砂糖菓子より甘く重く
ヘレーナとエリオットが正式に婚約者同士になった翌朝。
ヘレーナはゆっくりとタンザナイトの目を開ける。
ぼんやりと見えてくる景色はいつものローゼン伯爵家の
(あ……ここはアーレンシュトルプ侯爵家の
ゆっくりと体を起こすヘレーナ。
アーレンシュトルプ次期侯爵夫人として学んで欲しいことがあるからと、ヘレーナがエリオットの婚約者になったその日にアーレンシュトルプ侯爵家の
ヘレーナに与えられた部屋は非常に広く、壁紙や床、格式高そうな調度品は全てヘレーナ好みのシンプルだが洗練されたデザインであった。そう、恐ろしい程にヘレーナ好みのものが揃えられていたのだ。
「おはよう、ヘレーナ。よく眠れたかい?」
甘くとろけるようなその声を聞き、ヘレーナは仰天する。
何とエリオットがヘレーナの部屋にいたのだ。しかもヘレーナのベッドに腰掛けている。
エリオットは既に着替えて身なりを整えた状態であった。
ちなみにヘレーナがエリオットの婚約者になってからは、ヘレーナ嬢ではなくヘレーナと呼ばれるようになった。
「おはようございます、エリオット様。どうしてここに……?」
ヘレーナはタンザナイトの目を大きく見開いていた。
「少し早く目が覚めてしまってね。ヘレーナが眠れているか少し心配になって君の部屋まで来てしまったんだ」
この上なく甘く、この上なく優しい表情のエリオット。
エリオットの艶やかなプラチナブロンドの髪は、窓の外からの太陽の光を反射して少し眩しく感じた。
夜にアーレンシュトルプ侯爵家の侍女に閉めてもらったカーテンが開けてある。間違いなくエリオットの仕業だ。
「それに、早くヘレーナに会いたかったし、ヘレーナが朝起きて最初に目にする人物が僕であって欲しいんだよ」
エリオットがヘレーナに体を近付ける。その際、ベッドが軋む音がした。ムーンストーンの目は、甘くねっとりとヘレーナを捕らえている。
「エリオット様……その……まだ寝衣ですし、着替えていないので恥ずかしいです」
かあっと顔が赤くなり、エリオットから視線を逸らすヘレーナ。慌ててストロベリーブロンドの髪を手櫛で整える。
「ならば今のうちから慣れておいて欲しいな。だって夫婦になれば同じ寝室になるんだよ」
クスッと笑い、ヘレーナの顔を覗き込むエリオット。
ヘレーナは恥ずかしさのあまりタンザナイトの目をほんのり潤ませていた。
それを見たエリオットはガバッと勢いよくヘレーナを抱きしめた。
「エリオット様!?」
突然大きな体に包まれ、ヘレーナは身動きが取れない状況だ。抵抗しようにも、ヘレーナの華奢な体ではエリオットはびくともしない。そのままヘレーナはエリオットの膝に乗せられてしまった。
「ヘレーナが可愛過ぎてつい」
エリオットは優しくヘレーナの頭を撫でる。その時も決してヘレーナを離しはしなかった。
ヘレーナは顔を真っ赤に染めている。
心臓がバクバクと煩く、エリオットに聞こえてしまうかのようであった。
「ねえ、ヘレーナ、キスして良い?」
この上なく甘い表情でヘレーナを見つめるエリオット。
「え……?」
完全にヘレーナの思考は停止してしまった。
その瞬間、ヘレーナの唇にそっとエリオットの唇が触れた。
「あ……! エリオット様……!」
キスされたことを理解し、ヘレーナの顔が火照る。
そして再びエリオットに強く抱きしめられた。
「可愛い、ヘレーナ。……本当はキス以上のことがしたいよ」
甘く切なげな声のエリオット。
「キス以上……それって……!」
ヘレーナはこれ以上ない程に顔を真っ赤に染めた。心臓が破裂しそうである。
「
エリオットは再びヘレーナの額にキスを落とした。
「さて、そろそろ侍女を呼んで身支度をしてもらおうか。本当は僕が全てやりたいところだけど、流石に女性の身支度の最中を見るのは紳士としてあまり良くないからさ」
悪戯っぽく笑うエリオット。
そのままエリオットは侍女を呼び、ヘレーナの部屋から出ていくのであった。その際、「愛してるよ、ヘレーナ」とヘレーナの耳元で囁いたのである。
(……エリオット様が
ヘレーナの心臓は落ち着くことを知らずにいた。
しかし、これはまだ序盤に過ぎないのであった
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。
アーレンシュトルプ侯爵家の
ヘレーナはエリオットと二人だけのティータイムを過ごしていた。
ティータイムと言っても、出される飲み物はコーヒーだ。
ヘレーナはエリオットの膝に乗せられていた。
「はい、ヘレーナ。口を開けて」
エリオットはシナモンロールを一口サイズにちぎり、ヘレーナに食べさせようとしている。
「エリオット様、自分で食べられますわ」
困ったように訴えるヘレーナ。しかし、ここ数日でそれが無意味なことが分かっていた。
「そうだけど……僕がヘレーナに食べさせてあげたいんだよ。駄目かな?」
甘く切なげな表情でヘレーナを見つめるエリオット。
その表情をされると、ヘレーナも何も言えなくなるのだ。
されるがまま、エリオットの膝の上でシナモンロールを食べさせられるヘレーナである。
格段に甘いシナモンロールのような気がした。
砂糖もミルクも入っていないコーヒーを一口飲んだものの、まだ甘さが残っているような感覚のヘレーナである。
「あの、エリオット様、
ヘレーナはまだ困ったような表情である。
アーレンシュトルプ侯爵家の
次期侯爵夫人としての教育の為なのだが、アーレンシュトルプ侯爵夫人、すなわちエリオットの母から次期侯爵夫人として必要なことを教えてもらうのは一日のうちほんの一、二時間程度。おまけにその時間もエリオットが隣にいるのである。侯爵夫人が若干呆れたような表情をエリオットに向けていたのをヘレーナは覚えている。
一日の大半をこうしてエリオットと過ごしているのだ。
エリオットと過ごす時間は、ただでさえ甘く甘く、甘過ぎる程の大量の砂糖菓子に、濃厚過ぎる甘さの蜂蜜が大量にかけられたような感じなのである。
「何か問題あるのかい? 母上も、ヘレーナのことは物覚えが良いと褒めていたよ。振る舞いも問題ないって言っていたし」
きょとんと首を傾げるエリオット。
「ですが、このスケジュールですとローゼン伯爵家の
眉を八の字にするヘレーナ。
するとエリオットはヘレーナを抱きしめる力を強める。
「駄目だよ。それだとヘレーナと過ごす時間が減ってしまう。それに、ローゼン伯爵家の
エリオットのムーンストーンの目はねっとりと仄暗くなっていた。
そのままエリオットはヘレーナの唇にキスを落とす。そのキスは、次第にヘレーナを捕食するかのように深く激しくなっていた。
(エリオット様……苦しい……)
上手く息が出来ないヘレーナ。抵抗しようにも、エリオットの力が強過ぎて抵抗出来ない。エリオットからは、絶対にヘレーナを離すものかという強い意志が感じられた。
その時、助け舟を出してくれるかのように、何者かが温室まで入って来た。
「エリオット! 何をしているの!?」
「母上……」
入って来たのはエリオットの母親で、アーレンシュトルプ侯爵夫人であるイェシカ。
プラチナブロンドの髪にターコイズのような青い目の女性だ。華のある顔立ちで、エリオットが母親似であることを証明しているかのようである。
イェシカが来たことにより、ヘレーナはようやく解放されて呼吸が出来るようになった。
「ヘレーナとの時間を邪魔しないでください」
エリオットはあからさまに不機嫌そうだ。
「ヘレーナさんが苦しそうじゃない」
エリオットの態度など気にした様子ではないイェシカ。
イェシカは心配な表情をヘレーナに向ける。
「ヘレーナさん、本当に大丈夫? 愚息に対して嫌なことがあれば
ターコイズの目はヘレーナを本気で案じてくれていることが分かる。
「えっと……ありがとうございます、侯爵夫人」
ヘレーナは少し困ったように微笑む。どう答えたら良いのか分からないのだ。
「もう、侯爵夫人だなんて、そんな他人行儀な呼び方やめてちょうだい。お
茶目っけたっぷりに笑うイェシカである。
「……お義母様」
ヘレーナが恐る恐るそう呼ぶと、イェシカは満足そうな表情になる。
「母上、本当に何しに来たんですか? ヘレーナとの時間を邪魔するのなら、母上とはいえ無理矢理摘み出しますけど」
相変わらず不機嫌そうなエリオット。
「あら、やれるものならやってみなさい。それに、ヘレーナさんが来てから貴方は彼女に呆れるくらいべったりよ。それではヘレーナさんもきっと息が詰まってしまうでしょうに」
挑発的な表情のイェシカ。
「ヘレーナと僕は婚約者同士ですよ。ずっと一緒で何が悪いのですか? それに、釣った魚に餌を与えないタイプは人として問題があるでしょう?」
「確かに釣った魚に餌を与えないタイプにも問題はあるわ。だけどエリオット、貴方の場合は釣った魚に餌を与え過ぎて窒息死させるタイプよ。ヘレーナさんにも一人の時間が必要よ」
「ですが母上、もし僕がいない間にヘレーナに何かあったらどうするのです? ヘレーナは僕が守らないと」
「過保護過ぎるのよ」
どうやら母と息子の喧嘩が始まったようだ。
ヘレーナはエリオットの膝の上でただオロオロすることしか出来なかった。
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