ラストエデン

巫夏希

第一話 扉からの来訪者 Absolutely connection

第1話 少年は少女に出逢った

 東京、秋葉原。

 サブカルチャーの街と知られるこの街は、何時訪れても多くの観光客でごった返していた。


「暑い……」


 少年は、歩行者天国を歩いていた。

 目的は、発売日を迎えた大好きなゲームを買いに行くためだ。

 土曜日にならないと秋葉原まで行くことが出来なかった。彼の住む家の周りにはゲームショップもなければインターネットで買うという行為も出来なかった。彼一人で生計を立てていないからだ。

 いつも、ここは混雑している。

 何時になってもこれは終わることがなく、永遠に続くのだろう。

 世界では、何時になっても紛争が続いている。

 さりとて、全ての世界が戦争に巻き込まれているのかというとそうではなく、彼の住む国のように、束の間の平和を享受している場所だってある。


「——月並みだけれど、平和が何時までも続くなんて、幸せなことなんだろうな……」


 思いながらも、目的のゲームショップへと向かっていく。

 いやに太陽が眩しい、そんな日常だった。

 ——刹那、轟音と砂煙が少年の視界を包み込んだ。



◇◇◇



 ——自衛隊のその日のレポートより。

 突如空より謎の物体が落下した。

 秋葉原上空には飛行機の存在も航空機の存在も認められず。

 当然ながら、Jアラートや国民保護サイレンも鳴ることはない。

 落下した物体は、直径三メートル程の球体だった。白い球体で、所々線が描かれている。概ね、その線は機械的な意匠であると判断した。

 それが何であるか、自衛隊の誰もが分からなかった。

 しかし、振り返れば、それが何であるか分かるはずもなかった。



◇◇◇



「ごほっ、ごほっ……。い、いったい何が……」


 少年は、倒れ込みながらも自らの状態に驚いた。

 耳をつんざくような轟音を聞いてもなお、その身体に何の異変もなかったからだ。

 砂煙が晴れる。

 目の前に居たのは——一体のロボットだった。


「……えっ?」


 まるで、アニメーションやゲームの世界。

 そんなフィクションでしか見たことのない、ロボットが目の前に居る。

 人の形をしたそれは、所々流線型のボディになっている。角張っている箇所もあり、それは人間のそれとは確実に異なるものとなっている。

 全体的な色は白になっている。所々継ぎ目だろうか、線が描かれているそれは——紛れもなく、人間の形を作り出していた。


「ロボット……?」


 どうして、少年の目の前にロボットが居るのか。

 彼自身、その意味を全く理解出来なかった。

 いや、理解出来るはずもなかった。

 ロボットは、動くことなくただ少年の前に立ち尽くしている。

 まるで、電池が切れているかの如く。

 まるで、人形であるかの如く。

 まるで、作り物であるかの如く——。

 少年が呆気にとられていると、炭酸の抜けたような音が聞こえた。

 数瞬遅れて、それはロボットの胸部が開かれる音であるのだと、少年は気付いた。

 開くのを、ただ見つめる。

 危険だと思わなかったのか?

 逃げるべきと考えなかったのか?

 ……分からない。

 分かるはずもない。

 恐怖よりも、興味が勝っていた。

 開ききると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。

 無にも近しい、永遠にも似た、闇。

 或いは形容しがたい何か。

 考えても、考えても——その先のことを直ぐに考えることは出来ない。

 しかしながら、ここで立ち止まるのもどうかと考える。

 気付けば、少年の足は前に出ていた。

 一歩、また一歩。

 登って登って、穴の前まで辿り着いた。

 少年の視界に広がっていたのは——眠っていた少女だった。

 長い白髪をした少女は、まるで白磁のような透き通った肌をしている。目を瞑っているが、死んでいるのではないかと疑ってしまう程だ。しかしながら、微かに息をする音が聞こえているのを考えると、それは杞憂と考えるほかないだろう。

 無機質なロボットの中に居る、眠っている少女。

 その対比は、驚きを持って迎えるほかない。


「……あの、」


 少年は声を掛けた。

 恐れを知らないのか、或いは興味に負けてしまったのか——それは少年自身にしか分からない。

 しかし、一度の呼びかけでは少女は目覚めない。


「……起きてください」


 少年は、肩に触れる。

 すると、少女は目を開けて——、


「……うにゃ? 眠っていたのかな……。どれぐらいか覚えていないけれどにゃー」


 ……見た目とは違うファンシーな口調だったので、少年は面食らってしまった。

 しかしながら、少年はさらに話を続ける。


「え……えっと? どうしてこんなロボットに乗っていたんですか?」

「オーディールのことかにゃ?」


 オーディール。

 このロボットは、そういう名前らしい。


「本当はこちらの言葉で色々な名前があるのだけれど、近しい名前に言い換えるとオーディールっていう言葉が最も適切なのにゃー」

「言い換える。こちらの言葉、って……」


 分かってはいたのだろうが、しかしながら考えたくはなかったのだろう。

 今少年が入っているロボットと、目の前に居る少女は——別の世界からやって来た存在であることに。


「……何だか分かっていないようだけれど、でも、キミは運命を感じているんじゃないかにゃ?」

「…………えっ?」

「オーディールに魅せられた人間は、そのままこれを動かす依代になる、のにゃ!」


 ズズン、と地響きが聞こえた。

 地震かと思ったが、揺れている様子は全く見られない。


「おやおや。あんまりにも早いみたいだにゃ? それじゃ、先ずはチュートリアル? とやらをやってみるのにゃ!」


 刹那、少女は少年の腕を取り、思い切り身体を引き寄せる。


「う、うわっ!」


 少年はそのまま身体を預ける形となり——少女に抱き寄せられた。

 形容しがたい甘い香りと、柔らかい感触——少年は赤面しながら、少女の方を見る。


「恥ずかしがっているのも、今のうちだにゃー」


 扉は閉まり、空間は完全に少女と少年のものになる。

 同時に、白い壁が徐々に透けていき、外の空間が視認出来るようになっていった。

 少年の目の前に広がっていたのは——扉だった。


「……扉?」


 正確には、空が開けている状態になっている。両開きとなっているそれは、まるで空に壁を造り、そこに扉を造ったかの如く。そして、扉の向こうに広がっているのは——漆黒だ。

 しかし、漆黒の中から、何かが落ちてくる。

 扉の向こうは、重力という概念が存在しないのか浮遊しているように見える。

 しかしながら、この世界には重力が存在する。

 まるで、こちらの世界に引きずり込まれるかのように。

 ゆっくりと——ゆっくりと——落ちてくる。


「あれは……何なんだ?」

「扉だにゃー。それも分からないのかにゃ? 偶然か必然か、詳しいことはあんまり言わないけれども、繋がってしまった二つの世界を繋ぐ扉、って訳だにゃー」

「いや、言っていることがさっぱり分からないけれど……」

「つまり、」


 少女は、頭上を指さして呟く。


「——これから倒すべき敵、ってことかにゃ?」


 直後、大きな爆発音とともに、扉から巨大な手が少しずつ現れ始めた。

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