エリオットの本性とヘレーナの選択

 エリオットと婚約し、アーレンシュトルプ侯爵家の王都の屋敷タウンハウスで生活し始めてからもう数ヶ月が経過した。

 毎日エリオットから愛を囁かれたり、甘やかされる日々である。もちろん、次期侯爵夫人としても勉強をしたり夜会に出た際は人脈を広げてみたりと頑張っているヘレーナだ。


 そんなヘレーナには最近悩みが生じていた。

(わたくしはエリオット様から色々と与えてもらっているばかりで何だか申し訳ないわ。何かお返ししないといけないわね)

 エリオットからの至れり尽くせりの生活に対して、自分も何か出来ることを返さないとと思うヘレーナであった。

(今のわたくしが比較的すぐに出来ることは……お菓子作りくらいしかないわね)

 自身に出来ることの少なさに苦笑するヘレーナ。

 しかし、以前ヘレーナが作ったブルーベリーとクリームチーズのクッキーをエリオットが喜んでくれたことを思い出す。

(今度は別のものを作ろうかしら。エリオット様に喜んでいただけるかしら?)

 ヘレーナはそう決心し、厨房が使えるかを確認しに行った。

 ちなみにこの日はヘレーナにべったりのエリオットには用事があり、珍しく一人で過ごすヘレーナなのである。


 厨房のシェフやキッチンメイドは快くヘレーナに厨房の一画を貸してくれるそうだ。

 ヘレーナは早速お菓子作りを始める。

 作るのはブルーベリーレアチーズケーキである。ブルーベリージャム、そして生のブルーベリーをクリームチーズに混ぜて作るのだ。

 ヘレーナはエリオットの姿を思い浮かべながら手を動かしていた。


(出来たわ)

 ヘレーナは完成した大きなホールサイズのブルーベリーレアチーズケーキを見て微笑む。

 かなり美味しそうに仕上がっていた。

(味はどうかしら?)

 ヘレーナは少しだけカットして食べてみる。

 ブルーベリーの爽やかな甘みとチーズのクリーミーさが溶け合うようであった。

 ヘレーナに手を貸してくれたシェフやキッチンメイドにも試食してもらったところ、大絶賛であった。


 ヘレーナは早速一人分のサイズにカットしたブルーベリーレアチーズケーキをエリオットの部屋に持って行く。

(エリオット様はそろそろお帰りの頃よね。お部屋にこれがあったら驚くのではないかしら?)

 ヘレーナはブルーベリーレアチーズケーキを見てクスッと笑った。

 そして一応扉をノックして誰もいないエリオットの部屋に入る。

 ヘレーナはそのままエリオットの部屋のテーブルにブルーベリーレアチーズケーキを置いた。

(せっかくだし、ここでエリオット様の帰りを待ちましょう)

 ヘレーナは見慣れたエリオットの部屋のソファに腰掛ける。

 その時、テーブルの引き出しからチラリと気になるものが見えた。


《ヘレーナ・シェスティン・フォン・ローゼン嬢と結婚する為にやるべきこと》


 引き出しの中の書類にはそう書いてあった。計画書である。

(エリオット様、こんなものを作っていたのね)

 ヘレーナはエリオットの計画書を見て困ったように表情を綻ばせた。

 しかし、書いてある詳しい内容を見てタンザナイトの目を大きく見開く。

(嘘……!? エリオット様、こんなことまでなさっていたの……!?)

 ヘレーナは驚愕に包まれていた。


 エリオットの計画書には、何とヘレーナの元婚約者のスヴァンテをヴェーデル子爵家ごと破産させて陥れる内容が書かれていた。

 ヴェーデル子爵家が破産し、ヘレーナの婚約が白紙になった原因はエリオットだったのだ。

 彼はヘレーナに一目惚れした直後、スヴァンテとの婚約を白紙にする為にアーレンシュトルプ商会を立ち上げた。

 エリオットの策略により、アーレンシュトルプ商会はヴェーデル商会の顧客を次々と奪った。それだけでなく、ヴェーデル商会の不祥事をでっち上げ、倒産にまで追い込んでいた。

 更に恐ろしいことに、婚約解消後スヴァンテがヘレーナに一度でも接触した場合、エリオットは彼を見世物小屋送りにするつもりだったのだ。


 見世物小屋とは人間が色々と芸を見せる場所なのだが、その芸は口で言うことすら躊躇ってしまう程に悍ましいものなのだ

 要するに、娼館ですら稼げなくなった者が行く場所である。


 おまけにスヴァンテの浮気相手だったティルダの生家であるルーメル男爵家もエリオットが破産させていた。ルーメル男爵家もヴェーデル子爵家と同じように爵位を返上し、平民になるしかなくなっていた。

 ティルダは劣悪なスラム街でその身を売って暮らしているらしい。


 更に、ヘレーナを嘲笑していた令嬢達は皆修道院に入る以外の道が閉ざされていた。

 これもエリオットの仕業である。

 エリオットは王都の新聞社を何社か買収していた。そしてヘレーナを嘲笑していた令嬢達の醜聞をでっち上げて記者に新聞記事として書かせたのである。

 それにより、令嬢達は嘲笑の的になり社交界で居場所をなくしてしまったのだ。貴族は家をより強くしたりする為に結婚する必要があるが、令嬢達は傷物扱いで結婚も望めない。よって、修道院に入るしか道は残されていないのである。


 おまけにエリオットはヘレーナの好みなども全て調査してあったのだ。


(スヴァンテ様が怯えていたのは……こういうことだったのね……。クレイツ侯爵家主催の夜会で他の方々が怯えていたのも気のせいではない。きっとエリオット様の所業を知っていたのだわ。アーレンシュトルプ侯爵家の王都の屋敷タウンハウスわたくし好みの部屋が用意されていたのも……)

 ヘレーナの中で全てが繋がった。

「あーあ、ヘレーナに見られてしまったか」

 その時、突然背後からエリオットの声が聞こえた。ヘレーナは肩をピクリと震わせ、ゆっくりとエリオットの方に振り返る。

 エリオットのムーンストーンの目は、ねっとりと仄暗い様子でヘレーナを捕らえていた。

「エリオット様……どうしてこのようなことを……?」

 少しだけ怯えたような表情のヘレーナ。

「ヘレーナには秘密にしておきたかったんだけどなあ。知られちゃったら仕方ない」

 フッと笑うエリオット。

「僕はね、おかしくなるくらいヘレーナを愛しているからだよ。どんな手を使ってでも、君を僕の妻にしたいんだ。僕の隣にヘレーナがいない人生なんて考えられない。それに、君を害そうとする奴らは全員破滅させないと僕の気が済まないんだ」

 ねっとりと甘く仄暗く、それでいてどこまでも真っ直ぐなムーンストーンの目。その目はヘレーナを捕らえて離さない。

「ヘレーナ、こんな僕が怖いかい?」

 どこか切なそうな表情のエリオット。

わたくしは……」

 ヘレーナは言葉に詰まった。

 しかし、ゆっくりとこれまでのことを思い出す。


 ヘレーナのことを本気で想うエリオットの甘い表情や態度。そして次期侯爵夫人としての教育を受けている時、ヘレーナが間違えてしまったらエリオットはどこが間違えていたのかと、間違えないようにする為の対処法などを丁寧に分かりやすく教えてくれたこともあった。


 ヘレーナは穏やかに微笑む。

わたくしはそれでも、エリオット様を愛しておりますわ。わたくしには貴方しかいないのですもの」

 それがヘレーナの答えである。

 エリオットを受け入れたのだ。

 その答えを聞いたエリオットは、ムーンストーンの目をパアッと輝かせる。

「ヘレーナ!」

 嬉しさのあまりヘレーナに抱きついていた。

「エリオット様、わたくしは貴方の為にブルーベリーレアチーズケーキを作りましたの」

 ふふっと笑うヘレーナ。

「ヘレーナがまた僕の為に……!」

 エリオットはテーブルにあるブルーベリーレアチーズケーキを見て感激していた。

「ありがとう、ヘレーナ! じゃあ早速紅茶かコーヒーを淹れてもらってティータイムにしよう」

「ええ、そうしましょう」

 ヘレーナはふふっと笑うのであった。


 ヘレーナの新たな婚約者エリオットは、ヘレーナの為なら何でもするのであった。

 ヘレーナも、そんな彼の重い愛を受け入れたのである。

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