第25話 出張
「とは、言うけれどね……」
会議を終えた雫は、一人休憩室に居た。
休憩室と言っても、自動販売機が一台と数脚の椅子、それに窓側に面して設置されているカウンターテーブルが一つあるだけの、非常にシンプルな構成だ。窓から良い景色が見られるかと思いきや、外からの盗撮を避けるために道路に面した場所にこの休憩室が設置されていないこともあり、見える景色は中庭ぐらいだ。その中庭も良い景色かと思いきや、そんなことはなく、一本の松の木が生えているだけに過ぎない。
一応中庭にはベンチが設けられており、そこで食事をすることも出来なくはないのだろうが、雫が勤務している何年間で見たことはなかった。
「しかし……あれは本当なのか?」
雫はさっき聞いた話を思い返してみる。
確かに、この国の立ち位置は歪なものだ。
アメリカに庇護されている国であるし、憲法にも自ら攻撃できるとは明記できていない。あくまでも反撃をすることはできるとしか明記されていないからだ。
そうある以上、攻撃手段を自ら作り出すことはなかなか難しく、海外から購入することばかりで防衛費が増大蛍光みあるのは、半ば致し方ないことなのかもしれない。
「しかし……何故このタイミングで最終テストを?」
人型ロボットの最終テストが、オーディールが出現してすぐに実施される——はっきり言って、全くの偶然だとは思えない。
「何か裏でもあるのか……? わたしにわざわざ見にいけと言ったことも、きっと何か真意があってこそだ」
そうでなければ、意味なく命令するはずがない。
「とにかく、向かうしかないだろうな……。面倒臭いが、司令の仕事は全て副司令に依頼することにしよう。あいつが何を言ってくるか、今からでも少々末恐ろしいところがあるのだけれど」
松山副司令は仕事に忠実ではあるが、文句を言う性格だ。いつも一言文句を言ってから仕事を始めるので、こちらとしてはあまり気分の良いものではない。まあ、全員にそれを言っているわけではなく、言える人間にしか言っていなさそうではあるのだが。
ともあれ、仕事は仕事だ。
これから松山副司令に仕事を投げつけたら何と言われるだろうなどと思いながらも、雫はスマートフォンを手に取った。
◇◇◇
結論から言うと、引き継ぎはあっさり終わってしまった。
「こんなあっさりと終わってしまうとは……」
スーツケースに洋服を詰め込みながら、雫は先程のやり取りを思い返していた。
松山副司令は、最初雫が何を言いたいのかさっぱり理解できなかった。
しかし雫が何度か言っているうちに、状況を飲み込めてきたらしい。
「……仕事をサボりたいがための、方便じゃないってことですか?」
「仮に方便だとして、すぐバレそうな嘘を吐くか?」
松山副司令は首を傾げて、
「そうだとしても、嘘を吐くのが人間だと思いますけれど?」
「そりゃあまあ……、嘘を吐く程の知能があるとでも言えば、それまでなのだが」
「とにかく! 理解しましたよ、何かやらないといけないってことぐらいは」
「流石にあまりにも適当すぎないか?」
「そうですかね? まあ、上の人間がああだこうだと言ってきたことなら、素直に従っておいた方が身のためだと思いますけれど?」
「……もういいよ、分かったよ。何かあれば連絡してくれ。それでいいな?」
そうして、時系列は再び最新へと戻る——。
「とはいえ、数日も居る訳じゃないしなあ」
スーツケースに詰め込んだのは、ざっくり三日分の洋服だ。
「これだけ詰め込めば何とかなる——なんて思っていたけれど、普通に考えて一泊二日が妥当だよなあ……」
分かってはいる。
分かってはいるのだが——。
「あんまり考えていても仕方がない、か」
空に、部屋に、そして自らに——気持ちを鼓舞するためだけに言う、分かり切ったフレーズ。
そのフレーズを口にして、雫は呟く。
「大は小を兼ねるというし、まあ、これで良いかも。……ええと、目的地は何処だったっけ?」
雫は先程もらったメールの本文をもう一度確認する。
「………………飛行機乗るの?」
全くもってそんなことは想定していなかったのか、雫は目を丸くしたのだった。
◇◇◇
翌日、雫の姿は沖縄にあった。
沖縄の気温は東京のそれと比較してはならない。最低でも十度程の差があり、東京ではジャンパーを羽織っていたのに、沖縄に着いたら暑くて使わなくなってしまう、みたいな話になってしまうぐらいだ。
ゆいレール那覇空港駅の改札で待ち合わせることとなっていた雫は、仕方なくそこで待つこととした。
ゆいレールは沖縄唯一の鉄道と言うこともあり、観光客から市民から大勢の人々が改札を通過していった。唯一の鉄道だから有人改札でも使っているのかと言われるとそんなことは全くなく、ICカードも使えるようになっているし、普通乗車券もQRコードを端末に読み込ませることで改札を通過することができる仕組みだ。いかにも現代的、と言った感じと言えるだろう。
「……に、しても」
待ち合わせ時間はもうとっくに過ぎているはずにも関わらず、相手がやってこなかった。
雫は苛立ちと心配を重ね合わせたような独特の不信感に苛まれながらも、待つしか手段がないため、致し方なく忠犬ハチ公よろしく待つことにした。
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