結婚生活は窒息寸前

 朝、ヘレーナがゆっくりとタンザナイトの目を開くと、エリオットの甘く優しい表情が目に入る。

「おはよう、ヘレーナ」

 蜂蜜のように甘く、耳心地の良い声。ヘレーナの額に柔らかな唇が触れた。

「おはようございます、エリオット様」

 ヘレーナはまだ眠そうで、少し掠れた声だった。

 結婚後は毎朝エリオットの腕の中で目覚めるのが当たり前になっていたヘレーナ。

「ヘレーナ、体は大丈夫?」

 エリオットは愛おしげに、ヘレーナを抱きしめる力を強めた。

「体……?」

 ヘレーナはきょとんと首を傾げている。

「ほら……昨晩は色々と無理させちゃったからね」

 艶やかな声に妖艶な表情のエリオット。

「あ……」

 昨晩の情事を仄めかされ、ヘレーナはタンザナイトの目を潤ませ顔をりんごの如く真っ赤に染め上げ、エリオットから目をそらす。

「ヘレーナ、どうして目を合わせてくれないのかな? 寂しいよ」

 甘えるような声でヘレーナに迫るエリオット。しかしその表情はどこか余裕そうだ。

「だって……その……恥ずかしいですわ」

「どうして? 夫婦なら普通のことじゃないか」

「それでも……」

 ヘレーナはギュッと目をつぶり、バクバクする心臓を必死に宥めていた。

 すると、ヘレーナの唇にエリオットの唇が重なる。そのキスは甘く深く激しく、まるでヘレーナを捕食するかのようだ。

 上手く呼吸が出来ずくぐもった声を出すヘレーナをよそに、エリオットからのキスはますます甘く深く激しくなる。

 ようやく解放されて、息を整えるヘレーナ。恐る恐る目を開けてエリオットを見る。

 エリオットのムーンストーンの目はギラリと欲望に染まり、どこまでも甘く仄暗くなっていた。まるで獣のようである。

 妖艶に微笑むエリオット。

(あ……)

 ヘレーナは咄嗟に身の危険を感じたが、逃げる前にエリオットが抱きしめる力を更に強めたことで動きを封じられてしまった。

「エリオット様、その……もう朝ですわ」

「そうだね。でも、それがどうしたの?」

 必死にエリオットを止めようとしたヘレーナだが、全く効果はないようだ。

 エリオットはねっとりと仄暗く、甘く愛おしげな笑みをヘレーナに向ける。

「いつまでも初心うぶなヘレーナは可愛いね。一体何回目で慣れてくれるのかな?」

 完全に欲望に染まり切ったエリオット。

(今のエリオット様は……とても危険だわ。だけど……)

 結婚後数日間の経験上、こうなっては逃げることが出来ないことを察したヘレーナ。おまけに一回で終わる保証もない。

「愛してるよ、僕だけのヘレーナ」

 どこまでも愛おしげな声のエリオット。ムーンストーンの目は甘くねっとりと仄暗く、ヘレーナを捕らえて離さない。

 再びヘレーナの唇にエリオットの唇が触れる。甘く甘く、深く深過ぎるキス。

 ヘレーナはエリオットの全てを受け入れ、その身を委ねるのであった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






「ヘレーナ、体は動くかい?」

 甘く優しい声のエリオット。すっきりとしており満足そうな表情である。プラチナブロンドの髪も先程より艶やかになっている気がする。

 ヘレーナは黙って俯いたままである。


 結局、あの後エリオットの甘く激しい愛に何度も呑まれてしまったヘレーナ。声は枯れ、体はすっかり動かなくなっていた。


「動けないか。ごめんね、また無理させちゃったもんね」

 エリオットはそっとヘレーナのストロベリーブロンドの髪にキスを落とす。

「でも大丈夫だよ。ヘレーナの着替えとか身支度は僕が手伝ってあげるからね」

 ムーンストーンの目は、どこまでも甘くねっとりと仄暗かった。

「エリオット様、待ってください。それでは侍女の仕事を奪ってしまうことになりますわ」

 小さな掠れ声で、困ったような表情になるヘレーナ。

「でもヘレーナ、侍女にその体を見せてしまっても良いのかな?」

 ニヤリとエリオットの口角が上がる。

 ヘレーナの体には至る所に赤い花が咲いていた。

「あ……」

 そのことに気付いたヘレーナは再び顔をりんごの如く真っ赤に染める。

「ヘレーナ、安心して。君の着替えの手伝いくらい朝飯前だよ」

 得意げに微笑むエリオット。そっとヘレーナの頬に唇を落とした。

 こうしてヘレーナはエリオットにされるがまま着替えを開始した。

 ヘレーナの着替えを甲斐甲斐しく手伝うエリオットはどこか満足そうな表情である。

(エリオット様、何だか楽しそうね)

 鼻歌混じりに着替えのサポートをしてくれるエリオットを見てヘレーナは困ったように苦笑していた。

「せっかくだし、僕達の朝食もこの部屋に持って来てもらうことにするよ」

「エリオット様、それだとお義父とう様とお義母かあ様に咎められてしまいませんか? いつもはダイニングで四人で朝食ですのに」

 妙案を思い付いたような表情のエリオットに対し、ヘレーナは少し不安そうである。

「それなら平気さ。ヘレーナが父上や母上から何か言われることはないよ。安心して」

 エリオットはヘレーナを安心させるよう、優しく甘い笑みを向けていた。

 しばらくすると、アーレンシュトルプ侯爵家の使用人がヘレーナとエリオットの寝室まで朝食を運んで来てくれた。

「さあヘレーナ、食べようか。口を開けて」

 エリオットはヘレーナの口元に一口サイズにちぎったパンを運ぶ。もちろんヘレーナはエリオットの膝に乗せられていた。

「エリオット様、わたくしを膝に乗せたままではエリオット様が朝食を食べにくいのではございませんか?」

 ヘレーナは眉を八の字にして困ったように微笑む。

「僕は大丈夫だよ。それに、これは僕がやりたいことだからさ」

 真っ直ぐ甘く、それでいてどこか仄暗いムーンストーンの目は、ヘレーナのタンザナイトの目を見つめている。

 甘くとろけるような表情だ。

(その表情をされると……何も言えないじゃない)

 ヘレーナはエリオットのその表情に弱いのであった。

 エリオットの手により口に運ばれたパンを食べるヘレーナ。

「食べてるヘレーナも可愛いね」

 心底愛おしそうにムーンストーンの目を細めて微笑むエリオット。

「……このままだとわたくし、何も出来なくなってしまいますわ」

 ヘレーナは微笑みながら、悩ましげにため息をつく。

「良いんだよ。僕はどんなヘレーナでも愛しているからね」

 エリオットは膝の上のヘレーナを強く抱きしめる。

「だから、絶対に僕から離れないでね」

 甘く仄暗い笑みのエリオット。

 ヘレーナは目を閉じ、エリオットにもたれかかる。

(本当に、エリオット様はこれでもかという程にわたくしのことを愛してくださっているのね)

 ヘレーナはゆっくりとエリオットに目を向け、タンザナイトの目を優しく細める。

「ええ。わたくしも、愛しておりますわ。エリオット様」

 そっとエリオットの頬にキスをした。

 エリオットからの甘く甘く、重過ぎるくらいの過剰な愛を、ヘレーナは受け入れるのであった。

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新たな婚約者は釣った魚に餌を与え過ぎて窒息死させてくるタイプでした @ren-lotus

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