第26話 イキマ島
どれぐらい待っただろうか——雫は那覇空港のカフェで休憩していれば良かったのではないかなどと思ってしまうぐらいだったが。
「お待たせいたしました、天代雫様ですね?」
スーツ姿の女性だった。それは雫も同じ格好ではあるのだが、一年を通して温暖な気候であるこの沖縄において、いわゆるフォーマルなスーツ姿というのは目立ちがちだ。
「……あなたが?」
「はい。わたしが今回『実験』へご案内いたします……不知火と言います。どうぞよろしく」
「あ、ああ……。ところでここからはどうやって?」
「申し訳ありませんが、もう一度空港に入っていただきます」
「え?」
「だって、そうでしょう? わたしたちがしようとしていることは、一般人には見られてはならないこと……。つまり、そこには簡単に立ち入れないようにする必要があります。山奥では音が聞こえてしまうでしょうし、自動車や徒歩で簡単にアクセスできてしまう。では、それを排除するためにはどうすれば良いか? 答えは、火を見るよりも明らかですよね」
「……孤島、か」
それも、絶海の孤島。
確かにそれならば陸路のアクセスは遮断できると思うけれど、飛行機はダメなのでは? と雫は思った。
「まあ、正直完全に遮断することは不可能ですね、このインターネット全盛期では……。けれども、それを敢えて逆手にとってやってみようというのが今の時代です。天代さん、あなたは疑存島についてご存知ですか?」
「疑存島?」
「……一度はその存在が信じられ、海図などに掲載されたこともあるのですが、結果的に存在しないと分かった——そんな幻の島のことを言います」
「幻島か……。ゲームとかアニメとか、そういったフィクションでしか聞いたことがないけれど、それが実際に存在する、って?」
それは定義として外れてしまう——或いは矛盾してしまうのではないだろうか。
雫はそう考えていると、さらに不知火は話を続ける。
「そうですね。ですけれど、この島というのは、実際に存在していても地図の上では存在しないようにしている——一種の隠し要素とでも言えば良いでしょうか」
「隠し要素?」
それを言うならカモフラージュではないか、と雫は思った。
「とにかく、今からわたしたちはその島へと向かいます」
「どうやって?」
「簡単に言えば、飛行機です。正確にはヘリコプターですけれど。一応カモフラージュしているわけですから、そう簡単に島の中には入れない仕組みになっているので」
◇◇◇
ターミナル内には、自家用機が乗り入れることができる小さなヘリポートがある。
雫はこんなにも早く那覇空港を旅立つとは思ってもいなかったので、なんとか最後の抵抗としてポーク玉子おにぎりを幾つか購入しておいた。目的地がどういう場所であるかは分からなかったとしても、きっと食事をできる場所ぐらいは用意されているはずだろう——などと勝手に解釈したのだ。
「まさかこんなに早く沖縄を出るだなんて……」
エメラルドグリーンの海を眼下に眺めながら、雫はポツリと呟いた。
「まあまあ、今から行く場所も十分海は綺麗ですから」
「そうは言うけれど……」
「それとも、仕事そっちのけで遊ぶ算段でも立てていたのですか?」
雫は不知火からそう言われて、一瞬停止する。
「い、いやあ……そんなことは……考えていないけれど、ね? でも、沖縄に来た以上は、ちょっとばかし観光のことを考えたって良いじゃない……?」
「あー……。やっぱり本当に考えていたんですね。まあ、別に良いのかもしれないですけれど」
不知火がそう言うと、タブレットのスリープを解除した。
「これから向かうのは、かつて池間島と呼ばれていた島です。池間島自体は実際に存在していて、人も住んでいます。けれど、存在する方角が違う場所に、もう一つ『池間島』が存在する——それを分けるために、現地の方言ではイキマ島と呼ばれています。その島へ向かいます」
「でも、地図の上では存在していないんだよね?」
「ええ。地殻変動によって消滅した可能性も完全に消失した——今では都市伝説、或いは出鱈目のいずれかに数えられている島です。……表向きは、ですが」
ヘリコプターの右側には何も見えない。
「でも、どうやって見えないようにしているの? 衛星を誤魔化すのはできるとしても、実際の飛行機はできないはずよね」
「光の屈折はご存知ですか?」
いきなり物理の質問をされて、雫は首を傾げる。
「そりゃあまあ……。物質の境界面で光が折れ曲がることよね? それによって実際に存在する場所とは違う場所に見せかけることもできる——陽炎が良い例よね」
「ええ。では、それを利用して……三百六十度、存在し得ないように屈折率を調整することができるとしたら?」
雫は目を丸くする。
「そんなこと、できるはずが…‥。第一、航路のコントロールなんて」
「できますよ。軍事関連施設があるから航路を規制する、とでも言えば良いのです。そうすれば、絶対に民間機は立ち入ることはしません。立ち入ることをするのは、我々のようにイキマ島のことを知っている人間か、完全に迷い込んでしまったかのいずれかです。まあ、後者になってしまった場合は、記憶を消去することもできますけれどね」
「……いつの間に、この国はそんな技術を手に入れたんだ? まるで、オーバーテクノロジーじゃないか。未来人にでも技術を教えてもらったかのような、」
「まあ、それは追々。と言っても、わたしもそこまで詳しくは知らないのですけれど」
一瞬。
ほんの一瞬、何かを潜り抜けたような——そんな感覚に陥った。
そして、その刹那、ヘリコプターの右側に——小さな島が姿を見せる。
驚きで何も言えなくなった雫に応えるように、不知火は言った。
「ようこそ、天代雫さん。我が国の最新鋭技術、その開発拠点であり最前線である秘密の孤島——イキマ島へ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます