第53話
ミカは、長い髪を一つにまとめながら振り返り、隆に目を向けた。彼の表情には、どこか緊張と期待が入り混じっていたが、その眼差しには確かな覚悟が宿っている。
「まずは手がかりを探しましょう。このループの始まりを知ることが、終わらせるための第一歩ですわ」
隆は頷き、少しだけ肩の力を抜いた。
「そうですね。私達二人なら、何とかなり…いや、絶対に抜け出しましょう」
窓の外には、いつもと変わらない朝の風景が広がっている。けれど、今日は違う――そう、何かが変わり始めている。二人の決意が、この静かな世界の歯車を動かし始めるような、そんな感覚だった。
ミカと隆は、屋敷内の保管室に足を踏み入れた。埃っぽい空気と、積み重ねられた書物が無言で時間の重みを物語っている。
「まずは、あのメイドの記録を調べましょう。何か隠されているはずです」
ミカの声には、明確な意志がこもっていた。彼女の手は、迷いなく採用名簿の載ったリストを引き抜く。
「お嬢様、ご覧ください」
隆が別の棚から引っ張り出したのは、一冊の手記だった。表紙はくすんでいるが、そこに刻まれた文字はしっかりと読める。恐らく、メイドの業務日誌と思われる。
『繰り返される時の檻―――ただ一つの鍵』
二人は思わず顔を見合わせる。手記を開くと、そこには不気味なほど正確に、彼らが繰り返している日々と同じ情景が記されていた。
「まるで、私たちのことを書いているみたい……」
ミカは小さな声で呟いた。ページを進めるごとに、彼らの胸の中に新たな疑念と焦りが生まれてくる。
「書いているのは誰だ? これを書いた人物が、ループの鍵を握っているのかもしれない」
隆の言葉に、ミカはゆっくりと頷く。
「―――この先を見つけましょう。手がかりは必ずあるはずです」
ミカはページをめくる手を止め、深く息を吸い込んだ。
「この手記を書いた人物―――きっと、ループに気づいていたのね。私たちと同じように」
隆は眉をひそめ、何かを考え込むように手記を見つめた。ページの隅には、細かな文字でこう書かれている。
『時の檻を超えるには、始まりの地に立ち戻れ。影は光を恐れ、真実は闇の奥底に眠る』
「始まりの地……?」
隆が呟くと、ミカは一瞬目を閉じて記憶をたどった。
「―――思い当たる場所はどこかしら? うーん…わからないわ……」
「あぁ、そういえば!」
隆は何かを思い出した。「昨日立ち寄った教会」と発言した。長い間使われていないあの場所は、ループの最初の日、二人が偶然立ち寄った場所だった。何気ない選択の一つに過ぎなかったが、今になって思えば、すべてはそこから始まったのかもしれない。
「行きましょう。お嬢様。何かがわかるかもしれない」
二人は手記を閉じ、保管室を後にした。
屋敷内を飛び出し外に出ると、日差しはいつもと同じように町を照らしている。だが、その光景すら、どこか異様に感じられた。何度も繰り返しているはずなのに、今日は違う―――小さな緊張と、確かな予感が、二人の心を駆り立てていた。
教会の扉は固く閉ざされ、何年も人が出入りしていないことを物語っている。ミカが手を伸ばし、重い扉に触れると、静かな音を立ててわずかに開いた。
「やっぱり……ここには何かありますわ」
中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。高い天井から差し込む光が、床に散らばる埃を淡く照らしていた。
「気をつけていきましょう」
隆が警戒しながらミカの前に立つ。二人はゆっくりと奥へと進み、古い祭壇の前で足を止めた。祭壇には一枚の石板がはめ込まれており、その表面には複雑な模様と文字が刻まれている。
「これ……ループに関係しているのかしら?」
ミカが石板に手を触れた瞬間―――
「ようやくここへ辿り着いたか」
不意に、低く響く声が教会内に広がった。二人は驚いて辺りを見回すが、そこには誰の姿もない。だが声は確かに聞こえた。
「誰だ!」
隆が声を張り上げるが、返答はない。ただ、祭壇の石板がかすかに光を帯び始め、模様がゆっくりと動き出した。
「ループの始まりを知りたければ、真実を受け入れる覚悟が必要だ」
声は再び響き、今度は二人のすぐ近くから聞こえたように感じた。ミカは息を飲み、隆と共に祭壇を見つめる。
「真実って……一体、何を意味しているの?」
その瞬間、石板の光が強く輝き、教会全体が白い光に包まれた。
気がつくと、二人はまったく別の場所に立っていた。
目の前に広がるのは、どこか懐かしくも見覚えのない風景――そして、遠くから聞こえる鐘の音が、静かな緊張をもたらしていた。
「ここは……?」
ミカが呟くと、隆はゆっくりと周囲を見回す。
「どうやら、次の段階に進んだようだな」
二人の前には、無数の扉が並んでいた。それぞれの扉が、異なる世界への入口であるかのように、不気味な輝きを放っている。
「選ぶのね……この中のどれかが、ループから抜け出す鍵」
ミカの言葉に、隆は静かに頷き、真剣な表情で一つ一つの扉を見つめ始めた。
「さぁ、やっと君達も前に進むね」―――女性の声が途切れて聞こえたような気がした。
この先に待ち受ける予感に、期待感を持ちながら二人は靄に包み込んでいた―――。
彷徨う漆黒 凧揚げ @kaitoQQQQQ
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