第6話 観測者サイファ

 定員は三十名程度と思われる、非常に小型な車体に乗り込んだのは僅か七名だった。正確には運転手も居るはずなので、プラス一名で八名か。それでも定員の半分にも満たない。

 内装は普通の車両と同等で、ロングシートになっている。しかし座ってみると非常に低反発であり包み込まれるような感覚さえあるぐらいだ。


「この路線は、何処にも繋がっていないんですか?」

「正確には、営業している路線には接続していない、という話だ」


 もう一人のSPが聡に言った。


「簡単に言えば、車庫や留置線といった、鉄道関係者しか知らないような路線に接続されている。だから、鉄道好きな人間には分かるはずもない。密告する人間が居なければ、の話だがね」


 ガタンゴトン、と電車が動き出す。

 本来であればご乗車ありがとうございます等と言ってからアナウンスが開始されるのだろうが、それもない。ドアの上に取り付いているLCDも電源が落とされているのか、真っ暗だ。


「……ここまでしないと会えない人間って、誰なんだ?」

「我々は、それをこの場では言えないことになっています。……しかしながら、あなたがあの巨大ロボットに乗ることが出来た、ということ……それは大きく関係しています」


 まあ、そうだろう。

 そうでなければ、呼ばれる理由が全くもって思いつかない。

 三分程走ったところで電車はブレーキをかけ始め、徐々に減速していく。

 そして、緩やかになっていき、やがて小さなホームの前に停車した。

 ドアが開かれ、SP達は立ち上がる。


「それでは、行きましょうか」


 それに従うように、聡も立ち上がった。



◇◇◇



 ホームから出る扉を開けると、直ぐ目の前にエレベーターが出現した。


「こっちはエレベーターなのか……」

「ええ。このホームに直通させる必要がありますから」


 エレベーターに乗り込み、三階のボタンが押される。

 三階に到着すると、目の前にまた別のスーツ姿の男が立っていた。しかしながら今まで同行していたSPと比べると、些か線が細い。


「ご苦労だった。後は、わたしが引き継ぐ」


 SPはその言葉を聞くと無言で頷き、しかしエレベーターからは出ようとしなかった。


「どうぞ、向かってください」


 SPの言葉を聞いて、聡は言われるがままに外に出る。


「お待ちしておりました。さあ、総理が待っております」

「総理?」


 男の言葉を反芻するが、しかし男はその疑問に答えてはくれない。

 男は方向を九十度回転し、廊下を歩き始める。

 聡はそれに同行することが、唯一の最適解であると考え、それに従うこととした。



◇◇◇



 廊下の突き当たりにある一室、その扉をノックしてから男が入る。

 聡も入ると、その部屋の奥には、テレビで良く見る顔が出迎えていた。


「ご苦労様。これから彼と大事な話があるので、暫し二人きりにさせてくれるかな」

「ですが……」

「頼むよ」

「はっ」


 一度は否定したが、押し切られてしまい、男は直ぐに部屋を出て行った。

 目の前に居る見知った顔こそ——この国のトップたる総理大臣であった。


「そこのソファに腰掛けてくれたまえ」 


 部屋の真ん中には、大きなソファが二脚と、テーブルが置かれていた。テーブルを挟み込むようにソファが配置されている形だ。

 ソファに腰掛けると、聡の目の前にいきなり一人の少女が出現した。

 本当に、音もなく忽然と。


「……もう居なくなったかな?」

「ああ、だから出てきてもらって構わないよ。寧ろ、そうでなくてはならないからね」


 そう言って、男はソファに移動し、少女の隣に腰掛ける。


「はじめまして。わたしは城島光雄だ。ご存知の通り、この国のトップ……総理大臣を務めている」

「はじめまして。ぼくは、」

「岩瀬聡くん、だろう?」

「……どうして名前を」

「それはわたしが伝えたからだよ」


 言ったのは、隣に座る少女だった。


「えっと……?」

「頼むから、紹介をしてから話をしてくれないか? そうでないと、あらぬ疑いをかけられる」


 光雄が溜息を吐いて、少女に言った。


「ああ、そうだったねえ。わたしの名前は、サイファ。だから、きみもサイファと呼んでくれると嬉しいかな」

「……もしかして、彼女はオーディールと一緒に?」

「勘が鋭いな。そして、それは正解ではあるが、厳密には少し違う。彼女は、あのロボット——オーディールよりも若干早くやってきた。そして、わたしに予言をしたのだよ。ロボットがこの世界にやって来て、滅びをもたらす者に鉄槌を下すだろう——と」

「……良く信じましたね?」


 光雄の言葉を聞いて、聡は正直に感想を述べる。

 それを聞いた光雄は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、暫しフリーズしたのち、豪快に笑い出した。


「あっはっは! 確かにその通りだ。だが、信じた理由があるのも間違いではない。彼女は幾つかの予言を言った。数日以内に起きるであろう確定的な未来と称して、ね。そしてそれは全て実現した。本来コントロール出来るはずのない天候や人の生死でさえも、だ。そうもされてしまったなら、一見突拍子もない予言であっても信じるほかないだろう?」

「成る程……」

「あくまで、わたしは観測者。未来を知ることが出来ても、それをどうこうすることはしません。だから、わたしは助言を与えるべくこの世界に顕現した、という訳です」

「オーディールとは何の関係が?」

「似て非なるもの、とは言いづらいですね。ですが、わたしのような存在が大いに関係していることもまた、事実です」


 ふわっとした回答だった。

 正直、もう少し情報を得られるだろうと高をくくっていたので、少々予想外だった。


「オーディールは何の役割を担う?」

「簡単に言えば、扉の向こうの世界……わたし達はそれを『外界アウター』と呼びますが、そこからやって来る侵略者を排除する役目もあります」

「……成る程。そのために開発された存在である、と」

「まあ、簡単に言えば」

「……、」

「……、」


 数瞬の沈黙。


「……それで、」


 沈黙を破ったのは光雄だ。


「これで終わりではあるまい? まさか一度の襲撃のためだけに東京のど真ん中をがれきの山としたのか?」

「まさか」


 光雄の言葉を直ぐに否定するサイファ。


「侵略者からの攻撃は今後も続くことでしょう。であるならば、対策をしなければなりません」

「……襲撃をするのは東京だけなのか?」

「いいえ。現に福岡でも襲撃があったと伺っていますが。あちらは完全に撤退しただけでなく、落下した液体を収集したとまで。それは流石に凄い話ですね、初戦でそこまでやってしまうとは。まさか怪獣の襲撃に向けて準備をしていたのではないか、と勘繰ってしまうぐらいです」

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