第二話 未来を知る者 Deep down

第5話 秘密のルート

 扉から現れた腕を追い払ってから二時間後——少年の姿は、永田町にあった。

 正確には、永田町に向かう細長いリムジンに乗せられている。

 黒スーツ姿のSPが数名乗り合わせているリムジンに、私服の少年は違和感でしかない。

 何故そのようなことになってしまったのか——話は一時間半前に遡る。



◇◇◇



 少年が元の世界に戻ってきた時、少女は柔和な笑みを浮かべていた。


「これは……現実?」

「そうでなかったら、何になるのにゃー」


 それは、そう。

 口調も戻っていて、オーディールのコックピットに居て……。これは紛れもない現実だ。


「終わった……のか?」

「何処からどう見ても終わったと思うのだけれどにゃー」


 モニターから外の光景を眺める。

 確かに、扉は消滅していた。

 しかし、被害は甚大であった。恐らく被害を出したのは、扉からの来訪者ではなくオーディールのものであったのだろうが。

 気付けば、オーディールの周囲には既に警察が到着し、一般人が入らないようにバリケードを敷いている。


「……ぼく、これからどうなるんだろう?」

「さあ? こればっかりは分からないのにゃー。けれども、一応危機を脱した貢献ぐらいは、認めてくれるんじゃないのかにゃ?」


 それぐらい、人のやり方が単純であれば良いのだが、如何せんそうも上手くいかないのが現実だ。

 しかし、異世界の住民であろう少女に、そんなことを幾ら説明したって理解はしてくれないだろう。少年はそう思うと、深い溜息を吐いた。

 少女が、話を進める。


「いずれにせよ、ここでああだこうだ時間を潰している方が勿体ないと思うのにゃー。あ、そうだ」


 思い出したように、少女は言った。

 ポケットから取り出したのは、指輪だった。

 銀色の、少し白い宝石のような何かが装飾されている、質素な指輪だ。


「……これは?」

「わたしはここから出られないのにゃー。けれど、それじゃあ不味いし、これをあげるのにゃ! これは、わたしと話が出来る不思議な指輪なのにゃー。あ、安心してほしいのだけれど、こっちに話す時も基本的に心の声だけで問題ないのにゃー」


 要するに、テレパシーで意思疎通が出来る、そんな便利アイテムだ。


「貰って良いのか?」

「勿論なのにゃー、もしかしたらこれを見せることで話が早いケースだってあるかもしれないのにゃー」

「まあ、そこまで言うのなら……」


 そう言って、少年は指輪をはめる。

 そして、問題はここからである。

 ここから脱出して、いきなり捕捉されることはないのだろうか。少年を含め、人間からしてみれば巨大ロボットは得体の知れない存在だ。そんな存在を操縦出来る人間など、捕まえておくに超したことはない、そう考えてもおかしくないはずだ。

 良くて上手く活用出来るか、悪くて処刑してしまうか。

 もしそうであれば、いずれにせよ少年の未来は暗い。


「……でも、」


 出なければ、先に進めない。

 だから、少年は、前に出た。

 物語を、先に進めるために。



◇◇◇



 そして、時系列は現在に戻る。

 黒スーツの男性は全てSPである。SPということは誰かを警護する役目を持っている訳だが、今回においてはほかならない少年のことを警護しているのだ。

 オーディールを降りて直ぐ、それこそマスメディアのカメラが入るよりも早く、少年をSPが出迎えてスモークガラスつきの車に乗せていった。

 マスメディアはロボットの操縦者が誰であるのかをはっきりさせたかったようだが、それよりも早く政府が介入したことにより、どのメディアでさえもその情報を入手することは敵わなかった。


「……あの、何処に向かっているんですか?」


 少年が質問をしても、SPは答えない。

 三度は訊ねたが、三度とも同じ沈黙だ。それでは回答になっていない。


「教えて頂けないと、こちらも困るのですけれど」


 そこで、四度目のアプローチは少々変えてみることにした。


「……岩瀬聡様をお連れするよう、ある人物に依頼されました。これ以上は、お答えすることが出来ません」


 漸く口を開けたのは、聡から一番遠くに座っていた小柄な黒スーツ姿のSPだった。

 しかし、声色を聞くと男性のそれよりは若干高いように感じた。黒スーツというボディラインの出づらい格好だったが故に、全員男性であると錯覚していたが、どうやら違うようである。


「そうですか」


 聡はそれ以上何も言えなかった。

 全く情報が与えられない、という状況よりはマシだったからだ。しかし得られた情報は僅かに過ぎず、やはり聡の不安感を拭い去るには不十分であった。



◇◇◇



 暫くして、車は停止した。

 スロープを降りたことから、地下の駐車場に入ったものと考えられる。門が閉じられたのを確認して、扉は開かれた。


「どうぞ」


 言われるがままに、車を降りる聡。

 そこは、聡の予想通り、駐車場だった。

 しかしここから直接何処かに入れるとか、そういった感じではなさそうだった。


「……申し訳ありませんが、ここから乗り換えます」

「乗り換え?」


 SPに従い、さらに先に進む。

 駐車場の奥には、古い鉄製の扉があった。カードキーをタッチしてロックを解除し、中に入る。

 そこにあったのは階段だった。上に上がるのではなく、さらに地下深くへと続くものだ。


「にしても、東京の地下は入り組んでいて、良く分からないな……」

「これで驚いていると、身が持ちませんよ」


 言ったのは、聡の前を歩いているSPだ。さっきの質問にも答えてくれたSPでもある。


「身が持たない、って……」

「短絡線、ってご存知ですか?」


 SPの言葉に、聡は首を傾げる。

 SPは聡が意味を知っていないと解釈し、さらに話を続ける。


「簡単に言えば、地下鉄でありながらもその存在は知られていない線路のことを言います。短絡という単語からも分かるように、本来は繋がっているはずのない路線同士を繋ぐための線路——だから短絡線です。昔、警察の交渉人をモデルにした映画でも『脇線』という名前で登場していましたから、もしかしたらそちらであれば知っている人も多いのでしょうけれど」


 こつ、こつ、こつ。

 階段を降りる音だけが、いやに反響して気味が悪い。


「都市伝説的に語り継がれることもありますけれど、しかしながらそれが一部事実であるのも間違いありません。というか、隠しようがないのですよ。必ず営業路線に接続しなければならない性質上、起点は既存路線上にある訳です。鉄道に詳しい人間であれば、その分岐点が普通の路線とは違うことぐらい、はっきりと分かるはずです」

「……何が言いたいんだ? さっきから」

「隠す、という言葉の意味合いについて、もっと深掘りしていくのならば……様々なケースが挙げられますね。要人の警護もそうですし、今回のようにあまり公表してほしくない会合だって含まれるに違いありません」


 だんだん、訳が分からなくなってきた。

 目の前のSPは、いったい何を伝えたいというのだろうか?

 そう聡が考えていると——SPが立ち止まった。

 階段の終わり、その突き当たりに辿り着いたからだ。そして、その終点にもまた——扉があった。


「でも、裏を返せば、接続しなければ良いんですよ」


 扉を開ける。

 薄暗い階段を通り抜けたせいか、扉の向こうは眩しかった。

 光に慣れるまで少々の時間を要し——そして、漸く聡は扉の向こうに何があるかを確認することが出来た。

 そこにあったのは——車両だった。

 ただの車両ではなく、鉄道の車両だ。しかし、普通の車両に比べるとコンパクトで、恐らく三十人も乗れるかどうか、ぐらいの小ささであった。

 呆気にとられている聡を横目に、SPは言った。


「さあ、ご乗車ください。この電車は、東京の地下に眠る絶対不可侵の秘密のうちの一つ——政府要人しか乗ることが出来ない、秘密の地下鉄ルートです。これに乗ったことは、どうぞご内密に」

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