Days31 またね

 日暮れが少し早くなった気がする。それもそのはず、夏至からすでに一ヵ月以上が過ぎ、カレンダーはもうすぐ八月だ。日の入り時刻はちょっとずつ早まって、そのうちいつか秋が来る。


 日照時間が短くなるのは切ない。言い知れぬ不安感が忍び寄ってくる。でも、それを上回るもっと強い気持ちで、秋、来てほしいな、とすごく思う。わたしは夏が本当に苦手で、溶けてしまいそうになる。なんとか七月を生き延びられたけれど、冬の女であるわたしにとってはまだもう少し試練が続く。


 彼は夏の男のイメージだ。生物が活動するには暑すぎる空気の中でも、自転車に乗って移動しようとする。かといって送迎するわけにもいかないので、熱中症にならないことを祈るしかない。


 わたしは彼に関することはいつも祈るしかないような気がしている。


 今日も彼はわたしの家でネトフリを見たあと午後六時頃に自分の家に帰ることになった。完全に夜のとばりがおりる前に、彼は自宅に帰る。高校生だから当たり前のことなのだけれど、わたしはそれがなんとなく不安で、はらはらするし、ぞわぞわするし、もぞもぞする。


 わたしは玄関先で彼を見送ろうとしていた。彼はカタカタ鳴る自転車を押して外に出ていった。


「じゃ、またね」


 その言葉ひとつがどうも悲しくて、いずれくる秋の存在を思う。


 少しうつむいたわたしの頬に、彼の手が伸びた。顔を上げさせられた。


 唇に唇が落ちる。


 こんなところでこんなことをしていたら、ご近所さんに見られてしまうかもしれないのに。恥ずかしい。


 誰にも見られないところでこういうことをしていたいと、わたしは思った。永遠に二人きりの世界にいられたらいいのに。誰にも見られない、誰にも邪魔をされない、二人だけの家が欲しいと思った。


「家についたら連絡して」

「おお。またな」


 それだけを言い残してあっさりと自転車にまたがり走り出してしまう彼の背中を、ずっと、ずっと、見えなくなるまで眺めていた。


 二人だけの家が欲しい。こんなふうに別れなくて済むように。


 いつか言ってみよう。勇気を出して。一緒に住みましょうと、その一言を、わたしは心の中で何度も何度も練習する。いつその時が来てもいいように、わたしは何度も練習し、そして、覚悟する。いつかその日が来ますように。祈る。





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