまあ、通信教育に近しいことはしないといけないと思うけれど」
「それは、出ることが出来ないから?」
「青春を過ごすことが出来ないのは、酷く残念なことだとは思うよ」
店の喧噪と打って変わって、話のテーマは重い。
まるで二人だけをどこか別の空間に置き去りにしたかのように、音が遠くに聞こえていた。
「……だけれど、こればっかりは意地悪かもしれないけれど、許してほしいとは思わないけれど、きみが戦うということは多くの人々の日常を救うと言うこと。それは分かってほしいな」
他愛もない会話をして、笑い話をして、美味しいご飯を食べて、過ごす。
これがどれほどに普通で、けれどもどれほどに贅沢であるか。
聡は、分かっていた。
「……分かりました。もしかしたら、決心は揺らぐかもしれないけれど」
「それで良いの。今は、ね。先ずは、美味しいご飯を食べてゆっくり休みましょう。それぐらいしたって、罰は当たらないから」
そうして、彼らもまた店の喧噪へと溶け込んでいくのだった——。
◇◇◇
首相官邸。
「……どうお考えですか、総理?」
総理に挨拶に来た客人は、ネクタイもジャケットもしていない、袖を捲っている非常にラフな格好だった。
総理——光雄は幾度か頷くと、
「致し方在るまい。人々の日常を守るためだ。世界に存在しない技術を出されて、それしか勝ち目がないと分かってしまうのならば、全力で守らねばならないだろうよ」
「国連が黙っていませんよ」
「既に、常任理事国からの問い合わせも来ている。しかしながら、アメリカにもオーディールが来たことが救いだった。我々の援護射撃をしてくれている。とても有難いよ。ともあれ、それが何時までも続くとは思えないがね」
「オーディールを奪うために、戦争になる可能性だってあります」
「分かっているさ。でも、国民の平和を守るために、オーディールが居る」
「得体の知れないロボットに、この国を預けるというのですか」
「二人目のパイロットは、明日には東京に来ると聞いているが?」
光雄は話題を逸らす。
そして、それが会話の終了であると理解した男は、致し方なく話題を切り替える。
「——ええ。明日の朝には、こちらに到着します。ぐっすりと眠っていると言いますよ。致し方在りませんからね、いきなり訪れた非日常、得体の知れない現実とどう転ぶか分からない未来……。自分がその立場だったら、とっくに耐えきれません」
「引き続き、頼むよ」
「それがわたしの仕事ですから」
そうして、会話は終了した。どの記録にも残されることなく——秘密裏に。
◇◇◇
マンションの一角、そこに雫の家がある。
その一室に、聡は自室を設けることが出来た。
「扉に鍵はかけられないけれどねえ。それぐらいは許してほしいかな。ま、あんまり気張っていくのも良くないし、ゆっくり休んでね。明日も明日で、また官邸に向かうことになるからさ」
そう言って雫は扉を閉めた。
部屋の中心には段ボールが四つ。恐らく父親経由で送られた彼の荷物だ。
「こういうことは早いんだな……。よっぽど居てほしくなかったのか」
布団は既に敷かれている。先ずは、布団に横になった。
どっと疲れが出た。
今日起きたことだけでも、ぐるぐると頭が回ってしまう。
謎のロボット、オーディールとの出会い。
扉の向こうからやってきた侵略者の撃退。
そして、自分に課された使命。
「……何だか、良く分からないよ」
聡は独りごちる。
その声は、誰にも届かない。
そして——気付けば、彼は目を瞑り——夜の世界へと沈んでいくのだった。
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